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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第五章 平等派『アーテヌ』
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2 重なる予定


 メモ用紙には、丸みがかった日本語の文字が書かれていた。


 「野田綾世」という名前。

 そしてその下の走り書き。


 “被回収者として孤独感を感じている。時間がある時に日本の話がしたい。今週末に会えないか”


 文面はもっと丁寧だが、内容を要約すればそんなメッセージだった。


 気持ちは──わかる。


 今までの世界から切り離され、言葉も文化も何もかも違うところに突然放り込まれ、そこで偶然にも同じ被回収者の同郷者に出会ったら、言葉を交わしたくもなるだろう。


 しかし。


 溜息をつき、メモを伏せる。

 あの子と関わることは、絶対に自分のためにならない。そんな確信めいた予感があった。


 やっぱり捨てようと立ち上がり、執務室の隅に置かれたシュレッダーに向かう。

 少しの申し訳なさと共にメモをシュレッダーに通そうとした瞬間、ばちっと弾けるような音を立ててメモを持つ手が跳ね返された。

「えっ」

「魔法がかけられているぞ、それ」

 後ろからそう告げたのは、セヴィンさんだった。同じく書類を捨てに来たらしく紙の束を持っている。

「保存魔法に近しいものだろう。よくわからん理論で組んでいるようだが」

「保存魔法……」

 重要書類なんかを汚損、誤廃棄などしないように施される魔法だ。わりと複雑で難しい魔法だと聞いている。恐らく、個人のメモレベルのものにかけるようなものではないだろう。

「処分したいのか」

 貸してみろ、とセヴィンさんが俺の手からメモを取り上げた。

 一瞬焦ったが、どうせ読めるわけではない。

 メモを見たセヴィンさんが「む」と唸る。

「これは……本当に見たことがないパターンだな。簡単には解除できん」

「セヴィンさんでも、ですか」


 セヴィンさんはかつて優秀な探索士だったと聞いている。当然魔法にも優れている。そのセヴィンさんでもできないとは。

 ノダ・アヤセは、ああ見えてやはり被回収者……この世界の魔法の遣い手とはレベルが違うということだ。


「さっき窓口に来ていた客からか、これは」

「あ、はい」

「この文字は見たことがない。カギモトの生まれ故郷の文字か」

「……はい」

 セヴィンさんも、ノダ・アヤセがどういう人間か察したのだろう。

 セヴィンさんはメモを手にしたままじっとこちらを見下ろす。

「それを捨てようとしたのか」

「……だめですかね」

「いや」とメモを返される。

「おまえらしいと思っただけだ」

「……」

「だがそう簡単には捨てられたくないようだな。悪意はないだろうが」

 その話題には特別興味もなさそうに、セヴィンさんは自分の書類をシュレッダーに通し始めた。 

「おまえの周りには妙な人間が集まる」

「否定できませんね」

「何かあればちゃんと誰かに相談しろ。俺でも構わん」

 セヴィンさんは、いつもきちんと見てくれている。

 その広い背に向けて、「ありがとうございます」と呟いた。



 とはいえ、である。

 ノダ・アヤセの件は完全にプライベートの範疇だ。

 職場のみんなを変に巻き込みたくはない。


 席に戻り、机の引き出しを開ける。

 その中の、やけに白いカードが目についた。エンデに渡された、平等派『アーテヌ』のカードだ。

 捨てられなかったメモも同じ場所に放って引き出しを閉めた。

 卓上のカレンダーを眺める。今週末の日付には自分でつけた赤丸がある。


 カウンセリングの予約日であり、エンデに誘われた『アーテヌ』の集会日でもある。加えてノダ・アヤセ。


 ややこしいことが重なってきている。

 カウンセリングに関しては自分で予約したものだが……どれも無視することを簡単には許してくれない感じだ。


 最近は比較的持ち直していたはずなのに、また胃がむかついてきた。



§



「やっとカウンセリングを受ける気になったって?」


 以前にも増して汚らしい無精髭を生やした所長、キィト・ザクソンは、ノートによくわからない計算式を書きつけながら目だけを上げた。


 個人情報の漏洩だ、と反射的に思ったが、所長に訴えたところで野暮だろう。

「ええ、はい」

「すっぽかすようなことはしないでくれたまえよ」

「もちろんです」

 俺は随分と信用されていないらしい。

 さっさと話題を変えた方がいいと思い、所長のサインが必要な書類を差し出した。

 所長は「後で読んでサインするよ」とだけで、今は計算式を書くのに熱心なようだ。

「でも、急ぎなんです」

 そう伝えると、所長は手を止め不満そうに口を尖らせた。

「……まったく。ヘルベティアがいれば代筆させるのに」

「じゃあ僕が代筆しても?」

「冗談はよしてくれたまえ。君の汚い筆跡を僕のサインにしてほしくないね」

 もちろん冗談である。

「ヘルベティアといえば、最近ずっといないですよね。研究室の方ですか」

 中身を読むことなく書類にすらすらとサインする所長から視線を外し、本や書類に侵食された汚い室内を眺める。

 この間ティーバも言っていたが、確かに俺も北部出張以来彼女に会っていない気がする。会いたいわけではない。

「そうだよ」

 所長は片手で書類を俺に戻し、もう片手で再び数式を綴り始めた。

「君同様、彼女の命運も、僕の研究の成果にかかっているからねえ。彼女も必死さ」


 “琥珀の民”の地位を確固たるものにすることが、“琥珀の民の姫”であるヘルベティアの強い願いだそうだ。

 古代魔法文明時代の魔法理論は、今は失われている。遺跡の調査などによってその価値は再認識されており、その理論を解き明かそうとする所長の研究は、“琥珀の民”の地位向上に大いに寄与するだろう。

 しかし正直、“琥珀の民”のことはどうでもいい。


 俺が元の世界に帰るための条件。

 俺が今後魔力を発現する可能性はないと証明することを、俺は待っている。

 それは所長の研究の副産物的なものでしかないだろうが、早く結果を出してほしいものである。

 ただ、研究の進捗を聞くことはもうしない。また無駄に気分が乱されるからだ。

 

 所長はまたノートにのめり込むように何かを書きつけ始めている。

 特に声はかけず、静かに所長室を出ようとすると、

「カギモトくんそういえば」

 机に覆いかぶさるような姿勢のまま所長は俺を呼び止めた。

「何でしょう」

「来週、勤務時間のあとに暇がある日はあるかい?」

「え、何でですか」

「研究室の方に来てくれたまえよ。君の魔力器官の再検査をしたくてね」

「……」

 以前検査をしたのはこの世界に来たばかりの時、4年前だ。

「それって」

「研究が次の段階に進むってことさ」

 所長はペンの後ろで頭を掻きながら事もなげに言う。


 胸がざわりと震えた。

 期待をしないでおこうと思った矢先にこれだ。


 落ち着け、と自分を押さえつける。

「……どうせ残業してるだけなんで、たぶん何とでもなります」

「そうかい。じゃあまた声かけるよ」

「はい」と努めて平静に答え、今度こそ部屋を出た。





今さらですが、週休1日の世界です。



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