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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第17話 資料室にて 後編

改行、内容等一部修正しました。

 キィトの所長室ほどではないが、資料室にも書物や紙資料の束、文書箱が床にも棚上にも秩序なく置かれていた。

 あまりの埃っぽさにむせそうになる。

 ここもまた頼りなさげな照明が、上から部屋を照らしていた。


 ちらちらと埃が舞う中、規則正しく並ぶ棚の間の通路の奥に、カギモトがいた。

 

 頭を押さえながら棚にもたれ、床に座り込んでいる。

 その周りには倒れた脚立、書物や箱が不自然に散らかっていた。 


 ここだけの場面を見れば、登った脚立が倒れたのだろうと思える。


 故意か、事故か。


 “あくまで事故だ。俺は何もしていない”とあえて告げたノイマン。


 その言い方は不自然なほどわざとらしかったし、あたりにうっすらと残る魔力の残滓を見れば、事実は明らかだった。

 

 ソナはカギモトの元にゆっくりと近寄った。


 魔法による冷気の塊で、カギモトは頭を冷やしていた。ティーバによる対処だろうが、適切な応急処置の魔法もそつなくこなせるらしい。

 そのティーバは散らかった本や箱をせっせと片付けていた。


「──フラフニルさん?」


 ソナに気がつくと、カギモトは少し狼狽えるような表情を浮かべた。

 まさか自分がここに来るとは思っていなかったのかもしれない。

 が、それは一瞬のことで、すぐに笑みを作ってみせる。


「ちょっとミスっちゃって、脚立から足を滑らせだけで」

「カイリ」

 ティーバがはっきりとした声で言った。

「その子なら魔力の残滓が見えてるはず。それにノイマンとも鉢合わせた。下手な嘘をつく必要はない」

「……」

 カギモトは気まずそうに一度口を噤み、それから苦笑いをする。 

「……ちょうど脚立に登ってるときにあいつが来るとは思わなかったよ。ほんと、タイミングが悪い」

「だから」

とティーバは溜息混じりに言う。

「1人でこういう部屋に入ったりするなって言ってるだろ。ついて行くから僕に声をかけてくれ」

「ティーバも忙しそうだったからさ」

「いつもそう言って」 

「フラフニルさん」


 ティーバを遮り、カギモトがソナを呼ぶ。

 突っ立ったままだったソナは微かに身構えた。


「……はい」

「もし係長に聞かれたら、俺の不注意で脚立から落ちただけだって、そういうことにしておいてくれる?」

「──え?」


 どう報告するかというところまで、まだ何も考えてはいなかった。

 ノイマンの話は出すなということか。


 意図が読めず黙っていると、カギモトは片手で頭を押さえたまま棚を支えにしてゆっくりと立ち上がる。


「話を聞いたら、動かないわけにはいかない人だから、係長は。無駄な負担はかけさせたくないんだよね」


 ソナは確認を求めるようにティーバを見た。

 ティーバはどこか不服そうに口を開く。


「……ノイマンがあんなあからさまな言い方をしたのは、僕達が何もできないとわかってるからだ」

「……?」


 ソナが無理解の顔をしていると、カギモトとティーバは無言で視線を交わし合った。


「ノイマンを訴えたところで何にもならない」

 眼鏡の位置を直し、ティーバが言う。

「はっきりした証拠もないし、証拠があったって、握り潰すくらいの力をあいつは持っている。あいつの名前、ノイマン・シーシュメイア。聞いたことくらいあるだろう?」


 シーシュメイア家。


 上流階級の世界に興味のないソナでも知っている、カノダリア国4大家門のうちのひとつ、“東のシーシュメイア”。


 ツテがある、とノイマンが言ったのはそういうことか。

 ノイマンの言動にも納得がいった。余程、自分の立場に自信があるのだろう。


 “杖無し”の排除を望む、と堂々と言ってのけることができるほどに。


「ま、そういうわけで、話を合わせてね。ひとつよろしく頼むよ」


 カギモトはひょいと片手を上げた。


 へらへらしているとも取れるカギモトのその様子が、ソナの奥底の、何かに触れた。


 胸を刺すような不快な痛みと同時に、激しい苛立ち感じさせる。  


 “辛い境遇でも健気に耐える自分”。


 そんな人間演じているように見えて──


 

 ソナは、息を吸う。



 もう、思ったことが、そのまま口から流れ出るのを止めることができなかった。



「──被害者ぶらないで」

 


 一瞬の沈黙。

 


「……何?」



 聞き返したのはティーバだった。

 前髪に隠れて顔がよく見えないはずのティーバの、鋭い視線を感じる。


 それでも、ソナの口は止まらなかった。


「そうやって弱者ぶって……。周りの同情を引きたいだけなんじゃないですか?」

 

 自分の声が、思ったよりも資料室内に響いた。


 言ってしまった。


 血の気が引く。

 その一方で、どろりとした黒い感情は未だソナの思考を、行動を支配し、カギモトを睨みつける。


 資料室の明かりが、ちかちかと不安定に瞬いた。

 不気味なほどの静けさの中、当のカギモトはといえば、ぽかんと口を開けていた。


 それからはっとしたように目を瞬かせると、一拍遅れて口端を吊り上げ、「いやだな」と笑みを浮かべてみせた。


「そんな風に見えちゃった? そんなつもりは、なかったんだけどなぁ」

「……」


 半分笑いながらのその言い方はどこか乾いていた。なぜだか締め付けられるような苦しさを感じる。

 

「君──失礼にも程があるんじゃないの」


 いつもの抑揚のないティーバの話し方とは違う、怒りのこめられた声。


 ひりつくような緊張感が資料室に走り、ソナはようやく、いくらかの冷静さを取り戻した。


「あ……」


 何をどう差し引いたって、自分の発言には問題があった。


 しかし、間違っているとは……思わなかった。


 それでも、たとえ建前でも、謝罪を口にする必要はある。

 唇が震えた。

 

「あ、大丈夫だよ」

 ソナとティーバの凍りついた雰囲気を砕くように、カギモトはごく軽く口を挟んだ。

「俺には何言ってもいいってフラフニルさんには言ったんだ。だから、大丈夫」

「大丈夫って……何がだよ」


 カギモトは答えず、訝しむティーバににこりと微笑んだ。


「カイリ……」


 ティーバはもはや怒りを通り越して呆れているように見えた。

 カギモトは今度はソナの方を向く。ソナの心臓がどくんと跳ねる。


 その薄茶色の瞳に、感情の揺れは見えなかった。


「忌憚のない意見は歓迎するよ」


 ティーバが大きく溜息をついた。

 ソナはローブの袖口をぎゅっと握る。

 唇は噛みしめたまま。


 理不尽ともいえる仕打ちを受け、それを表立って訴えることもできない。きっとこんなことが、何度もあったのだろう。

 

 それを笑って軽口で流し、何もなかったことにしようとしている。


 本心の見えないこの男が、気味悪くさえ思える。


「とりあえずさ、ここ片付けようか」


 カギモトがそう言ったきり、その後は誰も何も話さなかった。

 箱を置く音や紙の重なる音だけが響く酷い空気の中、3人で資料室の片付けを淡々と行っていた。

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