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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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エンデ・エリュトフィラの無駄話

 

 その日の終業時間後、それなりに遅い時間。

 総務係は既に自分以外はいない。


 いつものように残業していてたまたま──本当に偶然、溜まったゴミを廊下のゴミ箱に捨てていると、リュックを背負ったテーテに出くわした。

 テーテにしては遅い退勤である。新しい箒のことで何かしらの処理があったのかもしれない。


 黙っていればテーテはこちらに気がつくことなく、職員通用口を出ていくだろう。


「……テーテ」

 その小さな背に静かに呼びかけると、テーテは肩を震わせて振り返った。

「俺、カギモトだけど」

 テーテはやはりいつもの強張った態度だ。

「あの……ごめん」

 距離を取り、手にゴミを持ったまま、テーテに頭を下げた。

「フラフニルさんから聞いた。俺と話すのがきついのわかってて申し訳ないけど、ちゃんと謝っておきたくて」

「……」

「俺、確かにアドネさんが言ったとおり、独りよがりだった。テーテのこと考えてなくて、聞こえてるんだから伝えさえすればいいって。仕事だから、それで済むって思ってた」

 テーテはリュックの肩紐を握り締めながら俯いている。

「今だって一方的になっちゃうけど、とにかく、悪かったと思ってる。これから、テーテと関わるのは、必要最小限にするから」 

 肩を僅かに上下させて、テーテは呼吸していた。これ以上話しかけるべきではない。

 「それじゃあ。引き留めてごめん」

 しばらく固まっていたテーテだが、ぎこちなく首の向きを変え、静かに職員通用口を出ていく。 

 言うべきことは言った。それでテーテとの距離が縮まるなんて期待などしていない。

 これも結局自己満足でしかない。自分は誠意を尽くしたのだと思いたいだけだ。

 テーテがいなくなくのを見送って、溜息混じりに振り返る──

「カギモトさん」

「うわっ!?」

 エンデが立っていた。

「うわって、ひどいなあ」

 エンデは頬をふくらませたが、すぐに屈託なく笑う。

「夜勤で暇なんで来ちゃいました。僕、夜勤1人デビューなんです、今日」

「ああ、夜勤……」

 エンデの横を通り、執務室への扉を開けて自分の席へ。

「カギモトさんまだ仕事してるんですか? 随分遅いですよ」

 エンデは当然のようについてきて俺の隣……ソナの席に座った。

「色々溜まってるから、仕事。邪魔しないでほしい」

「しませんよぉ」と言いながら、エンデはソナの机の几帳面に置かれた文具なんかを手に取って見たりしている。

 ぞんざいな触り方だ。それがやけに気に障る。

「おい、人のもの勝手に触らない方がいいって」

「別にいいじゃないですか、いないんだし。あ、これなんの写真ですか?」

 ソナの机には、彼女の歓迎会の時の総務係の集合写真が写真立てに入れられ、端末の横に置かれている。

「あはっ、カギモトさんいい笑顔」

 エンデは写真を眺めて軽く笑う。

「こんな写真撮るんですね。ほんと、総務係さんって仲良し。うちと違って、羨ましいなあ」

「……」

 手元の書類から目を離さず聞こえないふりをしているが、エンデはまるで気にしていないようだ。写真を元に戻し、「カギモトさんの机には飾ってないんですね」とこっちを覗き込んできた。

「俺の勝手だろ。なあ、仕事してるんだよ今。話しかけないでほしい」

 かなり冷たく告げたつもりだった。

 しかしエンデは顔色ひとつ変えず、それどころか、猫のようにすっと目を細めて「仕事ですか」と微笑んだ。

「──そんな誰でもできるようなくだらない雑務」

「は?」

「カギモトさんがやるようなことじゃありません」

 エンデの顔を見つめた。

「……必要なことだよ。くだらなくなんてない」

 それを聞いたエンデがくすりと笑いを漏らす。腹が立つ。

「俺、おかしなことを言ったつもりはないけど」

「すみません、でも僕が言いたいのはそういうことじゃなくて……」

 まあいいか、とエンデはゆったりとした様子で椅子の背にもたれた。

「でも、テーテさんの箒の件とか、その極みじゃないですか。私物を職場で修理しろなんて、図々しくないですか。そんなことに時間と労力を費やすのはくだらない、無駄ですよ」

「よその係の事案までよく知ってるな。でも終わった話だから」

「ええ、すぐに解決してよかったですよね。火事が起きてくれたおかげですね」

 書類をめくる手が止まった。

「何だって?」

「そんな怖い顔しないでくださいよ」とエンデは口端を吊り上げる。

「でも、ほんの一欠片くらい考えませんでした? 面倒ごとが無くなってほっとした、って」

「エンデ。言っていいことと悪いことがあると思う」

「でもですね」とエンデはにこにことして続ける。

「警察は放火の可能性を疑っているようですよね。偶然にしては出来すぎというか、都合良すぎじゃありません? カギモトさんの意を汲んで、誰かが燃やしてくれたのかもしれませんね」

「なんで俺の意なんだよ」

 無駄話にまともに付き合う必要はないと思っていたが、さすがに今のは聞き捨てならない。

 アドネさんも似たようなことを言っていたが、エンデは、まるで俺のせいだと言わんばかりだ。

「誰かが燃やしたって誰だよ。そこまで言うならおまえなんじゃないのかよ」

 エンデは笑っていた。 

 否定もせずただ笑う姿は薄気味悪い。

「……ほんと何しに来たのおまえ、仕事しろよ。上に戻れ」

 エンデは口元に微笑をたたえたまま立ち上がる。

「ほんと、カギモトさんらしい叱り方ですよね。あなたみたいな立場の方は、感情を抑えて振る舞うのがスマートだって思ってます? 正直、見ててもどかしいですし」

 心底もったいないですよ、とエンデは言った。

 

 俺を見下ろす赤い瞳。

 纏う雰囲気が変わり、急に呑まれそうになる。


 エンデはローブのポケットから何かを出してソナの机に置く。

 部屋の照明を受けて硬質的な光を放つ、白いカードだ。

 見覚えがある。背筋が粟立つ。

「……それ」

「お誘いですよ。来週末に開催される『アーテヌ』の集会の」

 飲み込もうとした唾が変なところに入ってむせた。

「大丈夫ですか?」

「な、え」

 “カギモトさんは『アーテヌ』に収まるような人じゃない”というエンデの言葉を思い出す。

「おまえ、俺が入るとは思ってない的なこと……」

「言いましたけど。でも、知ってもらいたいなとは思ってまして」

「行くわけない。興味もない」

 即答するとエンデは首を傾げた。

「何でですか? この職場よりカギモトさんの精神衛生的によっぽどいいところだと思うんですけどね」

 端末の電源を落とし、書類を雑にファイルに綴じ込む。これ以上エンデと話したくない。

「ああ、もしかして利用されたくない、とか思ってるんですね?そんな考え方じゃあいけませんよ。むしろ利用してやる、くらい思ってないと」

 諭すような口調だ。新人のはずのエンデになぜこちらが諭されているのか。

 考える余裕もなく、机の引き出しに鍵をかけ、私物を鞄にしまう。

「あ、それじゃ、こういうのはどうです?」

 エンデがぽんと手を叩いた。

「僕たち……『アーテヌ』は、大きい声じゃ言えませんけど、実は“海向こうの世界”にもパイプがあるんです。魔法取締局とは別で、独自のものが」

「……何?」

 “海向こうの世界”という言葉に反射してしまう。

「あ、カギモトさんがあっちから来た人ってことはもちろん知ってます。あっちではすごく恵まれた環境にいたってことも。だからこっちでは大変だし、寂しいし、辛いですよね」

「……」

「もしカギモトさんが望むのなら、そんなに目立つものは無理ですけど……そうですね」

 エンデは再びソナの机の写真立てを手に取った。

「例えば向こうの世界の思い出の品を1つとか、写真を1枚とか、それくらいならこちらに持ってくることも可能ですよ」

 そんなことできるはずがない。

 この世界に、元の世界の自分に関わるものは持ち込むことができないと決められている。

 だから。

 俺はマツバ・トオルに元の世界の話を聞くことしかできない。補填することができないまま、向こうの世界の記憶は掠れ、歪んでいく一方でしかなくて。

「嘘だ」

「嘘じゃありません。もちろん重罪ですけどね。カギモトさんのためなら、そんな危険を冒すことくらい辞さないですよ」

 エンデの瞳に揺らぎはない。

「なんで……」

「言いましたよね。カギモトさんは特別な方ですから。もちろん無理に仲間に引き込むつもりはありません。僕たちの考え方をきちんと知ったうえで、僕たちとの付き合い方を考えてほしいなって思ってるんです」

 エンデは写真立てを戻した。

「だからまあ、取引ってことです。一度集会に来て話を聞いてくれれば、ご所望の物を用意しましょう。悪くない話だと思いますよ。よろしくご検討ください」

 お邪魔しました、と笑みを残しエンデは去っていく。

 離れていく足音。扉が開く音がして──閉まった。


 ソナの机には白いカードが残されたまま。

 触れたいものではないが、彼女のところに置きっぱなしにするわけにはいかない。

 どこか麻痺したようにぼんやりとした頭でそのカードを手に取る。

 裏返すと、北部で一度フー・ミンチェンに渡されたのと同じ、本をモチーフにしたような青色の図柄。端に付箋が貼られていた。

 付箋には来週末の日付と時間、そして場所……“国立図書館”と書かれている。


 エンデが、『アーテヌ』がこんなにもいきなり、直接的に距離を詰めてくるとは思わなかった。


──“海向こうの世界”のもの。


 俺を釣る格好の餌だと、エンデがわかっていることが気持ち悪い。

 俺の置かれた状況を見れば容易に想像できることなのだろう。恐らく俺が元の世界に帰りたいと思っていることも、把握しているのかもしれない。

 それは癪だが……

 向こうの物が手に入るのなら、何をするのも安いような気もしてくる。

 うまく立ち回れば『アーテヌ』と関わって俺は得することはあっても、特別損することはないのかもしれない。利用されるのではなく利用しろというのもそのとおりだ。

 カードを見つめる。

 本当にそうだろうか?

 少なくとも犯罪に加担するようなものだ。

 そうとわかっていても抗いがたいものがある。

 ここ最近下がりっぱなしだった自分の日々に、薄い光が差し込んでくるような気すらして──


 いや、少し落ち着いて考えた方がいい。そうすべきだ。

 

 カードをズボンの後ろポケットにしまい、エンデに乱されたソナの机の上を適当に直した。

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