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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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ちゃんと謝る


 こちらも踵を返して階段室に戻ろうとすると、扉の前でナナキが書類を手に立っていた。

「あ、カギモトさん」

 遠慮がちにナナキが微笑む。その表情の意味を考えようとしてしまう。

「……俺がちゃんとやれるか見に来たとか?」

「えっ?」

 ナナキは目を丸くした。

「ちがいますよ。ルドン係長に用事があって」

 随分と卑屈なことを言ってしまった。

「あ、そう。ごめん、何でもない」

 テーテにとりあえず説明はしたから、と笑顔で告げ、ナナキの横を通り過ぎて階段室へと入った。


 階段を降りていく。

 気分はもちろん悪くなっていた。しかし薬には頼りたくない。 


──ソナはそろそろ帰って来るだろうか。


 さっさと謝って、肩の荷を早く手放したいものだ。


§


 執務室に戻ると、そのソナがいた。

 俺が3階にいる間に、ストリンドベル氏のいる病院から帰ってきたらしい。

 ティーバと並び、上着を片手にゴシュ係長に報告をしている様子だ。

 その後ろをそろそろと通って自分の席に戻る。座って、端末の画面をつけ、途中で放っていた机上の書類を整理する。


 「あの時は怒鳴ってごめん」と謝るだけだ。「君は何も悪くない」と。

 あれは本当に俺が悪いのだから、謝ることは何も難しいことではない。

 社会人なのだ。謝罪は慣れている。


 何度か頭のなかでそう言い聞かせているうちに、ソナが席に戻ってきた。

 目が合うとソナは浅く頭を下げ、上着を足元の棚にしまうと静かに椅子に座った。


「お疲れだね」

 普段どおりに話しかける。

「大丈夫だった? ストリンドベルさん」

 一瞬こちらを見て固まったソナだが、はい、と小さく頷いた。

「……火傷は大したことなくて、念のため一日入院してましたが、今日退院するそうです」

 それはよかった、と相槌を打つ。

「君のお母さんも」

 やや食い気味に続けてしまった。

「えっと、大丈夫だったのかな」

「はい。家の中で転んで頭を打ってしまったようで。でも、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「あ……いや、それはよかったね。というか何というか」

 何だろう。

 ソナは丁寧だが、言葉の端々が冷たく感じられる。

 有り体にいうならよそよそしい態度。

 少し理不尽だ、と思ってしまった。

 彼女だって初めの頃は、俺に対してかなりきつく当たっていた。それでも俺は辛抱強く──

 いや……今それを持ち出すのは間違っているだろう。そういうことではない。何を回りくどいことをしているのか。

 さっさと謝ればいいのだと考えていたばかりではないか。引き延ばすほどに変なわだかまりができてしまう。

「あのさフラフニルさ──」

 向けられる薄灰色の瞳が冷たくて言葉を呑み込んだ。

「何でしょうか」

「え。えっと……」

「カギモトくん」

 係長に呼ばれて「あ、はい」と反射的に立ち上がる。

 ちょっと、と手招きするのを見て、ソナには何も言わずに係長の席へと向かった。


 以前、彼女に対してもっとスマートに謝罪ができた。当然できるはずだ。そのはずなのに、どうして今回はすんなりと言葉が出てこないのか。


「──テーテさんには?」

 目の前の係長に問われ、はっとする。

「あ、説明はしましたよ」

「どうだった?」

「どう……」

 テーテの様子を思い浮かべる。

「特に反応はいつもどおりというか。でもアドネさんも聞いてましたし、伝わってはいると思いますよ。また何かあれば報告するということで終わりました」

 そう、と係長は頷いた。汚い机を前にして腕を組み、良いとも悪いともつかない顔をしていた。

「嫌な役引き受けてもらって悪かったね」

「いえ……」

「ソナさんとは?」と今度は係長は声をひそめた。

「えっと、はい、これから謝罪しようかと」

「僕も入ろうか?」

「いえ、大丈夫です。自分がやったことなので」

 ありがとうございます、と礼を告げる。 

 係長はどこか案ずるような、微かな笑みを浮かべた。

「……君なら大丈夫だと思ってるけど、何かあったら遠慮せず言ってね」 

 頭を下げ、係長の前から辞す。


 戻ると席にソナはいなかった。

「あれ、フラフニルさんは?」

 辺りを見回し、端末画面を見つめていたティーバに尋ねる。

「地下の資料室」

 ティーバは眼鏡の位置を直して短く答えた。

「今回の件のことで、調べ物に行ってくれてる」

 続けて箒がどうこうとティーバが話していたが、聞き流していた。

 謝る絶好のチャンスだろう。何だかんだ執務室だと周りの目も気になってしまうので、資料室はちょうどよい。

「俺も行ってくる」とティーバの話を遮っていた。

「……カイリ」

「ん?」

 ティーバは呼び止めておきながら少し躊躇うように口を閉じた。

「え、何」

「今日、移動中に彼女と少し話した。あまり僕が言うのはよくないかもしれないけど、カイリは、あの子に謝った方がいい。ちゃんと」

「……わかってる。そのつもりだよ」

 苦笑いで答えた。

 行き違いになると困るので、足早に地下へと向かう。

 

 薄暗い廊下。資料室の扉は少し空いているようで、光がうっすらと廊下に漏れていた。

 驚かせるといけないので、軽く扉をノックしてみる。

「はい」と小さい声が中から返ってきた。 

 息を吸う。

「あの、俺だけど」

 資料室に入ると、ソナは床に置かれた文書箱の中を漁っているところだった。

 こちらを見て、ソナは顔を強張らせる。

 その反応に自分も少しだけ怯むが、ただ必要な謝罪を尽くすだけなのだから、何も気負うことはない。

「仕事中にごめん。でも俺、この間のこと、フラフニルさんに謝りたくて」

「……」

 ソナは立ち上がった。


「あの時は、君のこと怒鳴りつけて、本当にごめん」 


 俺は誠心誠意、心を込めて、深く頭を下げた。

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