第16話 資料室にて 前編
ティーバは明かりの少ない階段を滑るように降りていく。
なぜ、私もついてきてしまったのだろう。
ソナがその明確な答えを考える余裕も無いほど、ティーバの足は早い。
「資料室」とやや傾いた札のある古い扉の前。
ティーバが開けるより早く、扉ががちゃりと内側から開いた。
「──ノイマン」
ティーバが呟いたとおり、髪を撫でつけファイルを小脇に抱えて扉から出てきたのは、調査係のノイマンだった。
扉の前にいたティーバとソナを見ると、ふっと笑った。資料室からの明かりが逆光となり、その笑みは冷たい影に覆われている。
「なんだ、資料室までぞろぞろと。暇なのか?総務係は」
「どいてくれ、ノイマン」
ティーバはその言葉を無視して部屋の中へ入ろうとするが、ノイマンが手を伸ばし、入り口を塞ぐ。
「……」
「──いや、一応言っておこうと思ってね」
語り口は唐突だった。
「あくまで、事故だ。俺は何もしていない。人を呼びに行こうと思ったところだが、君達が来てくれて都合がいい。後は任せる」
「いいからどけ」
ノイマンの腕を無理やりどかし、ティーバは部屋へと飛び込んで行った。
その様子を鼻で笑うと、逡巡しているソナにノイマンが一歩近づいた。
「不幸だな、君も。あんな人間が指導担当だなんてね。俺なら1日だって耐えられない」
それがカギモトを指しているのはすぐに理解した。
それからノイマンは、いいことを思いついたというような目でソナを見る。
「そうだ。俺は中央の人事部にツテがあるんだが、よければ君を紹介しようか?」
「え?」
ソナはノイマンの薄笑いを見上げた。
「叔父がいてね。グリフィスの首席の君なら、配属だって何とかしてもらえるかもしれないぜ。こんな田舎の事務職員なんて嫌だろ?──まあ、君がこちら側についてくれればの話だが」
「こちら側……?」
ノイマンは薄い唇をさらに吊り上げ、「わかるだろ?」と告げる。
「“杖無し”の排除を望む側、さ。きっと君も、同じだと思うんだけどな」
「……」
ノイマンの確信めいた瞳。
確かに、“杖無し”に対するノイマンの考えは、自分と大差ないのかもしれない。
でも。
何か釈然としない。
優しげなカギモトに裏があるのを疑うのと同様に、甘言で新人を誘おうとするこの男もまた、信用ならない。
ソナは唇を噛んだまま、ノイマンの薄青い瞳から目を逸らした。
「私は希望して……この職場にきました」
ノイマンは今度は声を出して笑った。
「どうだか。望むなら、言ってくれよ。優秀な人間は歓迎する」
だが、と続けたその視線がすっと冷える。
「気は長い方じゃない。それは覚えていてくれ」
再び髪を撫でつけソナの横を擦れ違うノイマン。
その指先が、鱗粉を散らすように怪しく煌めいているのに気がついた。
ごく僅かだが魔法を使った跡──消えかかった魔素の、魔力の残滓だった。
砂を飲み込むような不安感がこみ上げる。
ノイマンは資料室で何らかの魔法を使った。
ソナも資料室に足を踏み入れた。




