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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
番外編 ティーバ・ラヴァンデリオの後悔
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ティーバ・ラヴァンデリオの後悔 1

カギモト編本編は少しお休みしてティーバ過去編となります。


いじめ描写など重苦しいエピソードもありますので、苦手な方はご注意ください。




 冷たい水を頭から思い切り被せても、ヒュー・クロディは凪いだ瞳をしていた。


 滴る雫が地面に水溜りを作っている。


 ヒューは濡れた鞄からのろのろとハンカチを取り出し、黙って顔や赤毛の髪を拭き始めた。

 制服の上にコートを着ているが、その小柄な身体は僅かに震えている。


 冬の外だ。

 校舎の裏は日陰で、濡れると寒さはかなりのものに違いない。


「さすが、ティーバは魔法がうまいよな」

「一瞬であんなでかい水の塊作れねえよ」

 横にいた同級生達がはしゃいでいる。

「……別に、大したことじゃない」

 僕はうんざりした気分だった。

「またまた」といつも調子のいい背の高い同級生が僕の肩を叩く。

「なんたってラヴァンデリオ家だもんな。ヒューみたいな“杖無し”とは格が違うってやつだ」

「そうだよ。そもそも“杖無し”が俺らと同じ学校で机並べてるなんて、ほんとありえないし」

 ヒューはまだだいぶ濡れたままだったが、そそくさとその場を立ち去ろうとしていた。

 別の同級生が覚えたての魔法を使ってヒューの足をすくい、転ばせる。

「どんくさ」

「何か言えよ、つまんねえやつ」

 ヒューはゆっくりと立ち上がり、土のついたズボンを払った。


 寒さのせいか唇が青く震えている。しかしその表情には、年齢にそぐわない静けさがあった。

 鮮やかな緑の瞳をじっとこちらに向ける。


「ぼくはみんなと同じ学校に通う権利がある。だからこんな扱いを受ける覚えはないんだけど」


 怒りでも諦めでもなく淡々として、11歳とは思えない分別くさい口振りだ。ヒューはいつもそんな感じだった。休み時間には小難しい本を読んだりして、それがまた、同級生を刺激するのに。

 ただ僕個人としては、クラスに“杖無し”がいようがいまいが、何とも思わなかった。他人の人生に干渉する気なんてなかったのだ。


「はあ、マジで生意気」

「おいもう少しずぶ濡れにしてやろうぜ、ティーバ」

「もういい。飽きた」

 そうやって打ち切ることがたぶん僕なりのヒューへの憐れみであり、慈悲でもあったのだと思う。

 同級生に持たせていた鞄を手に取る。

「それにそろそろ迎えが来てるから」

「そっか、じゃあみんな帰ろうぜ」

 僕に従うように、ぞろぞろと皆が後をついてくる。ヒューの事は無視だ。

 ほんの少し振り返って見ると、ヒューは小さくくしゃみをして、別方向に歩き出していくところだった。木枯らしが吹き付けている。


 ここは、カノダリア国でも所謂名門と呼ばれる初等学校のひとつ。

 南部の貴族や裕福な家の子供が数多く通っている。


 ヒュー・クロディ。


 彼は今年来た編入生で、その学校創立以来初の、“杖無し”の生徒だった。



§


 迎えの魔導車で高台の屋敷に帰ると、すぐに家庭教師の時間だ。

 数学、歴史、魔法……。

 どれも僕にとっては特別難しいことじゃない。

 授業をすぐに理解できる程度の頭はあるし、この身体には有り余る魔力もある。母に似た容姿は褒められることが多かった。

 加えて自分はカノダリア国四大家門のひとつ、「南のラヴァンデリオ」と呼ばれるラヴァンデリオ家の跡取りでもある。


 ティーバ・ラヴァンデリオは恵まれた子供だ、と人は言うだろう。


 しかし。

 その立場は盤石とはいえなかった。


 その日の夕食。

 いつも仕事で遅い父が珍しく早く帰宅して、家族4人で食卓を囲んでいた。

 身だしなみ、挨拶、食事のマナーにはいつもより細心の注意を払わねばならない。

 そう思って音を立てずに食事を口に運ぶ僕の横で、4歳年下の弟のイルオンは何の気負いもなさそうに切り分けた肉を食べていた。

「あ、そういえば今日ね、クラスで面白いことがあってね」と口に食べ物が入っているにも関わらず、今日の出来事を楽しそうに両親に語り始める。

 僕が同じことをすれば父からの厳しい叱責が飛んでくるだろう。しかしそんな弟を母──僕にとっての義母は微笑ましそうに眺めていて、父ですら「飲み込んでから話しなさい」と優しくたしなめる程度だった。


 母は僕が幼い頃に病死し、父は先妻である母よりも地位の高い貴族の女性を後妻として迎えた。そして異母弟であるイルオンも産まれた。

 弟は賢く、魔法の才もあり、誰からも好かれる愛らしさを持っていた。僕にとっては厳格の象徴のような父ですら、弟には甘い。

 先妻である母方の親戚やら母に仕えていた使用人達にとってイルオンの存在は僕の立場を脅かすものに見えるらしい。事あるごとに、僕がより跡取りに相応しい人間であるよう、強く求められていた。

 

 ラヴァンデリオ家の跡取りであってこそ、僕には価値があるのだと思っていた。

 裏を返せば、その立場を失えば何もないということだ。


「ティーバは」

 父の声にナイフを持つ手を止める。

「どうだ、最近は。学校ではうまくやってるだろうな」

 無駄のない細面の顔に、年齢なりの皺が刻まれている。

 ラヴァンデリオグループという大きな組織を負って立つ父の目つきは鋭い。親子の会話というよりも、入学試験の面接を思い出してしまう。

「もちろんです」

「ティーバのクラスには、非魔力保持者がいるだろう。どうなんだ」

 家で絶対的存在である父は生粋の魔力至上主義者だ。“杖無し”を毛嫌いし、事あるごとに平等法に文句を言っていた。

「別に。関わらないのでよく知りません」

 ふん、と父は僅かに笑った。

「それでいい。付き合う人間はよく考えて選ぶんだぞ」

「はい」

「それにしてもまったく、そんなやつを入れるなんてあの学校にもがっかりだ。いくら金を積まれたのやら」

 父の独り言のような愚痴に、義母が「そうですよね」と相槌を打っている。

 弟は我関せずという顔で早くもデサートに取り掛かっていた。


 何をどうすれば跡取りらしくなるのか、子供なりに考えていた。

 まずは何事においても誰よりも抜きん出ている必要がある。

 それだけではなく、父に認められなければならない。

 

 だから、僕個人としては魔力が無い人間に対して何の思い入れもなかったが──


 僕が、“杖無し”と対等に付き合うというのは、ラヴァンデリオ家の跡取りとして相応しい行動ではない。

 

 そう信じて振る舞うことが自分にとっては正しいのだと、僕はそう理解していた。

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