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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第四章 探索士ノダ・アヤセの楽しい異世界生活
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探索士ノダ・アヤセの楽しい異世界生活 1

 眠たくなるような静かで、心地のいい音楽。ほっとする柔らかな香りは、何かのハーブかな。

 暖かい海を漂っているみたい。

 緩やかな気分の中、昔の色褪せた映画のように、自分の記憶がうっすらと断続的に流れていく。

 それをただ眺めていた。




 

……




「──ノダさん」


 品の良い女性の声。

 肩に軽く触れられる。

 いつの間にか音楽は消え、香りもなく、頭に流れていた映像も見えなくなっていた。 

 目を開ける。

 柔らかなクリーム色をした天井。

 

「おしまいよ。気分はどうかしら?」


 ゆっくりと体を起こし、うんと縦に伸びをする。


 出来の良い姉に比較され、親からも何も期待されない野田綾世(ノダ アヤセ)

 喋るだけ、動くだけでクラスメイトにくすくすと笑われる野田綾世ノダ アヤセ


 小さく縮こまっている自分の姿は、遠くの国の知らない誰かの物語を軽く見聞きした程度……ちょっとかわいそうだな、くらいにしか今は感じない。

 

──これでまた、記憶がひとつ閉じた。


 カウンセリングを受けるにつれ、重たい枷が少しずつ外れていくような、そんな気分は。

 

「めっちゃ最高です!」


 あたしは横の丸椅子に座る白衣の女性──レン・ファーレン先生に正直に答えた。



 カノダリア国中央地区にある、カノダリア国立大学。その敷地内に併設されたカノダリア国立病院の心理センターにあたしはいた。


「それはよかったわ」

 レン先生はクリップボードに何かを書きつけ、顔に落ちた藍色の短い髪を耳にかける。大ぶりの金のピアスが揺れるのが、お洒落で大人の女性という感じでかっこいい。

 それから卓上のカレンダーを手に取った。

「次回は3ヶ月後ね。仕事もあると思うけど、とりあえず月末に予約しておいていいかしら」

「全然大丈夫です」

 忘れないよう手帳にメモをする。スマホがないのはやはり不便だが、仕方がない。


 手早く身支度を済ませ、壁に立てかけて置いた愛箒──橙色の特注箒を手に取った。


「じゃあ先生、ありがとうございました!」

「お仕事頑張ってね」 

 レン先生はゆったりと微笑んで手を振ってくれた。レン先生の脇には、黒い杖がデスクに立てかけてある。杖といっても魔法の杖じゃない。レン先生は脚が少し不自由らしく、立ったり歩いたりする時の補助の杖だ。

 年齢も不詳でミステリアスな人だけど、レン先生のことは優しくて好き。


 あたしはもう一度先生に頭を下げて、診察室を出る。


 カウンセリングは夕方の予約だったから、センターの外に出ると、もう空は薄暗い。

 お腹が空いた。

 ニコラスとヴァンに、伝心蝶で「終わったよ」と連絡を送ると、すぐにニコラスから返事が来た。近くのお店に入ってもう料理の注文もしてくれているようだ。


 ニコラスは普段あたしのことを「変なやつ」呼ばわりするくせに、意外と気が利いて優しいところがあるのだ。


 すぐに店に向けて箒を飛ばした。

 

 暗くなってからの飛行は気持ちがいい。乾いて少し涼しいくらいの空気もちょうど良かった。

 空には星が瞬いているし、地上では行き交う魔導車のライトや、遺跡を覆うドーム型の結晶が光を放って幻想的だ。


 空を飛ぶなんて、もちろん初めてのときは恐ろしかった。


 しかし、魔法の力に目覚めたあたしには「できる」という感覚的な確信があったし、できてみれば怖さなんてなくなっていた。

 飛べない人が心底かわいそうに思えるくらいに素敵だ。


 箒のナビゲーターを確認し、店の近くに着陸した。

 カノダリア国立大学近辺は人が多いから飲食店が多い。学生向けに手頃な店も多いし、お洒落でおいしいところも探せばある。

 その中でニコラスとヴァンが選んだのは、南部地方の料理を主とするレストランのようだった。

 黒っぽい木造の店構え、入口の前には手書きのメニューの看板。シックでいい感じである。ニコラスはなかなかにセンスがいい。いや、店を選んだのはヴァンかもしれない。

 どちらでもいい。

 どちらもあたしという人間に気を配ってくれている。

 それは元の世界の自分にとっては考えられないことだった

 

 カウンセリングの後ということも相まって、あたしは上機嫌で店に入った。

  

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