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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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いつもの屈辱

 

 先ほど対応した探索士の男は紫色の髪が目立つ風貌で、幸いにも仲間らしい別の男と近くの道角で立ち話をしていた。


「す、すみません」

 息を切らして声を掛ける。

 自分よりも若そうな紫髪の男、むしろ少年とも呼べる10代半ばくらいの若者が振り返った。その目が不愉快そうに険しくなる。

「……さっきの管理事務所のか? なんだよ」

「あの、申し訳ありません。先ほどお渡ししたお釣りの金額を間違えてしまって」

「釣り? なんだ、俺はいくらもらったっけ、ヴァン」

「俺が知るかよ、ニコ、おまえひとりで窓口行ったんだろ」

 ヴァンと呼ばれた隣の茶髪の少年が返す。

 だよな、と答え、ニコと呼ばれた紫髪の少年は手のひらを差し出した。

「あ、違います。お釣りを渡しすぎてしまったので、1000レペトお返ししていただきたくて……」

「はあ?」と紫髪の少年が眉間に皺を寄せる。

「おい、俺はいくら釣りをもらったかなんて覚えてねえよ。間違えたのはあんただろ。俺は返さねえ。あんたが何とかしろ」

 残念ながらすんなりとはいかないようだ。

「申し訳ありません」と頭を下げ、持ってきた書類を見せる。

「ですが、先ほどこちらの手続きの際に、5000レペト紙幣でお支払いされたので、本来ならお釣りが」

「あんた“杖無し”だろ」と紫髪の少年が強引に遮った。蔑むように口元を歪め、体の前で腕を組む。 

「簡単な計算もできないくせに、窓口職員やってんのか」

「……大変申し訳ありません」

「まあ、返してやってもいいけどよ、じゃあ、せっかくだし……」

 いいことを思いついたというように嫌な笑みを深める。

「もっと誠意のある謝罪を見せてほしいかな」

「誠意?」

 聞き返すと、少年は「わかるだろ」と地面を指さした。

「ミスったままだとあんたもまずいんじゃねえの」

 地面に這いつくばるようにして頭を下げる謝罪の姿勢……つまり土下座に似たものがこの国にもある。それを求められているらしい。

「それはできません」

 すぐに答える。確かにミスしたのはこちら側だが、相手が求めるのは不当で過剰な要求だと判断できる。

 返金は試みたのだ。やるべきことはやったのだから、それでだめなら係長に報告してミスを謝罪するだけだ。

「お返しいただけないというなら、それで結構です。仰るとおり、こちらでなんとかいたします。失礼しました」

 踵を返すと、ローブのフードを後ろから掴まれ、強く引っ張られた。

「……っ」

「でかい態度取るじゃねえか。何様のつもりだ?」

 紫髪の少年が勝ち気に笑った。

「“杖無し”のくせに対等な口きくなよ。俺、身の程知らずなやつって大嫌いなんだ。そういうやつには、絶対に頭下げさせないと気が済まないんだよな」

「頭ならさっき下げましたけど……」

 言いながら、さりげなくローブを脱いで逃れようとする。

 突然、何かが伸し掛かって来たかのようにずしりと頭が重くなった。しかし頭上には何もない。

 少年が鼻で笑うのが聞こえた。

 これは、魔法だ。

「う……っ」

 こらえようとするが、首の骨が軋むような危機感を感じる。膝をつき、そのままうつ伏せになってしまう。全身に重たい岩でも乗せられたように、ぴくりとも上げられない。顔に押しつけられる石畳の地面は固く冷たい。

「ぐ……」

「だから頭を下げるってのは、これくらいやらないとだろ。それとも、地面にめり込ませた方がいいか?」

 少年達の笑い声があがる。

 周囲には多くはないが通行人ももちろんいる。しかし、“杖無し”のために柄の悪そうな探索士に関わろうとはしないのだろう。皆遠巻きにしているようだ。

「それで“申し訳ありませんでした”って言えよ。そしたら金返してやるから」

「ほんとひどいよな、おまえ」

「うるせえ」

 少年2人は楽しそうである。

「……」

 既に謝罪はした。それ以上する必要などない。そこまでして返金してほしいわけでもない。


 一歩外に出ればこれが普通だと、最近北部で再認識したばかりだ。

 こんなことはこの世界に来てから何度もあった。周りが見て見ぬふりするのもいつものことだ。

 もちろん屈辱的だ。

 しかし相手の要求を呑んで損なわれるものの大きさを考えれば、黙って耐える方を選ぶ。そうしてきたし、今回もそうする。

 それに……なぜだろう、確かに悔しさも恥ずかしさもあるのに心は不自然なくらいに凪いでいて、地面に這いつくばる自分の姿が、どこか他人事のようにも感じられる。

 だから、この状況をどう切り抜けたものかと妙に落ち着いて考えていると、

「あんた達!」

 素っ頓狂ともいえる甲高い声が聞こえた。忙しなく駆けてくる足音。

「げ」

「やべ」

「何やってんのよ! 今すぐやめなさい!」

 その言葉を合図にしたかのように、体を縛り付ける重さがふっと消えた。

「だ、大丈夫ですか? ほんと、あんた達、ふざけたことしないでよ!」

「でも」

「だって」

「でもだってじゃない! あ、立てますか」

 体は問題なく動かせそうだ。

 声の主の女性が手を貸そうとするのをやんわりと拒み、気まずそうに、或いは無関心そうに通り過ぎていく通行人を視界の端に捉えつつ慎重に立ち上がる。


「──ごめんなさい!」

 長い黒髪を一つにまとめた女性が勢いよく頭を下げた。先ほどから、彼女の発音に少し引っ掛かりを感じていた。

「怪我とかしてないですか? この2人あたしの仲間なんですけど……」

 そう言って上げた女性の顔を見て、驚いた。

 日本人。少なくとも東洋系の顔立ちなのは間違いない。自分より若い。少年達と同じくらい──高校生くらいだろうか。

 向こうもはっとした顔でこちらを見つめていた。 

「いえ……元はといえばこちらが悪いので」

 服についた土埃を払いながら答える。

 黒髪の女性、もとい少女は穴が開くほどにまだこっちの顔を凝視している。

「遺跡管理事務所の方、ですよね。そのローブ」

「そうですが」と頷きながら、早くこの場を去りたくて少女から顔を背けた。


「あの、日本人、ですか?」

 彼女は小さく、日本語で尋ねた。

「もしかしてあなたも、被回収者……なんですか?」


 心臓が一際強く脈打つ。

 先ほどまでの奇妙なイントネーション。それはまるでこの世界に連れてこられて、この世界の言葉を覚えたばかりの頃の自分とよく似ていた。


 彼女も。

 日本人で、そして。

 服装と、あの男たちと仲間だという言葉からすれば、探索士。


 つまり。

 俺と違って魔法の力に恵まれた、一般的な被回収者だということだ。



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