5 ティーバ・ロドランの献身
「うっ……お二人ともにおいます……」
ティーバと総務係に戻ると、すれ違ったナナキが鼻をつまむようにした。
「やば、服に匂いついちゃったかな」
自分の服を嗅いでみるが、もはや鼻が麻痺してしまったのか何も感じない。
「フラフニルさん、どう?」
席の方に行くと隣のソナにも顔をしかめさせしまった。ナナキが過敏というわけでもなさそうだ。
「自分がくさいとか耐えられない」とティーバが深刻そうに呟き、更衣室に着替えに行った。潔癖症気味のティーバは常に着替えを用意しているらしい。
俺も無駄に洗濯物は増やしたくないのだが、女性陣に臭いと思われると心にくるものがあるので、地下の自分の部屋で着替えた。昨晩洗濯しておいて良かった。
「できればシャワーも浴びたい。絶対髪にもにおいがついてる」
更衣室から戻ってきたティーバはしきりに自分の髪を触っている。
「確かにまだ全然におうよ、おまえら」
巻き尺を手にしたトレックが近づいてきてからかい混じりに言う。
「あ、トレック。上どうだった?」
「今見てきた。エンデがだいぶ掃除してたけど、上もまだくせぇわ」
「においの事じゃなくて、棚の方」
俺が突っ込むと、トレックは「わかってるって」と笑った。
「あれくらいなら俺の方で適当にそれっぽくは直せると思うぞ」
「いいよそれっぽくで。物が載ればいい」
「だよな」
器用なトレックは簡単な修繕くらいできる。業者を手配しなくて済むのは手間が省けて助かる。
「んじゃ、材料だけ見繕ってきてくれよ。買い物行くんだろ? これくらいあればいいから」
トレックは必要材料を箇条書きしたメモを渡してきた。
「シャワーの時間なんてないな」と諦めたようにティーバは髪に触れるのをやめた。
そして俺とティーバも管理係の備品庫で買いそろえる必要があるものをリストアップした。後でもいいものはいつもの業者に依頼するとして、すぐにでも備品庫に備えるべきものは、トレックの所望する材料とあわせて、今日このあとティーバと外に買いに行く。
やりかけの経費の精算は明日までに処理しなければならないが、残業すればいいだけだ。
準備を終えて、ゴシュ係長に外出の許可をもらいに行く。
ちなみに備品庫の惨事は先に伝えてあって、頭を抱える係長の姿を見ることになった。
全部公金なんだからもっと気をつけて欲しいよね、と係長は愚痴をこぼしていたが、まあ、管理係と調査係に言っても無駄なことだろう。
「ティーバくんと2人なんだね。ならいいけど……」と口では了承しながらも、係長は心配そうだ。今朝の新聞記事のせいなのは間違いない。
とはいえ仕事だ。俺だけ囲われているわけにもいかない。
ソナたちにも軽く声をかけて、ティーバと共に外に出た。
§
風の無い良い日だが、ティーバは俺に気を遣って箒移動は控えてくれた。徒歩でもそれほど遠くないところに必要なものを買える商店街があるから、箒でなくても、それほど時間をロスするわけではない。
人通りの多い道に出た。
他人から向けられる視線が前にも増して刺々しく感じるのは、例の“杖無し”による事件の話を聞いてしまったせいだろうか。
いつものように周りの視線を意識的に断ち切って、ティーバに話しかける。
「あのさ、ティーバ」
「何?」
買い物のリストを眺めながら横を歩くティーバが振り向いた。
「急でごめんなんだけど、明後日ティーバの家に泊めてもらうことってできる?」
「ぼっ、僕の家? な、なんで」
ティーバの声が若干裏返る。
「え、その反応何。俺が変なこと言ったみたいじゃん」
「い、いや、驚いて」
「だめならいいんだけどさ」
本当は先にトレックにお願いするつもりだった。ただこの二人行動の機会があったから、まずはティーバに聞いてみようと思っただけだった。
「だめじゃない。あ、伯父さん達に聞かないとだけど、多分大丈夫。前にも来てるし」
「よかった。助かるよ」
確かに事情があって前にも泊めてもらったことがあり、ティーバの伯父夫妻とは顔を合わせている。俺が“杖無し”でも気にしない、気さくで良い人達だったし、一戸建ての家は広くて快適だった。
「何かあったのか?」
少し歩き、角を曲がったところでティーバが尋ねる。
「ただ泊まりたいってわけじゃないだろう」
「ああ、まあ」
「……困ったことでもあるのか?」
遠慮がちに探るような訊き方。
お願いする立場だ。
ある程度は正直に明かした方が良いと思ってはいた。ティーバは俺がカウンセリングを心底嫌がっているのも知っているから、この回りくどい行動も理解してくれるはずだ。
でも……
やっぱり、トレックの方が細かいことを気にしないでいてくれるだろうか。
「こっちから切り出しといてごめん。やっぱり伯父さんたちにも迷惑だよね。トレックに聞いてみる。あいつ一人暮らしだから」
「理由を言いたくないなら別にいいんだ。泊まるのは歓迎する」
ティーバは慌てているのか早口だ。
「カイリの役に立つことなら、協力する」
「それ、ティーバがただの都合のいいやつみたいだろ」
ティーバは、過去に“杖無し”と何かがあったのだと思っている。何か……、多分、“杖無し”に対して後ろめたい何かが。そうでなければ、出会った時から俺に対して過剰なまでに協力的な態度を取る理由がない。
それはきっと対等な関係とは呼べない。
けれども。
「僕はそれでも構わない」
「……」
ティーバの口調に迷いはない。
そう言ってくれるのを期待している自分がいた。
「ありがとう」と答えながら、俺はティーバから目を逸らす。
やがて、目的の商店街に着いた。




