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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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ノダ・アヤセとの出会いと別れ


「おいアヤセ。もういいだろ、行こうぜ」

 痺れを切らしたように紫髪の少年が言う。

「何言ってんのよくないでしょ! ニコラス、ヴァン、この人にちゃんと謝って!」

 アヤセと呼ばれた黒髪の少女は、こちらの世界の言葉に戻して少年達に怒鳴りつけた。

「知らね。そいつが釣り銭間違えたのが悪いんだぜ。しかも“杖無し”のくせに偉そうでよ」

「“杖無し”? 非魔力保持者……だっけ」

 少女は再びまじまじとこちらを見るが、

「って、そんなこと関係なくない? おかしいよ、あんた達のやってること」

「関係なくないだろ“杖無し”だぞ? 変なのはおまえの方だよ。やっぱおまえ、変」

「はあ? ほんっと信じらんない」

 少女はくるりとこちらを向いた。

「本当にごめんなさい。なんとお詫びすればいいか……」

「いえ、もういいんで」

 本当にもうどうでもいい。こんな内輪揉めを聞く気はないし謝罪もいらない。早く職場に戻らないと、みんなが心配する。 

「こちらこそすみませんでした。失礼します」

「あっ、待ってください!」

 少女が呼び止める。

 期待するような瞳だ。

「あたし、ノダ・アヤセっていいます。あの、さっきの質問の答えは……」


 ──日本人か。そして被回収者か。


 ノダ・アヤセ。

 彼女のイントネーションからすれば、まだこの世界に来てそれほど経っていないだろうとわかる。

 それでも探索士として普通に活動し、同じ探索士の仲間相手にあれだけ強く出られる程の力と存在価値と自信があるということだ。

 探索士なら、俺が事務所にいる限り今後関わることもあるかもしれない。変に素性を隠す理由もない。

 しかし今は、そんな人間に関わる気分には到底なれなかった。


 黙って頭を下げ、足早に去った。


§


「──カイリ!」

 事務所に向かって歩いていると、上の方から声がした。 

 見上げると、2人乗り箒が浮かんでいる。ティーバだ。

 道の端に避け、着陸するのを待つ。

「ちょっと外行くって……全然戻ってこないから心配しただろ。探したよ。どうしたんだ」

 箒に乗ったまま向けられるティーバの口調は厳しい。

「ごめんごめん。釣り銭間違えてさ、慌てて追いかけたから」

「汚れてる。……何かあった?」

 衣服についた土埃は取りきれてなかったようだ。

「まあ、ちょっとしたトラブルはね。しかも残念ながら、お釣りは返してもらえず」

「お釣りはまあ……なんとでもなるだろ」

 ティーバは溜息をついた。

「……どうしてカイリはひとりで行くんだ。言ってくれれば一緒に行くのに。危ないだろう」

 俺が“杖無し”だから。

 ひとりで出歩くこともままならないくらいに弱いから。

 またそんな自分らしくもない自虐が口を衝いて出そうになって抑え、「ごめん」と笑って謝る。

 ティーバは腕時計を確認し、箒を降りた。

「もう昼だ。どこかで食べないか」

「……昼も窓口当番が」

「シンゼルさんが代わってくれてる。職場には連絡しておくから、行こう。お腹空いた」

「俺、財布持ってきてない」

「貸すに決まってるだろう」と半ば呆れたようにティーバが言った。

 それ以上拒否する理由も浮かばなかった。


§


 適当に近くの喫茶店に入った。

 選んだのはサンドイッチとコーヒー。ティーバも自分も、それほど食べる方ではないのでそれくらいで十分だ。


「そういえば、あれからどうなの、ヘルベティアとは」

 余計な話を振られる前に、ティーバに水を向ける。あれから、とはもちろん北部出張以降、という意味だ。

 入念に手を拭いていたティーバは動きを止めた。

「……会ってない。あまり事務所に来ていないみたいだ」

「所長の研究室の方か」

「例の北の特殊遺物の研究。所長もかなり力が入ってるみたいだから」

 そこで運ばれてきたコーヒーに品のある仕草で口をつけ、ティーバはテーブルを見つめた。

「でもまあ別に、あいつとは特に何も変わってないよ」

「あ、そう」

 と相槌を打ちつつも、何も変わってないということはないだろう、と心の中で思う。

 ヘルベティアの話題を出した時のティーバの反応は、明らかに以前と違う。角が取れたというか何というか。まあそれが良いことなのかはわからないが。

 あまり突っ込むとティーバも嫌がるかもしれないから、それ以上はやめておく。

 サンドイッチもそれぞれ来て、食事に取り掛かる。

 当たり障りのない仕事の話を小声で交わし、早々に食べ終えて店を出た。

 ティーバは箒に乗りたくない俺に合わせてくれて、事務所まで歩いて戻った。



 ゴシュ係長に釣り銭誤りの顛末を簡単に報告して口頭注意を受け、シンゼルさんに窓口当番の礼を伝え、ティーバに昼食代を返した。

 やれやれという気分で椅子に腰を下ろす。

 

 その午後は随分久しぶりだと思えるくらいに、何事もなく過ぎた。テーテの箒のことも手を離れ、自分の仕事に集中できる。

 昨日ソナに怒鳴ったことからさっきの外での探索士達とのやり取りまでも、少し遠いところの出来事のようにも感じられて、平穏に感謝した。

 しかし、右隣の空いた席を一瞥すると、砂を飲んだような嫌なざらつきが蘇る。


 ……あとはソナ・フラフニルに謝るだけだ。


 そうすれば、万事解決する。

 そんな気がした。

 

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