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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第四章 探索士ノダ・アヤセの楽しい異世界生活
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探索士 ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 最終話


「野田さん?」


 廊下。

 背後からの優しげな呼びかけに、心臓がどくんと鳴った。

 振り返ると隣のクラスの〇〇くんだった。


「今落としたよ、これ」

 手には地味な紺色のハンカチ。あたしのだ。

「あ、りがと……ございます……」

 喉がぎゅっと絞められたような声しか出なかった。

 〇〇くんは「いえいえ」とふわりと微笑んで、少し離れた男子達の方に向かっていった。

「何あいつに優しくしてんの」「勘違いされるだろ」というような男子達のからかいの声が聞こえたが、聞こえないふりをしてあたしは廊下を早足で歩いていく。


 〇〇くんは去年同じクラスだった。

 見た目も良くて、勉強も運動もできて、きっと余裕があるからだろう、誰にでも分け隔てなく優しくて、それが許されるような人だ。誰でもあの人を好きになる、そんな雰囲気を纏っていた。

 もちろんあたしも勝手に憧れていて、今みたいに名前を覚えててもらって呼ばれるだけで嬉しくて──恐れ多い。

 

 その時、階段を降りてくる一学年上の姉と鉢合わせた。友達と一緒にいる。

 絶対に話しかけるなというように睨まれ、さっさと降りて行った。「あれあんたの妹でしょ」と嘲笑うように言われていた。


 ただ〇〇くんと、いや他の人とも、特別仲良くじゃなくてもいいから、普通に接したかった。

 自分なんかが、と自分を下げない自分でいたかった。

 きっと運も才能も努力も何もかもが足りないのだろう。

 そんなあたしはなるべく目立たぬようこの先も日陰を歩いていくしかない。


 でも。

 こんなあたしを認めてくれない世界が悪いんだって。

 惨めな思いをした分、あたしは報われてもいいんじゃないかって、心の底では思ったりしていて。



──────


 

「やっぱりお似合いですね」


 店員さんに声を掛けられはっとする。


 あたしは再びリリエズデパートにいた。

 取り置いてもらったワンピースに靴と鞄を合わせ、姿鏡の前に立っている。

 変じゃない。

 むしろ、可愛い。

 

「これ……このまま着て帰っていいですか?」

「もちろんです」

 

 新品に身を包んだまま、あたしは会計を済ませた。

 同じデパートの別フロアでお菓子売り場を眺める。

 贈答用の可愛らしい焼き菓子の詰め合わせがあったので、それも買った。


 外に出て、デパート前の魔導トラムの駅に向かう。

 今日は箒を使わずにここまで来た。元々ワンピースは着て帰るつもりで、この格好だと箒に乗りにくいからだ。

 手帳を開いて乗り換えを確認し、来たトラムに乗り込んだ。昼間の車内はあまり混んでいない。

 

 西部遺跡管理事務所に向かっていた。

 目的はもちろん、あの人だ。

 あれから……あの人と初めて会ってから数日が経っていた。本当はもう少し早く会いに行こうと思っていたのに、ヴァンとニコラスの急な体調不良で身動きが取れず、今日になってしまった。

 ちなみに、まだ本調子ではないニコラスの代わりに、再発行された探索士証を引き取りに行くという建前上の理由もある。


 お詫びとしての菓子折りを膝に乗せてトラムに揺られる。窓側の座席で西部の長閑な景色を眺め、逸る気持ちを紛らわそうとしていた。

 

 着いた。


 西部遺跡管理事務所は地味でどっしりとした洋館という感じの建物である。全体的にくすんだように古く、中央の遺跡管理事務所よりも規模は小さそうだ。

 前髪を撫でつけ、スカートの皺を伸ばす。

 出入りしているのは明らかに探索士風の人達で、場に合わない格好をしたあたしにちらちらと不思議そうな視線が投げられるのを感じる。

 

 ──大丈夫。


 あたしは正面入口から事務所へと入った。

 

 同じ遺跡管理事務所でも場所が違えば中の構造も違う。

 ここの1階は探索士関係の受付窓口があるようだが、あの人はいるのかときょろきょろと首を巡らせる。


「──どうされましたか」


 そう言って近づいてくる女性がいた。

 濃い灰色のローブ。この人も職員さんのようだが。

 その若い女性を見てあたしは開いた口がふさがらなかった。

 すらりと背が高く、ひとつに束ねられた金髪はつやつや、顔がきゅっと小さくて、長い睫毛に縁取られた薄い灰色の瞳は冷たい感じ。たぶんそんなに化粧はしてないだろうに。

「めっちゃ美人……」

 思わず日本語が漏れ出ると、女性は「え?」と首を傾げた。

「あっ、すみません。えと、お人形さんみたいに綺麗でびっくりしちゃって」

「……はあ」

 女性職員さんは不思議そうな顔をしている。

「あの、あたし、人……職員さんを探してまして」

「職員? 誰でしょうか」

「名前はわからないんですけど、若い男の人で、あたしと同じ黒髪で、優しそうで、しゅっとしてて、その……」

 あの人の姿を思い浮かべ、「かっこいい人です」と恥ずかしい説明をしていた。

 女性職員さんはあたしをじっと見つめてくる。その()が気にはなったが、やがて形のいい唇が小さく動いた。

「カギモトさん……でしょうか」

 カギモト。鍵本? 鍵元?  

「カギモトさんっていうんですか? あの人」

 とにかく。

「やっぱり日本人なんだ」とまた日本語で呟く。

「え……」

 いけない、また職員さんを困惑させてしまった。

「──あ、で、どこですか? カギモトさんって、お休みですか?」 

「いえ……あちらに」 と若干躊躇いがちに受付の方を指し示してくれた。

「ありがとうございます!」

 あたしは素直にお礼を言って受付まで駆けていく。

 受付机の向こう側は職員さん達の執務スペースのようだ。あそこにいる。

 どきどきした。

 でも、怖じける必要なんてないはずだ。

 息を吸い、「カギモトさん!」と呼びかけた。


 窓口に近い席の職員さん……黒髪の人。

 ぴくりとしてこちらを向いたのは、あの人だった。

 あたしを見て、驚いたような表情を浮かべたが、さっと席を立ち窓口に出てきてくれた。

 改めて見たが、細身で、シャツは皺なく清潔感があって、控えめなループタイも似合って爽やかだ。少し寝癖があるのも何だか可愛らしい。

 それに“杖無し”……非魔力保持者でも、こんなに堂々としていられるのは、すごいことなんだと思う。

 さっきの女性職員さんも戻ってきてカギモトさんの横に並ぶ。

 ……やっぱり美人だ。カギモトさんと同じくらいの身長で、そのビジュアルに圧倒されそうになる。この人がカギモトさんの同僚なんだと思うと、何とも言えない気分にもなった。 

 でも、と気を取り直してカギモトさんを見上げた。


「覚えてませんか? あたし、アヤセです。 ノダ・アヤセ!」

「……覚えてますけど」

 カギモトさんは笑顔だ。

 優しそうだけど、でもよそよそしい、距離のある笑顔。

「えっと、どうしたんですかね。探索士関係の受付ですか?」

 あたしが探索士だとはわかっているらしい。

 まずは一番大事なことをしなければ。

 あたしは紙袋を受付机越しにカギモトさんの方に差し出して、勢いよく頭を下げる。

「お詫びに来たんです。先日はご迷惑おかけして本当にすみませんでした。あのこれ、どうぞ」

 そして顔を上げ、カギモトさんの穏やかな瞳としっかりと目を合わせた。

「この間も聞きましたけど、カギモトさんも日本人ですよね? 名前的にも、そうなんですよね?」

「……」

 カギモトさんは少し困ったような笑みを浮かべたまま黙ってしまった。

 なぜだろう。

 たしかに唐突ではある。

 でも、何か言ってほしい。


「あたし、せっかく会えたので、同じ日本人同士仲良くしたいなって思ってるんです。なので、良かったら」


 続きを口にしようとしたが、喉が乾いて、声が震えそうになる。

 あたしを馬鹿にするような表情や言葉の記憶が、蓋をしたはずなのにまだしつこく頭をよぎる。

 でも、今のあたしには許されていると信じていた。



「──あたしとお友達になってください!」


 遺跡管理事務所の静かなフロアに、自分の声がよく響いた。

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