探索士 ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 7
ニコラスとヴァンは驚いたようにこっちを見た。
「げ」
「やべ」
「何やってんのよ! 今すぐやめなさい!」
あたしの剣幕に圧されたのか、ニコラスの魔法はすぐに解除された。
「だ、大丈夫ですか?」
近づいてみると倒れていたのは黒髪の男の人のようで、返事はせず、ひとつ深い息を吐いだけだった。
あたしはニコラス達を睨む。
「ほんと、あんた達、ふざけたことしないでよ!」
「でも」
「だって」
「でもだってじゃない! あ、立てますか」
職員さんは立ち上がろうとしていた。
手伝おうとしたが、やんわりと拒まれた。
「──ごめんなさい!」
あたしはとにかく頭を下げた。
「怪我とかしてないですか? この2人あたしの仲間なんですけど……」
職員さんの様子を確かめようと顔を上げて──あたしは息が止まりそうになった。
目の前にいるのは同じアジア系の人、いや、あたしの感覚的に、この人は日本人顔だ。
相手も驚いた顔でこちらを見つめていた。
しかしすぐに目を伏せ、
「いえ……元はといえばこちらが悪いので」と職員さんは服についた土埃を払いながら答える。
あたしはまだ目を逸らせないでいた。
あたしより少し年上くらいかもしれない。大学生くらいかも。
色白で、二重の目は優しげで、あまり主張はないけど整った顔立ちをしている。
さっきまで地面に押さえつけられていたのに、その表情は落ち着いていて、立ち姿は毅然としていた。
この人は日本人、だと思う。ほぼ確信している。
「……遺跡管理事務所の方、ですよね。そのローブ」
まずはそこから尋ねた。
「そうですが」と頷きながら、職員さんは早くこの場を立ち去りたそうに見えた。
いなくなられては困る。どうしても確認したい。
「あの、日本人、ですか?」
いきなりでおかしいかもしれないけれど、思い切って日本語で尋ねてみた。
職員さんはぴくりと固まった。
今のは、明らかな反応だ。
この世界で、日本語がわかる日本人。つまり。
あたしはごくりと唾を飲み、日本語で続けた。
「もしかしてあなたも、被回収者……なんですか?」
職員さんはあたしを見て、黙っている。
あれ? と思った。
なぜ何も言ってくれないのか。
「おいアヤセ。もういいだろ、行こうぜ」
痺れを切らしたようにニコラスが言う。
あたしははっとした。
「何言ってんのよくないでしょ! ニコラス、ヴァン、この人にちゃんと謝って!」
こちらの世界の言葉に戻して2人を怒鳴りつける。2人とも何とも冷めた顔をしていた。
「知らね。そいつが釣り銭間違えたのが悪いんだぜ」
ニコラスは悪びれもしない。
「しかも“杖無し”のくせに偉そうでよ」
「“杖無し”?」
聞き慣れない単語に一瞬首をひねる。
いや、被回収者向けの研修の中で、歴史の授業か何かで聞いたかもしれない。
「非魔力保持者……だっけ」
確か魔力を一切持たない人のことだ。
まさかと思ってあたしは職員さんを見たが、本当に魔力が一切感じられない。
被回収者なのに? と疑問が湧く。
普通、被回収者は魔法の力が強いと聞いていたはずなのに、この人は。
「って、そんなこと関係なくない?」
あたしはすぐにニコラスを睨む。どんな理由だろうが、あんなふうに無理やり地面に押さえつけるなんて。
「おかしいよ、あんた達のやってること」
「関係なくないだろ“杖無し”だぞ? 変なのはおまえの方だよ。やっぱおまえ、変」
「はあ? ほんっと信じらんない」
この時、ニコラスのことが本気で理解できなかった。いや、ニコラスの態度があからさまなだけで、ヴァンだって弱者を下に見るのは当然だと思っている節がある。
この世界が魔法至上主義なのはわかっている。魔力が無い者に価値はない。
でも、あたしはこの世界で力を持つ側になったけれど、自分が誰かを見下す側には決してなりたくない。
いくら忘れてしまいたい元の世界の自分でも、価値がない人間だったとは思いたくない。
それに、この人は。
あたしは再び職員さんの方を向いた。
日本語を使うのはやめておく。
「本当にごめんなさい。なんとお詫びすればいいか……」
「いえ、もういいんで」
職員さんは随分あっさりとした口調だった。強がりでもなく、心の底からどうでもよさそうだった。
「こちらこそすみませんでした。失礼します」
向きを変えてしまう。
「あっ」
さっきの答えをちゃんと聞いていない。
──日本人か。そして被回収者か。
「待ってください!」
せっかくこの世界で出会えた日本人かもしれないのに。
「あたし、ノダ・アヤセっていいます。あの、さっきの質問の答えは……」
期待を込めて、職員さんを見上げる。
あたしに向けられる静かで、少し疲れの滲んだ薄茶色の瞳が大人っぽくてどきりとした。
もしかしたら見た目よりもう少し歳上なのかもしれない、と思いながら言葉を待つ。
しかし職員さんは黙って頭を下げると、足早に去っていった。
離れていく灰色のローブの背。
──なんで?
あたしはその背中を呆けたように眺めていた。




