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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第五章 平等派『アーテヌ』
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1 野田 綾世のメモ

 

 ゴシュ係長は書類が不安定に積み重なった机の一番上に、畳まれた新聞をばさりと置いた。

 すぐ横のアイスコーヒーのカップに雪崩かかるのではないかと心配になってしまう。


「カギモトくんって普段新聞読まないでしょ?」


 俺の不安に気がつく様子もなく係長の太い指がさしたのは、その中のひとつの記事だった。



§



 ソナ・フラフニルに入力の助言をして他愛もない会話を交わしたあと、ロビーの方に客が来たようだ。

 窓口当番のソナはすぐに気づいてさっと席を立った。

 自分も彼女への対応で中断していた入力作業に戻ろうとすると、

「カギモトくんカギモトくん」 

 難しい顔をしたゴシュ係長に手招きされたのだ。

 


 そうして係長が示した記事をざっと読むと、胃にずしりとくるような内容だった。


「“杖無し”による殺人事件……ですか」


 しかも被害者は子どもで、犯人は捕まっているが、模倣犯なのか似た事件が続いていて、これで5件目らしい。

 係長は眉間に皺を寄せたまま頷いた。

「2週間前くらいからかな、全国でちらほらと起きてるんだよ。犯人はみんな別々の非魔力保持者で、殺されたのはみんな10歳以下の子どもたち」

「痛ましいですね」

 それもそうなんだけど、と係長は胸の前で腕を組んで、気遣うように俺を見上げた。

「過去にあった、非魔力保持者達による児童連続殺傷事件って、カギモトくんも知識としては知ってるでしょ?」

「ええ、まあ」

 10年以上前、魔力の高い子どもの血を飲めば魔力が得られるという迷信が広まり、それを信じた各地の“杖無し”達が起こした凄惨な事件である。

「その事件と関連性があるんですか? まあ加害者被害者の属性からいえば似てるのかもしれませんが」

「それはわからないけど」と係長は新聞を引っ込めた。

「僕が言いたいのは、あの事件が起こった時、世間の非魔力保持者へのヘイトも高まっちゃって、かなり目の敵にされてたってこと」

 確かに、各地で“杖無し狩り”が盛んになり始めたのもその頃かららしい。

 係長は言いにくそうに続ける。

「これまでも気をつけてもらってるけどさ、カギモトくんしばらくはひとりで外を出歩かないようにね。仕事でも。あまり口出ししたくないけど、できればプライベートでも」

「はあ」と生返事が出てしまった。

「とにかく、くれぐれも気をつけて、何か心配なことがあれば言ってよ」

「お気遣いありがとうございます」

 軽く礼を言って、自分の席に戻る。



 まったく迷惑な話である。

 が、今さら嘆くことでもないだろう。

 兎角、“杖無し”は生き辛い世の中だ。別に今までと変わりない。

 

 背筋を伸ばして座り直し、先程から邪魔が入る自分の入力に今度こそ集中しようとして──



「カギモトさん!」

 


 自分を呼ぶ大声にびっくりして再び手が止まる。

 声がした窓口の方を見ると、見覚えのある黒髪の少女。


 ノダ・アヤセが、こちらに向けてにこやかに手を振っていた。



§

 


 「お友達になってください」という探索士ノダ・アヤセの唐突な言葉に、カギモトは表情をなくしたように見えた。

 しかしそれは一瞬のことで、カギモトは再び笑顔になる。


「それは私的なお話かと思いますので、ここではちょっと」

 カギモトはさらりと告げて、受付机の上に置かれた紙袋を少しアヤセ側に押し返した。

「それと、こういったものも規則上受け取れませんので。申し訳ありませんが」

「えっ、あれ? いえ、その……」

 アヤセは顔を赤らめ、しどろもどろになる。

「あの……こちらの方と何かあったんでしょうか」

 ソナがそっとカギモトを見るが、カギモトは「いや、別に」とはぐらかすように笑った。

「あ、あたしの仲間がカギモトさんに失礼なことしちゃって、どうしてもお詫びしたかったんです。あと、その仲間の探索士証、再発行してもらったのを引き取りに来たっていうのもあって……」

「再発行は済んでますよ。引取票はお持ちですか」

 カギモトが事務的にアヤセに尋ねる。

 アヤセの言った“失礼なこと”、というのが引っかかったが、どうもカギモトは話題にしたくないようだ。

「カギモトさん、私が当番なので代わります」 

 ソナは申し出たが、「大丈夫。俺やるから」と揺るがぬ笑顔で返されてしまう。

「引取票は……持ってます」

 アヤセがカギモトとソナを交互に見ながら鞄をごそごそしていた。

 取り出した引取票をカギモトに渡し、アヤセは「×××××」とまたソナにはわからない言葉で話しかけた。

 カギモトはちらとソナを見る。そしてアヤセに向けて、「探索士証を持ってきますので、少々お待ちください」と離れていった。

 アヤセはがっかりしたように口角を下げたが、机に置かれた客用のメモ用紙を見つけると、何かをさらさらと書きつけていく。


 ソナには読めない見慣れぬ文字。

 以前カギモトに見せてもらった、カギモトの元の世界の文字に似ている。というより、恐らくその文字だろう。


 最後にアヤセは……なぜかそのメモ用紙に魔法を施していた。

 恐らく、雰囲気的に、文書を物理的に守る魔法だとソナは思った。しかし随分とでたらめなやり方に見える。込められた魔力量も多すぎる。

 とりあえず危険なものを仕込んだわけではなさそうだ、と判断した。

 じっと挙動を観察していたせいか、不意にアヤセがソナの方に顔を向けた。アヤセは前髪を撫でつけながらにこりと笑みを見せる。なんとなく、ソナも硬い微笑を返した。

「お待たせしました」

 カギモトが証を持って戻ってきた。

 アヤセはカギモトに書き終えたばかりのメモを差し出すが、カギモトはそれを一瞥するだけだった。

「手続きは以上です。他にご不明な点はありますか?」

 アヤセは言葉を詰まらせて俯き、「いえ」と小さく呟く。

 しかしすぐに切迫したような顔を上げた。

「あたし、来週中央に戻らなければならないんです。だから……ご連絡しますね」

 カギモトは何も言わない。

 アヤセはカギモトが受け取らなかった紙袋を取り、ぺこりと丁寧に頭を下げ、出入口へと向かって行く。


 アヤセが見えなくなった。


 カギモトは受付机に残されたアヤセからのメモを手に取る。その顔からは既に笑みは消えていた。


「大丈夫、ですか?」

「あ、うん。何か、同郷の人っぽくて。ちょっと親近感もたれたみたいかも」

 困ったように笑うカギモトの言葉に嘘はない。しかしそれはカギモトらしく単に情報の伝達であって、なんの感情も乗っていないようにソナは感じた。

「……被回収者、でしたよね、あの方も」

 カギモトは暫し黙り、「そうだね」と僅かに頷いただけだった。

「あの……そのメモは」

 あまり詮索したくはないが、ソナはカギモトの持つメモを見てさらに聞いてしまった。

「えっと」

 一瞬返事に詰まったカギモトは控え目に微笑むと、「何でもないよ」とメモをローブのポケットにしまう。

「仕事に全然関係ないものだから」

「……」

「何だよ今の子、カギモトぉ」

 トレックがやってきてカギモトの肩を小突くようにした。

「お友達になってくださいなんて言われて、なんであんなつっけんどんな態度とるわけ? おまえ、罰当たりめ」

「え、突然でびっくりして」とカギモトはやはり笑っている。

「変わった子だったよね」

「いや普通にかわいかっただろ。俺がお友達になりたいくらいだわ」

 カギモトとトレックはふざけたように言葉を交わし合いながら、席へ戻っていく。


 ──ノダ・アヤセ。


 同郷者で同じ被回収者との出会いを、カギモトは歓迎しているわけではない。ソナにはそう見えた。

 それでも彼女はカギモトと同じ言語を、同じ世界を共有している。

 私にはわからない、“海向こうの世界”の──


「あ」


 そういえば例のメモに魔法がかかっていることをカギモトに伝え忘れた。魔力の無いカギモトには一見してわからないだろう。

 振り返ると、カギモトはまだトレックと楽しそうに話をしている。


 ……メモのことを「仕事に関係ないものだから」と教えてくれなかったのはカギモトの方だ。

 つまり、仕事上の同僚でしかない自分には関係ないものであり、自分が口出しする必要などないということだ。


 そう結論づけながらも何となくせり上がってくる苦い気持ちを飲み込んで、ソナは窓口に来た次の客に応対した。

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