ティーバ・ラヴァンデリオの後悔 8
その月末。
弟と使用人に見送られ、家を出た。
こうして僕はロドラン夫婦の養子となり、ティーバ・ロドランとなって、西部の公立の高等学校に転校した。
公立学校の生徒で僕を知っている者はそういないだろうが、元はティーバ・ラヴァンデリオだったとばれないために、前髪と眼鏡で顔を隠し、背を丸め、陰気な人間であることにした。いや、陰気なのは元々だが。
ロドラン家での生活は思いのほか楽しいものだった。
ロドラン夫妻は気さくで良い人達だ。彼らの自由人ぶりには最初はとても戸惑ったが、慣れてしまえば、伸び伸びとするとはこういう感覚かと初めて知ったような気もした。
畑仕事の手伝いによく誘われたが、汚れるのが嫌であまりできなかったが。
僕はいつの間にか軽い潔癖症になっていた。
学校では、ラヴァンデリオではない僕とも親しくしてくれる数少ない友人ができた。
箒に乗ることも上達し、レース観戦という趣味も持った。
確かに僕は今まで狭く、ひとつの道しか見えていなかったのだろう。
決してそうではなかったということだ。
けれども。
時折、胸の奥が冷える。
友人たちと笑い合っている時、箒の飛行で気分が晴れた時、少し先の楽しみに期待して眠りにつく時。
おまえにそんなふうに生きる資格などないと、耳元で囁かれるような気がする。
いくら振り払おうとしても、それが無くなることはないのだと思っていた。
§
「本日より、西部遺跡管理事務所総務係に配属されました、カギモト・カイリと申します」
総務係の執務室。
ゴシュ係長の横で、少し訛りを感じさせながらも、黒髪の青年は堂々と挨拶をした。
彼とは同い年だと聞いていた。
「皆さん既に聞いていると思いますが、僕は非魔力保持者です。遺跡管理事務所の職員で初めての非魔力保持者らしいですね」
カギモトと名乗った新入職員はどこまでも穏やかで、“非魔力保持者”だと、まるで他人事のように語る。
そしてそのとおり、一切の魔力がない。
ヒュー・クロディ以来初めて、僕が直接的に関わる非魔力保持者だった。
ひりつくような痛みが体のどこかを走った気がした。
「ご迷惑おかけすることも多々あると思いますが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
まばらな拍手。
大歓迎、という雰囲気でもない。
「カギモトくんの席はあそこ、ヘネシーさんの横ね。それじゃ、自己紹介は各自やっといて」とゴシュ係長は雑に済ませた。
ヘネシーさんは僕の隣でもある。2か月前に新人として配属されたばかりの僕の教育係だ。彼女は僕とカギモト・カイリ2人に挟まれ、両方の教育係を担うこととなっていた。
カギモト・カイリは軽くヘネシーさんと自己紹介をしていた。
総務係には事前に、非魔力保持者が配属されることは知らされていた。もちろんざわついた。
非魔力保持者への社会的な扱いというものは表面的には改善されつつあったが、ジーナ・クロディの望んだような未来はまだ来ていなかった。非魔力保持者の肩身が狭いことにあまり変わりはない。
しかし、同僚として受け入れられる人達が、偶然にもこの係には揃っていた。
「非魔力保持者だからといって特別扱いをしないでほしい」というのが、カギモト・カイリの希望だとゴシュ係長からは伝えられていた。
とはいえ、さすがにヘネシーさんも何の思うところもないわけではないようで、カギモト・カイリとの挨拶も少しぎこちなく見えた。
僕は……
「──あの、同い年で同じ新人だって聞いてる。タメ口でもいいかな」
カギモト・カイリは僕の方にも来てにこりと、何の緊張感もなく微笑んだ。
「あ……うん」
僕は戸惑いを隠せないままに小さく頷く。
「ティーバ……ロドラン、です」
「タメ口にしようって。とりあえずよろしく、ティーバ」
「よ、よろしく」
手を差し出され、自然と握手していた。
以前の、ラヴァンデリオの跡取りだった頃の僕からは想像もできないことだ。
「僕は……なんて呼べばいい。君のこと」
「何でも。カギモトでも、カイリでも。呼びやすい方でいいよ」
聞き慣れない響きの名前だ。珍しい“東洋系”の顔立ち。妙な訛り。柔らかな笑顔と自然体な振る舞い。
一体どういうルーツの人間なのだろう。
「……じゃあ、カイリって呼ぶよ」
カイリは自分の考えをしっかり持っていて、仕事においては真面目で優秀だ。
客や他の係に蔑まれることも多くあったが、軽く受け流せる強さもあった。
よく冗談を言うけれども、自虐や卑屈な言葉は決して口にしない。強がりには見えなかったし、プライドが高いというのともまた違っていた。
同じ新入職員として一緒に行動することも多かったが、魔法を使えないことなど何も気にならないくらいに、気持ちの良い人物だった。
そもそも僕自身は他人の魔力の有無について偏見を持っていなかったのだ。
何のしがらみもなければ僕はきっと、ヒューともこんなふうに親しくなれたのかもしれない。
この頃、ようやくと言っていいかもしれないが、そんなことを思うようになった。
カイリとごく普通に言葉を交わす度に、それができなかったヒューを思って胸が詰まる。
そして、カイリが理不尽なまでに罵られている姿を見ると、自分も身を切られたような気分になった。
こんな仕事に就いていなければ、彼が傷つけられる機会も少ないだろうに。
それは僕がヒューに「首を引っ込めていろ」と言ったのと同じ論理であって、それを他人に言う権利などあるわけがないと、頭で理解できるくらいには僕も大人になっていた。
でも気持ちの面ではどうしようもなかった。
だからカイリを、守らなければならないと思ってしまう。
カイリはヒューではない。
それはわかっているけれども。
今度こそはと、そんな気持ちになることは抑えられなかった。
次話が「ティーバ・ラヴァンデリオの後悔」 最終話となります。




