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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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闖入者(調査係 テーテ・ペルセウスの箒編 最終話)

「カギモトさん。この入力、合ってますよね。そのはずなのにエラーになるんですが」

「どれどれ」

 カギモトが隣からソナの端末を覗いた。

「あー、これ日付がね」とカギモトはすぐに誤りを見抜き、正しい入力方法を説明する。

「あ、いけました。ありがとうございます」

「どういたしまして。覚えといてね」

 カギモトはにっこりと笑った。

 ソナは頷き、すぐにメモを取る。


 いつもの仕事の会話だ。

 先日の、資料室でのやり取りを経ても、カギモトとの間に何の変化もない。

 

 出張帰りに嘔吐した姿。

 “軽蔑しないでほしい”と震える声で訴えた姿。

 誰にも明かしてはいない。

 組織としては彼の異変を共有することが正しいのかもしれないが、なかったことのように振る舞うカギモトを見れば、自分もそうするべきなのだとソナは感じてしまう。


 あの時。

 心の内をほんの少し見せてくれた時、嬉しく感じたのは本当だ。尊敬する人に自分を信頼してもらえたような、誇らしい気持ちだった。

 しかしそれ以上に、崩れそうなほど弱々しいカギモトの姿に恐怖を覚えたのも事実だ。

 引きつった笑いを浮かべて言葉を取り繕おうとするカギモトに、さらに近づくことはできなかった。


 ソナは、書類を眺めるカギモトの横顔をそっと伺う。


 カギモトは、踏み込まれることを異常なまでに拒み、他人との間に明確な一線を引こうとしているようにみえる。

 それは彼が“杖無し”だからなのか、“海向こうの世界”から来た被回収者だからなのか。

 まるでこの世界に馴染むことを許さないかのようだとソナは考えてしまう。


 “どうでもいい”と自分を周囲から冷たく切り離そうとする態度には思わず意見したが、仕事上問題なければ何でもいいと言われてしまった。


 ──仕事。


 仕事でなら、カギモトは穏やかな笑みを見せ、和やかに言葉を交わしてくれるのはわかっていたから。

 相手の負担になるようなことはしたくないと思えば、優しくもカギモトと一定の距離を保つ他の総務係の態度も理解できた。


 ……私もまた逃げたのだ。


 最近も薬を飲んだりしているのか。今のカギモトの顔色からはよくわからない。

 視線を感じたらしく、カギモトが不意にソナを見た。

「──何? あ、やっぱ寝癖気になる?」

「寝癖?」

 言われて初めて、カギモトの後ろ髪が変に跳ねていることにソナは気がついた。

「朝直す時間なくてさ。最近寝坊しちゃうから」と照れたように後頭部をなでつけている。

「いえ、全然気がつきませんでした」

「なんだ。それはそれで気にされてないみたいで寂しいかも」

 カギモトは笑いながら平然と言ってのけた。


 本心なのか、本心ではないのか、少しの本心が混ざっているのか。

 息を吐くようにこの人はそういうことを口にできる。

 単に相手を弄するための軽口ではないことはわかっているが、どんな反応をするのが正解かわからない。

 

 黙り込んだソナに、「なんかごめん」とカギモトが少し申し訳なさそうな顔をした。

 

 ぎくしゃくした関係にはなりたくない。同じような軽口で返し、当たり障りのない距離を保てばいいのか。

 

 でも。

 夜の向こうに沈んでいきそうなカギモトの後ろ姿を思い出す。


 ──やっぱり私は。

 

 正面入口から入ってくる客の姿が見えた。

 窓口当番のソナは素早く受付に向かう。


 若い女性……少女といってもいいのかもしれない。

 黒く長い髪。遺跡管理事務所にはそぐわない可愛らしいワンピースを身に着け、小ぶりな紙袋を手にきょろきょろとしている。

 何かを探している。

「どうされましたか」

 受付を離れてソナは少女に近づいた。

 少女はソナを見てあんぐりと口を開けた。

 その表情の意味はわからない。

 少女は、“東洋系”の顔立ちをしている。少なくとも自分よりは年下だろうとソナは推測した。

「×××××××」

 少女の呟きに、「え?」とソナは首を傾げる。

 聞こえなかったのではなく、まるで知らない言語のようだった。

「あっ、すみません。えと、お人形さんみたいに綺麗でびっくりしちゃって」

 少女は慌てた様子で謝った。

 言葉に妙な訛りがある。

「……はあ」

「あの、あたし、人……職員さんを探してまして」

「職員? 誰でしょうか」

「名前はわからないんですけど、若い男の人で、あたしと同じ黒髪で、優しそうで、しゅっとしてて、その……」

 かっこいい人です、と頬を赤らめて微笑んだ。

 ソナは少女を見つめる。

「カギモトさん……でしょうか」

 少女はぱっと黒い瞳を輝かせた。

「カギモトさんっていうんですか? あの人。×××××××××」

「え……」

 後半は独り言のようだが、やはりソナにはよく理解できない。

「──あ、で、どこですか? カギモトさんって、お休みですか?」 

「いえ……あちらに」

「ありがとうございます!」

 弾けるような笑顔で礼を言うと少女は受付の方に駆けていき、「カギモトさん!」と大きな声で呼んだ。


 警戒心にも似たざわつきを感じながら、ソナも受付の方に戻った。

 窓口に出てきて少女と対面するカギモトの横に、とりあえす並んで立つ。


「覚えてませんか? あたし、アヤセです。 ノダ・アヤセ!」

 やや前のめり気味の少女を前にして、カギモトはいつもの窓口職員らしい笑顔だ。

「……覚えてますけど、えっと、どうしたんですかね。探索士関係の受付ですか?」

 どうやら探索士らしいノダ・アヤセと名乗った少女は、紙袋をカギモトに差し出して勢いよく頭を下げる。

「お詫びに来たんです。先日はご迷惑おかけして本当にすみませんでした。あのこれ、どうぞ。それと」

 顔を上げ、少女はカギモトとしっかり目を合わせた。

「この間も聞きましたけど、カギモトさんもニホン人ですよね? 名前的にも、そうなんですよね?」

「……」

 カギモトは笑みを保ったまま黙る。


 カギモトと同じ“東洋系”の顔立ち。

 先ほど少女がこぼした聞き慣れない言語。

 “ニホン”──恐らく国の名前。この世界にはない、つまり“海向こうの世界”の……


 はっとしてソナはアヤセという少女の魔力量を測ろうとした。

 しかし、見ることができない。


 ……あの時と同じだ。

 魔法取締局職員のマツバ・トオルの魔力を確認とした時。

 魔力感知を弾くほどの格上の相手だ。

 あの男も“海向こうの世界”からの被回収者だとカギモトは言っていた。


 この少女も被回収者。それも、カギモトと同郷の──


 アヤセがカギモトを見上げる瞳は、きらきらと期待に満ちて見えた。 


「あたし、せっかく会えたので、同じニホン人同士仲良くしたいなって思ってるんです。なので、良かったら、あたしとお友達になってください!」


 フロアに響き渡るほどの元気の良い声に、他の職員の視線も窓口に向けられ──カギモトの表情が凍りついたのを、ソナは見た。

 



──────


調査係 テーテ・ペルセウスの箒編 完

見切り発車で始めた箒編ですが、こんなに長くなるとは…

矛盾等あると思うので、後ほど本章の最初の方のエピソードは修整が入る予定です。


次章まで少し間が空きます。

次章はアヤセ編の予定。

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