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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
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第15話 入力業務

改行等一部修正しました。

 午後からは、探索士関連の受付書類の処理についての説明だった。

 カギモトが実際の書類を狭い机にずらりと広げて見せる。


「これが資格申請書で、これが資格更新届、廃止届、再発行届、補助金申請書、融資申請書……」


 書類の種類の多さにソナは正直に驚いた。


 これらの書類を、あの一般的に粗野といわれる探索士達がきちんと作成し期日までに提出などできるのか。


 そんな疑問が顔に出ていたのだろう。


「これらをね、ちゃんと出してもらうのが大変なんだ」

 カギモトは困り顔で言う。

「前よりはマシになったけどね。探索士の人ってなかなか連絡がつかないことが多いし、いつの間にか失踪することも多いし……、とにかく期限までに書類を出してもらうよう何度も催促するのが俺達の仕事の一つとも言えるかな」

「はあ……」

「後は出してもらった書類に不備がないかチェックして、端末のデータベースに登録する。まあ……受付業務は基本的にこの繰り返しだね」

「もっと……簡素でもいいと思いますけどね」


 ソナは思わず言った。


 これぞまさしくお役所仕事である。

 複雑なルールを作り、必要書類を増やし、無駄な事務処理を生み出しているとしか思えない。


「そうだよね」とカギモトは肯定し、その後で少し考えるように目を伏せた。

「でも、探索士っていうのは、国の脅威になりうる力を持った人がいたりするからね。あれこれ細かな規定を作って縛り付けて、国がしっかり手綱を握っていたいのかなとか、思ったりしてる。あくまで個人的な考えだけどね」

 

 意外だった。  


 そういう決まりだから。

 法律がそうだから。

 そんな公務員らしい返答があるのかと思っていたが、そうではなかった。


「ま、煩雑なのは確かだから。フラフニルさんが昇進して、色々ばっさりと変えてくれるといいな」

「いえ、私は……」

「冗談冗談」

 カギモトは笑った。

「さて、次は実際に書類の内容を端末に入力してみようか」


 最初に感じたカギモトへの違和感が、膨らんでくる。

 ソナの持つ“杖無し”に対する像とカギモトという人間が全く結びついていない。

 無理をして、仕事をできる風に装っているようにも見えなかった。


 これじゃあ、ただの。

 

 カギモトの流暢な端末操作の説明が、ソナの耳を通り抜けていく。


 ただの、良い先輩でしかない。


……………



 カギモトに教わった入力作業をするソナの横で、カギモトが「よいしょ」と重そうな文書箱を両手で抱え上げた。


「あ、ちょっとこれ古い資料なんだけど、資料室に置いてくるね。そのまま続けててくれる?」

「……はい」


 箱を持ったカギモトはふらふらと階段室へと向かっていった。

 

 「資料室」とは、昨日訪れた所長室と同じく地下の廊下にあった部屋のことだろう。

 大して関心はなく、ソナは入力を続ける。


 単調である。


 これを入力するのが自分である必要性を全く感じない。

 それでも総務係の職員は、淡々と作業をしている。

 ソナは小さく溜息をつき、漏れそうになる欠伸を噛み殺しながらキーボードを打っていた。


「……」


 しばらくして、入力に躓き手を止めた。マニュアルを見てもはっきりわからない。誰かに聞かなければ、少し自信がない。


 ふとソナは壁の時計を見た。


 カギモトが席を立ってから数十分は経過していた。ただ箱を置きに行っただけのようだったが、そんなに時間がかかるものだろうか。

 さぼるようなタイプにも見えないが。


「調子はどうだい?」


 そう言ってソナの入力作業を覗き込んできたのは、係長のゴシュだった。暑がりらしいゴシュの額からは汗が止まらないようで、使い古したようなハンカチで顔を拭いている。


「受付書類の入力をやってます」


 ソナは立ち上がって端末の入力画面をゴシュに見せた。

 

「あ、これは、空欄のままで大丈夫だよ」


 ソナが引っ掛かっていたところを瞬時に見抜いたゴシュが告げる。


「この探索士データベースに入れる情報は大事だからね。単純作業も多いけど、集中して取り組んでもらえるといいかな」


 ゴシュは早口で言った。


「……はい」


 退屈だと思った心が読まれたようで少し居心地が悪く、ソナは目線を下げて頷いた。


「──ところでカギモトくんは? さっきからいなくない?」


 辺りをきょろきょろと見回してゴシュが聞く。

 ゴシュが気にするほどということだ。

 ソナはもう一度壁の時計に目を向けて、

「荷物を資料室に置いてくると言ってました」

 と伝えた。

 

「ふぅん……?」


 ゴシュが少し難しい顔で首を捻るのと同時に、来客対応を終えたティーバが猛然と席へと戻ってきてソナはびっくりした。


「……ちょっと遅いなと、僕も思ってました」


 ぼそぼそとそんなことを言うティーバを、ソナは不審そうに見やる。

 この男は窓口当番をやりながら、カギモトの動きを気にしていたということだろうか。


「悪いけど……見てきてくれるかい。窓口は僕が見てるから」

「はい」


 ゴシュの指示に素早く頷き、ティーバは  「資料室だね?」とソナに確認する。


「あ、はい……」


 ソナの返事を聞くや否やティーバはローブの裾を翻し、見た目からの想像を上回る俊敏さで階段室へと向かっていく。


「え、あ……」


 つられてソナの足も動きかける。

 なぜかは、よくわからなかった。 


「君も行ってらっしゃい」とゴシュが言った。


 その声に押されただけだ。


 そう思いながら、ソナはティーバの後を追った。

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