探索士 ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 8
なんで、あの人。
絶対に日本人で、同じ被回収者のはずなのに。
なんで何も言わずに。
「──おい、アヤセ!」
ニコラスに肩を叩かれびっくりする。
「いつまでぼうっとしてんだよ。どうでもいいだろあんなやつ」
あの人の背中は、行き交う人に紛れてもう見えなくなっていた。
「どうでも……」
あたしはニコラスの青い瞳をぐっと睨みつけた。
「あたしにとってはどうでもよくない!」
「あ、アヤセ?」
ニコラスがぽかんとする。
「なんでそんなに怒るんだよ。おまえの知り合いかよ」
「違うけど!」
苛立ちを込めて反論しながら、さっきの人は遺跡管理事務所の職員なんだと気がついた。どう考えても遺跡管理事務所にいるはすだ。西部の。
──なんだ、会おうと思えば会える。
少し冷静になった。
思い返しても、まるであたしと関わりたくないかのように静かに去っていってしまったのは謎だ。
あの人が倒れていた石畳の地面を見つめる。
たぶん……内心ではニコラス達に怒っていたのかもしれない。怒って当然だ。
──お詫びしに行こう。
ちゃんと落ち着いて話せばきっと、理解し合えるはずだ。だって、この世界で互いに貴重な同郷者なんだし。
それに。
優しい薄茶の瞳を思い出す。
酷い目に遭わされても、あの人の纏う空気は涼しげで穏やかで──
何より、正直言って、顔がタイプだった。
ニコラスだってヴァンだって悪くはない。
けれども西洋風の濃い顔よりも、やっぱり馴染みのある日本人顔の方がほっとする。
それに単に日本人贔屓ではなく、普通に美形だった。この世界では小柄で薄い顔で地味に見えるかも知れないけど、学校で同じクラスにあんな人がいたら絶対にモテる側の人だ。
「おい何だよ、今度はなんでにやついてるんだよ」
「にやついてないよ! ていうか元はといえばあんた達が」
「わかったわかった。俺たちもやりすぎだったって」
ヴァンが間に入る。
「とりあえず、そろそろ昼飯行こうぜ。店閉まるといけないから」
あたしとニコラスは黙って視線を交わし、2人で頷いた。
周りの店は、ランチ終了の看板を出し始めている。
確かにとっくに昼の時間ではない。
まだ営業しているところを探し、路地裏にある薄暗い店に入った。客は他にいない。
「いつできるって? 探索士証」
「明後日だってよ。遅ぇよ、マジだるい」
「おまえが失くすのが悪いんだろ。じゃあ旅行にきたつもりでのんびりするか」
「西部じゃ探索以外することねえだろ」
「確かに」
料理を待つ間、向かいの2人のどうでもいい会話を聞き流しながらぬるいジュースを啜る。くすんだ壁にかけられたどこかの風景画を眺めていた。
「おいアヤセ」
「ん?」
ニコラスが睨むようにあたしを見ていた。
「変だぞおまえ。まだ何か怒ってんのか。ねちっこいな」
あたしは溜息をついた。
「あのさ、なんで非魔力保持者って嫌われてるの?」
ニコラスは目を瞬き、横のヴァンと顔を見合わせるだけだった。
あたしは続ける。
「探索士とか魔法関係の仕事に就くならまだしも、実際は普通に生活するのにそんなに魔法って使わないでしょ。便利な魔導機械があるから」
「ひととおりの歴史の授業は受けたんじゃなかったか?」とヴァンが笑う。
自慢じゃないがあたしは勉強が苦手だ。授業でやったからといってすぐに理解できるわけじゃない。
「わからないから聞いてるのに」
「冗談だって。でも、被回収者のアヤセに説明するのはちょっと……難しいかもな」
ヴァンは考えるように腕を組んだ。
「どうでもいいだろそんなこと。まださっきの“杖無し”気にしてんのか。同じ“東洋系”だからか」
「妬くなってニコ」
「はあ!?」
ヴァンの軽口にニコラスが目を剥いた。
「“杖無し”がなんで嫌われてるかっていうのは」
ニコラスを無視してヴァンがあたしを見た。
「本能的なもんなんだよ、アヤセ」
「本能?」
「この国の成り立ちとか宗教観とかで色々説明もできるけど、簡単に言うなら俺達は──魔法を使える人間は、まあ、全員がってわけじゃないだろうけど、“杖無し”に対して本能的に嫌悪感を抱くのが普通だ」
ヴァンの語り口は穏やかだ。
「人として当然あるべきはずのものがないってのは欠陥で、歪な存在だ。違和感しかないし、相容れない。魔法のない世界で育ったアヤセにはわからない感覚だとは思う」
「……」
「平等法なんてもん作ったって、誰も真剣に守るやつなんていねえ」
ニコラスが口を挟む。
「昔クラスにも“杖無し”がいたけどよ、普通に除け者にしてやった。先生にも何も言われなかった。そのうち学校を辞めてった。そんなもんだ」
ニコラスの話の内容、話し方も、随分と幼稚に感じた。それが可愛らしくも思えていたのに、今は、軽蔑すら感じている。
ニコラスに対してきついことを言いそうになるのでヴァンの方を見た。
「でもあの人、遺跡管理事務所の人……公務員、なんだよね」
「ああ、それは驚きだな」とヴァンも頷いた。
「一体どうやって採用されたんだか。意外と遺跡管理事務所って進んでる職場なのか」
「やめようぜこの話。ほら、メシがきた」
そのとおりに無愛想な店員さんが両手に料理を運んできた。
食べ始めて、話しは流れた。
でもあたしは食べながらずっと考えていた。
非魔力保持者のあの人は、たぶんこの世界ですごく辛い生活を送っている。あの落ち着きぶりを見ると、今日みたいな出来事だって、珍しくないことなんだろうと思う。
あたしは魔法の力を得て楽しく過ごしている。魔法は素晴らしいと自信を持って言える。
けれど、魔法ができない人を蔑む気持ちは一切ない。
むしろ皆が差別的な目を向け、距離を取ってしまうだろうあの人に、あたしだけが理解して、近づける。
そんな気すらしてきた。
社会の差別と戦うなんてだいそれたことはさすがにできないけれど。
同郷者1人に手を差し伸べるくらいの力は、今のあたしにはある。
──友達くらいには、なれるかな。
気兼ねなく日本語で話して、共感し合えるような友達くらいには、なれるのではないか。
嫌われないよう、笑われないよう存在を薄くしながら過ごしてきたあの頃の自分とは違う。
誰かと対等になれる。
今のあたしなら大丈夫。




