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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第四章 探索士ノダ・アヤセの楽しい異世界生活
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探索士 ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 7

 

 ニコラスとヴァンは驚いたようにこっちを見た。

「げ」

「やべ」

「何やってんのよ! 今すぐやめなさい!」

 あたしの剣幕に圧されたのか、ニコラスの魔法はすぐに解除された。

「だ、大丈夫ですか?」

 近づいてみると倒れていたのは黒髪の男の人のようで、返事はせず、ひとつ深い息を吐いだけだった。

 あたしはニコラス達を睨む。

「ほんと、あんた達、ふざけたことしないでよ!」

「でも」

「だって」

「でもだってじゃない! あ、立てますか」

 職員さんは立ち上がろうとしていた。

 手伝おうとしたが、やんわりと拒まれた。


「──ごめんなさい!」

 あたしはとにかく頭を下げた。

「怪我とかしてないですか? この2人あたしの仲間なんですけど……」

 職員さんの様子を確かめようと顔を上げて──あたしは息が止まりそうになった。


 目の前にいるのは同じアジア系の人、いや、あたしの感覚的に、この人は日本人顔だ。

 相手も驚いた顔でこちらを見つめていた。

 しかしすぐに目を伏せ、

「いえ……元はといえばこちらが悪いので」と職員さんは服についた土埃を払いながら答える。

 あたしはまだ目を逸らせないでいた。


 あたしより少し年上くらいかもしれない。大学生くらいかも。

 色白で、二重の目は優しげで、あまり主張はないけど整った顔立ちをしている。

 

 さっきまで地面に押さえつけられていたのに、その表情は落ち着いていて、立ち姿は毅然としていた。


 この人は日本人、だと思う。ほぼ確信している。


「……遺跡管理事務所の方、ですよね。そのローブ」

 まずはそこから尋ねた。

「そうですが」と頷きながら、職員さんは早くこの場を立ち去りたそうに見えた。

 いなくなられては困る。どうしても確認したい。


「あの、日本人、ですか?」

 いきなりでおかしいかもしれないけれど、思い切って日本語で尋ねてみた。

 職員さんはぴくりと固まった。

 今のは、明らかな反応だ。


 この世界で、日本語がわかる日本人。つまり。


 あたしはごくりと唾を飲み、日本語で続けた。

「もしかしてあなたも、被回収者……なんですか?」


 職員さんはあたしを見て、黙っている。

 あれ? と思った。

 なぜ何も言ってくれないのか。


「おいアヤセ。もういいだろ、行こうぜ」

 痺れを切らしたようにニコラスが言う。

 あたしははっとした。

「何言ってんのよくないでしょ! ニコラス、ヴァン、この人にちゃんと謝って!」

 こちらの世界の言葉に戻して2人を怒鳴りつける。2人とも何とも冷めた顔をしていた。

「知らね。そいつが釣り銭間違えたのが悪いんだぜ」

 ニコラスは悪びれもしない。

「しかも“杖無し”のくせに偉そうでよ」

「“杖無し”?」

 聞き慣れない単語に一瞬首をひねる。

 いや、被回収者向けの研修の中で、歴史の授業か何かで聞いたかもしれない。

「非魔力保持者……だっけ」

 確か魔力を一切持たない人のことだ。

 まさかと思ってあたしは職員さんを見たが、本当に魔力が一切感じられない。

 被回収者なのに? と疑問が湧く。

 普通、被回収者は魔法の力が強いと聞いていたはずなのに、この人は。

「って、そんなこと関係なくない?」

 あたしはすぐにニコラスを睨む。どんな理由だろうが、あんなふうに無理やり地面に押さえつけるなんて。

「おかしいよ、あんた達のやってること」

「関係なくないだろ“杖無し”だぞ? 変なのはおまえの方だよ。やっぱおまえ、変」

「はあ? ほんっと信じらんない」

 この時、ニコラスのことが本気で理解できなかった。いや、ニコラスの態度があからさまなだけで、ヴァンだって弱者を下に見るのは当然だと思っている節がある。

 この世界が魔法至上主義なのはわかっている。魔力が無い者に価値はない。

 でも、あたしはこの世界で力を持つ側になったけれど、自分が誰かを見下す側には決してなりたくない。

 いくら忘れてしまいたい元の世界の自分でも、価値がない人間だったとは思いたくない。

 それに、この人は。


 あたしは再び職員さんの方を向いた。

 日本語を使うのはやめておく。

「本当にごめんなさい。なんとお詫びすればいいか……」

「いえ、もういいんで」

 職員さんは随分あっさりとした口調だった。強がりでもなく、心の底からどうでもよさそうだった。

「こちらこそすみませんでした。失礼します」  

 向きを変えてしまう。

「あっ」

 さっきの答えをちゃんと聞いていない。


  ──日本人か。そして被回収者か。


「待ってください!」

 せっかくこの世界で出会えた日本人かもしれないのに。

「あたし、ノダ・アヤセっていいます。あの、さっきの質問の答えは……」

 期待を込めて、職員さんを見上げる。


 あたしに向けられる静かで、少し疲れの滲んだ薄茶色の瞳が大人っぽくてどきりとした。

 もしかしたら見た目よりもう少し歳上なのかもしれない、と思いながら言葉を待つ。


 しかし職員さんは黙って頭を下げると、足早に去っていった。


 離れていく灰色のローブの背。


──なんで?


 あたしはその背中を呆けたように眺めていた。

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