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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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テーテ・ペルセウスへの説明


 席で適当に食事を済ませ、午後の業務が始まると、トレックから係長宛てに状況報告の電話があった。


 トレックの話を聞いた係長の説明によれば──

 独身のストリンドベル氏の工房は、近所の職人仲間が片付けていいるらしく、燃え残ったものは一旦彼らに回収されていたらしい。

 その中にテーテの箒があり、本体の一部だけを残して燃えてしまったそうで、他の職人の見立てでも、元通りの修復は無理だとのことだ。


「テーテさんにも一報入れておいてほしいって、トレックくんが」

 汗を抑えながら係長が誰にともなく言った。

「トレックくんは消防に話を聞いたりして、まだ帰ってこないらしいから。とりあえず、悪いことは早めに伝えないとね」

 僕が行ってくるよ、と係長は重たげな体を動かす。

「俺が行きます」

 軽く手を挙げ先に立ち上がった。

「え? それは……助かるけど」

 係長はこちらの様子を伺うようにしながら、すぐに許可は出さない。

「じゃあ僕と一緒に」

「あ、ひとりで平気です、全然。今の話を伝えるだけですよね」

「うん、でも」

「いえ、ほんと大丈夫です」

 

 反応を待たずに執務室を出た。

 仄暗い階段を上っていく。

 

 悪い知らせでも誰かが伝えなければならない。

 もちろんテーテと話したいわけではない。そもそも俺とは会話にならない可能性が高い。

 それでも、修理の見積もりに出そうと提案したのは俺だ。多少なりとも責任を感じている。

 だからやれる範囲でできることはしたい。それが自分なりの努力で、誠意だ。

 特におかしなことではない。

 

 調査係のある3階フロア。

 今日はテーテとルドン係長だけだった。

 テーテは書棚の整理している。備品の箒ではやはり合わないのか、箒が無い間は内勤として雑務をやっているようだ。

 ルドン係長は頬杖をつきながら面白くもなさそうな顔で誰かと電話していた。すぐには終わりそうにない様子である。


 テーテに横から近づいてみた。

「あの、テーテ」

 こちらの声に、サングラスをかけたテーテはびくりと身を震わせ、ファイルを抱えたまま辺りを見回す。

「こっち。総務係のカギモトだけど箒の件で話があって。あ、座る?」

 テーテは唇をきゅっと結び、いつものように不安そうだ。質問に答えようともしない。まあ予想通りではあるので、とりあえず立ったまま話すことにする。

「申し訳ないんだけど、テーテの箒、修復することができなくなった」

 そう伝えても、テーテは口を閉ざしたまま固まっていた。

「……聞いてるかな。ストリンドベルさんの工房が昨日火事に遭って」 

「……」

 とにかく一通りの説明をした。

「──というわけで、修復は不可能だと。ひとまずそれを伝えに来たんだけど」

 話し終えたが、テーテは顔を険しくするばかりだ。ファイルを握る指に力が入って見えた。

「えっと……わかった?」

 テーテは一貫して無言である。

 俺は自ら望んでこの状況を作ったようなものだ。テーテの態度に苛立つのは間違いだろう。

 けれども、これは仕事なのだ。

「俺のこと嫌いでも何でもいいけど、こっちもちゃんと伝わってるかわからないからさ、できれば返事くらいはしてほしいんだけどな」

 かなり優しく言ったつもりが、テーテは身を強張らせた。

 今のは良くなかった。

 すぐにそう思って「ごめん」と謝るが、嫌な沈黙が流れる。

「ええと……また箒のことで何かわかったら連絡するよ。じゃあ」

「じゃあ、じゃねえだろ」

 振り返るとアドネさんが不機嫌そうに立っていた。

 深緑色のローブは汚れていて、外から帰ってきたばかりという出で立ちである。この距離まで近づかれていたことに全く気が付かなかった。さすがは調査係というべきか。

 アドネさんはテーテの横に立つと、肉食獣のような鋭い瞳でこちらを見据えた。

「おまえ、一方的に喋って満足してんじゃねえよ」

 その物言いに、アドネさん相手でもさすがにむっとした。

 こっちはずっと双方向のコミュニケーションを心掛けている。

 が、言い返す前にさらに言葉を重ねられる。

「途中から聞いてたがな、随分とお粗末じゃねえか。何だよ火事って」

「……不可抗力ですよ。避けようもありません」

 ふっ、とアドネさんは鼻を鳴らした。

「大事なもん預かっといて無責任だな。……案外、おまえらなんじゃねえの?」

「何がですか?」

「火事」

 頬のタトゥーが歪ませ、アドネさんは不敵な笑みを見せる。

「修理の手続きが面倒になって工房ごと燃やしたんじゃねえの、総務係が」

「ははは」

 思ったよりも大きな声で笑っていた。アドネさんの横でテーテがびくりとする。

「突拍子もない。アドネさんってそんなこと考えたりするんですね。想像力が豊かというか」

「カギモトおまえ──」

 アドネさんの方も笑みを一切崩すことなく、余裕たっぷりに告げる。

「テーテとは会話にならないのわかりきってるくせに、ひとりで来たんだろ」

「……」

「総務係にいて優しくされて、かわいそうに、ちょっと勘違いしちまってるんだな。“杖無し”でも皆と同じだって思ってる。傲慢ってか、身の程知らずか」

 テーテがアドネさんの腕を取り、ふるふると怯えたように首を振った。

「いやこの際だ、出しゃばりなおまえに言っておくけどよ」とアドネさんはテーテの手を振り払う。

「それただの独りよがりな。面倒ごと引き受けて、できもしないことやろうとして、“ぼくは頑張ってます”アピールかよ、だせえ。付き合わされる周りの迷惑考えたことあんのか」

 拳を握り締めていたが……暴言は聞き流すに限る。

 しかし、テーテへの説明役をわざわざ買って出たのは確かだ。自分に負荷をかけるようなことをすれば、何かをした気にもなれる。そんな打算もあった。  

 それに周りに迷惑をかけていることなど──百も承知だ。

 “杖無し”として配属され、尊重という名の適度な距離感に守られながら、これは腫れ物扱いで、余計な負担を皆に担わせているのではないかと、そんなことを考えないほど鈍いわけではない。

 でもそれを認めるのは苦しいから。だから、そんな中でも俺ができることをやりたくて、やらなければ俺は、鍵本海里ではいられなくなってしまう。

 それを傲慢だと断じたいのなら、好きにすればいい。

「……テーテに、俺の声は聞こえてます。だから俺ひとりでも説明はできるし、尽くしたつもりです」

 テーテは半ばアドネさんに隠されるようにして俯いていた。

「つもりねえ」とアドネさんは笑みを消し、腰に手を当てた。

「だからそれが一方的っつーんだよ。おまえはテーテに問題があると思ってるんだろうが、おまえが頑張ってどうにかなるもんじゃねえ。一人で説明済ませて気持ちよくなるのは勝手だけどな、テーテを使うな」

 随分と酷い言い草に顔が熱くなるが、ソナ・フラフニルへの失態を思い出すと急速に気持ちが萎えた。

 感情的にはなりたくない。

 相手と同じ土俵に立つ必要などないのだ。

 深く息を吐き出す。

「……もういいですこの話。俺のことはどうでも。仕事と関係がない」

 顔を上げかけていたテーテが再び下を向く。

「確かにどうでもいいことだな」 とアドネさんは肩をすくめた。



「俺は、説明はしましたからね」


 背を向けようとする調査係2人に念押しすると、テーテは振り返らず、アドネさんは冷笑を浮かべるだけで何も言わなかった。

 

 自分の言葉が負け惜しみじみて聞こえたのは、たぶん気のせいだろう。


 間違ってはいないはずだ。

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