探索士 ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 4
肌の表面を微かに撫でられるような感覚。
──気配。
「ニコラス! 上!」
「おっと」とニコラスが避ける前にあたしはその方に手を向け、魔力波を放った。
衝撃音、そして、ぼとりと何かが地面に落ちた。黒っぽくて平べったい……脚がたくさん生えたエイみたいなやつがひっくり返っている。
「わ、きもっ」
無数の脚がもぞもぞしているそれを、ニコラスが剣で串刺しにした。すぐに動かなくなる。
「地下遺跡の魔獣はこんなんばかりだよね……」
あまりその死骸を見ないようにして呟いた。
魔獣は、危険性という意味では怖くないが、見た目的に受け付けないものが多い。
「日が入らないからな、仕方がない」
ヴァンは冷静だ。片手に剣を持ち、灯りの魔法を人魂のように周囲に浮かばせて、進路を確認している。
西部地区のアレス遺跡にいた。
アレス遺跡自体が地下遺跡だけれど、その新通路はさらに深い地底に伸びていた。
上層より暗く、魔素が濃くて息苦しい。一般開放されているものの、初心者向きの遺跡ではない。たまたまなのか、他の探索士もほとんど見かけていない。
まあ、あたしの魔法で空気を一定に保つのは簡単なことだ。
ニコラスは今のエイみたいな魔獣の腹を切り裂いて、魔素の塊──魔晶を取り出していた。
魔晶は貴重な資源で、この国で広く使われている様々な魔導機械の動力となっているらしい。
魔晶は魔獣からしか得られなくて、その収集は、探索士の収入源のひとつでもある。
つまり──ゲーム内で敵を倒してお金がドロップするようなものだとあたしは理解している。
倒しても死体は勝手に消えたりしなくて自分たちで取り出さないといけないけれど。気持ち悪いのでそれはニコラスとヴァンに任せていた。
ニコラスが魔晶を取り出し終えたので、あたしはその死骸を薄目に確認しながら魔法で氷漬けにした。他の魔獣が集まってきたら面倒だからだ。
「相変わらず攻撃が早えな、アヤセ」
ニコラスが剣の刃についた魔獣の体液を布で拭っている。
「なんで不機嫌なの」
「素直にありがとうって言えばいいんだぞ、ニコ」
ヴァンに言われてもニコラスは、「被回収者はほんとずるい」と仏頂面で横を向いた。
放っておこうぜ、とヴァンが肩をすくめてみせる。いつものことなのであたしも気にしない。
「しかし目ぼしいものはあまりないな」
ヴァンは辺りを見回している。
「新通路っていっても本当にただの通路だ。隠し部屋とかありそうなのに」
「そうだね──ん?」
小さな地震。
ではない。
揺れが大きくなってきて。
何かが猛烈な勢いで迫っている──
あたしは振り返りざまに分厚い結界を展開した。
通路を天井まで埋め尽くすほどの巨大な黒い塊。
それが大砲の弾のようにまっすぐと向かってきて、あたしの結界に激突した。
「うわ……」
空気が割れ、鼓膜が痛くなるほどの衝撃音。
薄青い半透明の結界は、半分の厚さにまで削られた。
黒い球体から蜘蛛のような脚がいくつも突き出てきて体を持ち上げ、丸い目玉が5つ開く。すべての赤い瞳がぎょろりとこちらを向いた。
「あれもきもい!」
「面白そうなやつ」
鳥肌が立つあたしを無視して、ニコラスが喜色混じりに剣を構えた。
「見たことないな。気をつけろよ」
言いながら、ヴァンも剣の柄を握る。
「わかってる! アヤセ、結界開けろ」
「うん、あたし近づきたくない。まかせるからね」
黒い魔獣に向かって駆けていくニコラスとヴァン。その進む先の結界に人が通れるほどの穴を開けた。さらに2人それぞれに移動型の結界を張ると、薄赤く光る球体がニコラスとヴァンの体を包み込んだ。
ニコラスは剣に魔力を纏わせ、正面から魔獣に斬り掛かる。
金属をぶつけ合うにも似た高い音が響く。
蜘蛛のような節のある脚が攻撃を弾いていた。反対側からヴァンも同じように斬り込んだが、やはり素早い脚に防がれてしまった。
魔獣は脚を数本振り上げてニコラス達に襲いかかる。
2人ともあたしの結界があるのに律儀にも相手の攻撃を躱している。あたしの結界で守られることに慣れてはいけない、という考えらしい。
「この脚かなり硬えな」
ニコラスは剣に込める魔力を増やし、再度踏み込んでいく。
既に動きのパターンを掴んだようで、今度は蠢く脚を器用に躱し、黒い身体に剣の先を突き立てた。
深く入っていく。魔獣は身体をよじった。その隙にヴァンも攻撃をする。
でも魔獣が大きすぎるからかもしれないが、致命傷にはなっていないみたいだ。
何だか時間がかかりそうだ。
今あたしは周囲の空気を安定させ、ヴァンに代わって明かりも灯し、固定結界と、2つの移動結界をすべて同時に扱っている。別に魔力量的に平気ではあるが、長時間に渡るとさすがに疲れてくる。
「ねー、やっぱりあたしがやっていい?」
あたしの声は2人には届いていないらしく、熱心に魔獣に攻撃を仕掛けている。
溜息が出た。
何より、このじめじめした地下にはもう飽きてしまった。お腹も空いたし、日の当たるところに戻りたい。
──よし。
イメージをする。
魔法を使うにあたっては、魔法理論というものを理解している必要があるらしい。
でも、あたしにはいらない。使い方が感覚でわかる。
あまりグロテスクに飛び散らないようにしたい。
この世界の魔法には呪文とか技名とかはないが、あたしはしっかりめの魔法を使うときには、引き出しやすくてイメージしやすいよう、日本語で考えている。
“凍って”と頭の中で思いながら、魔獣に右手のひらを向けた。
それだけで──魔獣の巨体が白く凍りついていく。
ニコラス達が驚いて一歩退き、こっちを見た。
「おいアヤセ! 手ぇ出すなよ」
「だってもう帰りたいし」
“砕けろ!”
完全に動きの止まった魔獣の身体にびしりとヒビが入り、砕けて崩れた。身体の芯まで凍りついているから、体液が飛び散ることもない。がらがらと、凍りついた体の破片が通路内に広がる。
その中から緑の結晶が転がり出た。かなり大きな魔晶だ。
「アヤセの魔法は本当に規格外だな」
剣を下ろし、ヴァンが苦笑した。
「いや、反則だろマジで」
ニコラスも呆れたように呟いて、魔晶を拾い上げる。
あたしは微笑みながら2人に手を振った。
なぜそんなことができるのかとよく問われるが、あたしからすればなんで皆ができないのかがわからない。
いや。
元々勉強も運動も、「なんでそんなこともできないのか」と笑われることの多かったあたしにとっては、できる人の感覚とはこういうものなのかとこの世界に来て初めて知った。見えるもの、感じるものが全然違う。
理屈じゃなく、できるから、できる。
できない人との間には明確な壁がある。
それはきっと元の世界でもこちらの世界でも共通の冷たい真理で、あたしはそれを知らずに藻掻いていた。
こちら側に来てしまえば本当に、なんて無駄なことをしていたんだろうって思ってしまう。




