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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 ティーバ・ラヴァンデリオの後悔
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ティーバ・ラヴァンデリオの後悔 2


 翌日。

 その日財布を忘れたことに気がついたのは、昼食の鐘が鳴ってからだった。 

 いつものように食堂に行こうと思ったら、通学鞄に入っていなかった。昨日中身を整理した時に入れ忘れたようだ。


「どうしたティーバ、行こうぜ」

 同じ制服姿の貴族の同級生達が振り返って待っている。


 ラヴァンデリオの人間が誰かに金を借りるというのはよろしくないだろう。


 その時はそうだと思い込んでいて、「今日は持ってきているからいい」なんて見栄を張って食堂組とは別れた。

「あっ、ティーバくん教室で食べるの? 珍しい!」

「良かったら一緒に食べない?」

「あ、ずるい、あたしも一緒に食べたい」

 教室には僅かな弁当持参組がいて、主に女子達が寄ってくる。

「いや、僕は──外で食べるから」

「寒いのに?」

 不思議そうな顔をされながらも、コートを着て鞄を手に僕は外に出た。


 もちろん食べ物など持ってきていないが、昼食くらい抜いても問題ない。そのうち早めに食べ終わった生徒が校庭に遊びに来る。そこに混ざればいい。

 それまで適当に時間を潰そうと意味もなく敷地の脇にある花壇の間を歩いたりしていた。


 冬だ。もちろん花壇には何も咲いておらず、黒い土と僅かな雑草しかない。

 空は白んだ水色をしていて、乾いた風は冷たかった。


 くしゃみが聞こえた。

 その方を見ると、大きな樹の下のベンチでひとり腰掛けているヒューがいた。

 この寒空の下で、本を片手に弁当を食べているようだ。

 自分はいつも食堂に行くから知らなかったが、教室では居場所がないからだろうし、たぶん邪魔もされるからだろう。

 しかし美味しそうに弁当を食べている姿からは、ひとりの食事でも悲壮感のようなものは感じられない。

 コートのポケットに手を突っ込んでぼんやりとヒューを見ていると、向こうもこちらに気がついた。


 ティーバ・ラヴァンデリオとして、この場合どのような行動を取るのが正しいか。


 無視をする。話しかける。嫌みを言う。 


 辺りを見回したが特に誰もいない。であれば、何か積極的な行動をする理由もない。


 答えは“無視をする”だ。


 そのまま通り過ぎようとしたら、

「ティーバくん」とヒューに呼ばれた。

「珍しいね、君も外で食べるの?」

「……」

「話しかけてるんだから、返事くらいしてほしいな」

 鼻をこすり、ヒューは空になったらしい弁当箱をしまい始める。


 ──“無視をする”、だ。


 僕はヒューから視線を外し、歩き去ろうとする。

「あっ、わかった」

 ヒューが手を叩く。

「君、弁当忘れたんだろ。お金も持ってきてなくて食堂にも行けなくて、散歩で時間を潰してるんだ」

 思わずヒューを見ると、やや得意げな顔をしていた。

「こんな何もないところ、君みたいな人がひとりでぶらぶら歩いてるなんて、そういうことでしょ?」

「……僕は、元々弁当は持ってこない」

 半分図星を刺されて、そんなずれた返答をしてしまった。

「あっそ」とヒューが鼻水をすする。

「とにかく何も食べてないんじゃないの。ぼくも前に弁当もお金も忘れて辛かったことがあるからね、それ以来いつも鞄にお菓子を入れるようにしてるんだ」

 脇に置かれたくたびれた通学鞄をごそごそとやっている。金がないわけではないらしいが、質素を重んじているのか、ヒューの持ち物は使い込まれたものばかりだった。

 その鞄から何かを取り出して、僕の方に近づいてくる。


 赤い小箱。この国では定番の菓子で、ナッツが入ったキャラメルだということは知っている。

 自分の家庭で出されたことはないが、とろけるような甘さを思わせるパッケージを見て生唾が湧くのを感じた。


「あげるよ」

「いらない」

「午後の授業中にお腹が鳴ったら恥ずかしいんじゃない? ラヴァンデリオくん」

 寒さに鼻の頭を赤くしたヒューがにやりとする。皮肉というよりも、単純に面白がっているような顔だ。

「……僕に恩を売るつもりなのか」

「あはは」とヒューは笑った。

「そういうふうに受け取っちゃうんだ。ティーバくんは。たかがお菓子なのにさ」

「どういう意味」

「人の親切も穿った見方をしちゃうなんて、名門の家の子は大変だねって」

 やはり、子供らしくない言い回しをする。

 

 ヒュー・クロディは、「恵まれた“杖無し”」といえるだろう。


 父も母も大学教授で研究者。経済的にも教育的にも僕達貴族と遜色ない家庭で育っている。 

 家庭教師を何人もつけていた僕が、抜かれないかといつもひやひやするほどヒューは勉強ができた。

 しかしどれほど優秀であっても、まだ世間では“杖無し”が家族にいることを恥だとする家が多かったのだ。

 “杖無し”でありながら僕達と同じ学校に通うというのはかなり稀であって、ヒューの両親は風変わりな人物だと思われていた。

 親の教育の賜物か、ヒュー自身“杖無し”であることに引け目など一切感じていないようで、嫌がらせを受けてもどこ吹く風という顔を貫いていた。

 

 そのおかげで……いや、そのせいでというべきか。


 ヒューは学校ではただひたすらに浮いていた。

 だから本当の意味で彼が「恵まれた」といえたのかは、僕は、今でもわからない。


 とにかく僕としては、ヒューが僕と対等に接しようとするのを受け入れるわけにはいかなかった。


「……いらない。君がどんなつもりでも」

「ぼくも無理強いするつもりはないよ」

 ヒューは少し困ったように笑い、小箱からサイコロくらいのキャラメルを出して「でもさ」と自分の口に放った。

「ティーバくんって勉強はできるけど、視野が狭いって感じだよね」

「何?」

 突然の中傷に僕は間髪入れずに聞き返す。

 ヒューは大人びた目で僕を眺めていた。

「僕が君の立場ならもっとうまく立ち回るのにってこと」

「君に」

 感情を押し留めるように、僕は胸を抑えていた。

「僕の立場なんてわからないだろう」

「想像はできるよ。想像力に自信はあるんだ」

 ヒューは自分の頭を指でつついた。

「広い視点を持って、色んなケースを考えて行動した方がいい。人生何があるかわからないし、社会がどう変わるかも読めないからね」

 抽象的過ぎて、同い年の人間に言われるようなことではない。

 とにかく、馬鹿にされているのだと思った。しかしむきになって反論するのも無駄だと思うことにした。

 僕はそれ以上は何も言わず、踵を返す。

 校庭から生徒たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。昼食を終え、残りの休み時間を外で遊びに来たのだろう。

 ヒューと話しているのを誰かに見られたくなかった。


 この頃、全国各地で“杖無し”が子供を殺傷する事件が起き始めていた。

 何でも、魔力の高い子供の血を飲めば“杖無し”でも魔法が使えるようになるという馬鹿げた迷信が広まっていて、それを信じた“杖無し”が子供を襲っていたのだ。


 ──“杖無し”は危険だ。


 世間ではそんな風潮が高まっていて、学内でのヒューへの風当たりが一層強くなっていったのは、当然のことだった。

 

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