優しい同僚
「さっき病院からソナさん宛てに連絡があったんです。お母様がお怪我をされて運ばれたそうで、ソナさんも急いで病院に向かいました」
係長へのナナキの報告を聞いて、ソナ自身に何かあったわけじゃないとひとまずほっとする。
「それはソナさんも心配だろうね」
係長は席に戻り、手帳を取り出してメモを取り始める。
「どこの病院?」
「西部国立病院です。詳細はよくわからないのですが、軽い怪我ではないようで、ソナさん、付き添いで明日はお休みするそうです。急ぎの仕事はさっき引き継ぎました」
「そっか。悪いね、ナナキさん。必要なら仕事はみんなにも割り振って」
はい、とナナキは頷いた。
つまり、ソナへの謝罪は先延ばしになったということだ。
「ナナキ」
席に戻ろうとするナナキに話しかけていた。
「はい?」
「あの、フラフニルさんは……」
ナナキになら、自分が執務室を離れた後のソナの様子が聞けそうな気がした。
でも口からは違う言葉が出た。
「……フラフニルさんの仕事、俺も手伝うよ」
ナナキは困ったように少し微笑み、向かいの俺の席を見る。
「カギモトさんの机、仕事の山じゃないですか」
「でも、大丈夫」
「うーん、どうしてもというなら……じゃあ明日のソナさんの窓口当番代わってくれますか?」
もちろん、とすぐに答える。
「でもその山、どうするの」
ティーバが横から鋭く尋ねてきた。
「カイリの今月の残業時間、そろそろ上限超えるんじゃないか」
「そうだけど、それはなんとでも」
「カイリ」
ティーバが遮る。分厚い眼鏡越しに、真剣そうな紫の瞳がちらと見えた。
「できないと思ってるわけじゃない。いつも最後はちゃんとやり遂げるし、それが……カイリにとってはそれが大事なことで、必要なことなんだって僕は理解してる。でも」
ティーバは躊躇うように言葉を切った。
「さっきのカイリは……いや、北部出張からずっと、調子が悪そうだと思ってた。カイリが嫌がるだろうから言わないようにしてたけど」
「ティーバさん」とナナキが止めようとするが、ティーバは続ける。
「でも、さっきみたいなカイリを見たら、心配くらいしたっていいだろう? 何かあったんなら、言ってほしい」
「……」
「それは俺も同意だぜ」
トレックもやってきた。
「ソナさんみたいな天使に怒鳴りやがったのは許さんが、おまえがあんなふうに怒るなんて、よっぽどだろ。いつもおまえに頼っちまう俺も悪いんだけどよ、少し力抜けよ」
ナナキも痛みを堪えるような顔をしながらトレックの横で頷いている。
「ああ、うん、なんかごめん、いろいろ」
半端な返事をしてしまう。
この係は、“杖無し”の俺が働くには理想的すぎるくらいに理解があって優しくて、それがかえって重苦しくて、でも、それに少し救われた気分になっている自分もいる。
けれども、係長が指摘したとおり、ここに長くいるつもりはない。
だからこそ、ここにいる間くらいは上辺だけでも楽しく、うまくやろうと、そう決めているから。
総務係のフロアを見渡す。
「あの、さっきは驚かせてすみませんでした」
既に帰宅したらしいシンゼルさんも不在だが、それ以外の総務係に向けて深く頭を下げる。
「正直言うと、少し前から体調が悪くて、気が立ってました。以後体調管理含めて気をつけます。フラフニルさんにも会ったらちゃんと謝ります。──あ、これからは、きついと思ったら仕事はどんどんトレックに押しつけますからご心配なく」
「おい」とトレックがすかさず突っ込み、ナナキがほんの少しだけ笑った。ティーバはあまり釈然としない様子で唇を結んでいる。係長は少し困ったように、セヴィンさんはいつもの気難しい顔で、黙ってこちらを見ていた。
何だかしっくりきていない気がする。けれどもこうやって俺は、やり過ごすしかないのだ。
箒については結局、財務課への予算申請をする方向で話が進み、自分は補助的な立場について、基本的にはトレックに任せることとなった。自腹を切ろうとしたことは、ソナと係長しか知らない。
§
翌日。やはりソナは休みだった。
謝罪の言葉を考えてはいたし、そつなく伝えるイメージもできていたが、いざ顔を合わせた時の気まずさを思うと、休みで良かったかもしれないと思う大人げない自分もいた。
ソナの代打として窓口当番をこなしつつ、溜まった業務を黙々と片付けていく。トレックは熱心に予算の資料作成に取り組んでいるようだ。
ゴシュ係長は調査係に箒の件で話をつけに行き、やはりルドン係長と大揉めしたようだが、最後は主張を通してきたらしい。
ティーバやナナキは、私物の修理について他の事務所に似たような事例がないか確認していたが、これと言った有用な情報は得られていない。
窓口で今しがた対応していた若い探索士。
紛失した探索士証の再交付手続きを行い、手数料のやり取りを終えて見送ったところである。
大事な証をなぜ彼らはよく失くすのだろうとぼんやり考えながら、書類と受け取った金を確認していて、
「──あ」
返す釣りの金額を間違えたことに気づく。
「ちょっと外行ってきます!」
執務室に向かって伝え、書類を手に慌てて外へと駆け出す。
単純なミスを犯したことに軽くショックを受けていた。悪いことは続くようだ。
こちらが金を取りすぎたなら返せばいいからまだ穏便に済むだろうが、よりによって、釣りを多く渡してしまった。
返してくれとは言いにくい、が、言わなければならない。
すんなりと返してくれればいいのだが。




