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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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ソナ・フラフニルへの相談


「あっ、カギモトさーん」


 やや離れたところからの朗らかな声に、反射的に身構えてしまう。


 トラムの駅を降り、トレックと共にようやく西部遺跡管理事務所の門に着いたところだった。

 ちょうど帰るところの管理係のエンデと鉢合わせた。横には同じく管理係のバルトロさんもいる。

 鞄を肩にかけ、小走りに寄ってくるエンデはいつもと同じ満面の笑みだ。

「外出してたんですね。おつかれさまです!」

「あ……うん、エンデもおつかれ」

 少し返事に詰まった。

 先日の地下廊下での会話以来、まともに話す機会がなかった。

「おう、カギモトの舎弟。いつも元気だな」

「はい、トレックさんもおつかれさまです!」

「これからエンデくんと飲みに行くんだ。君たちも仕事が終わったらどうかな」

 洒落た銀縁眼鏡に爽やかな笑みを浮かべ、バルトロさんが誘う。

「お、いいっすね」とトレックは乗り気だが、そんなトレックの脇を小突いてやる。

「予算申請、準備するんだろ」

「ん、ああ、そっか、そだな。じゃ、またの機会にお願いしまーす」

 一瞬残念そうにしながらも、トレックはすぐに切り替えた。

「ええー、カギモトさんも来てほしかったです」

 エンデは口を尖らせるが、「あっ」とすぐにきらきらした笑顔になる。

「じゃあ今度一緒にお昼行きません? 聞いてほしい話たくさんあるんですよー」

「え、ああ」

 顔が強張ろうとするのをこらえ、何とか口端を上げる。胃が強烈にむかついてきて、手はコートのポケットに入れた薬を探ろうとしていた。

 そんな自分の挙動を、エンデの赤い瞳がじっと見ている、気がする。

「し、しばらく忙しいかな。手が空いたらその時に」

 わかりました、とエンデは不満そうに頷いた。

「エンデくん、それじゃあお店混んじゃうし行こうか」

 バルトロさんに急かされ、エンデはまた笑顔に戻り、手を振りながら2人で去っていく。


「どうしたカギモト。いつも以上にエンデに対して塩じゃねえか」

「……」

「カギモト?」

 水色の大きな瞳が覗き込んできてはっとした。

 唾を飲み込む。

「……そうかな」

「何かあったか? あいつと」

 いつものふざけた様子はなかった。こういう勘はトレックは鋭い。


 ──エンデ・エリュトフィラ。


 “杖無し”である俺におかしな価値を見出す思想集団、平等派『アーテヌ』の関係者らしい。

 あの屈託のない態度の裏で何を考えているのか全くわからない。

 こちらを害するつもりはないのだろうが、どうも良い気分がしない。エンデの前でおかしな振る舞いはしたくないのだが。

 

「何もない」

 早口に答える。

「外歩いて疲れたのかな」


 トレックは疑わしそうな視線を向けたが、それ以上何も言わなかった。

 行こう、とトレックを促し、職員通用口から事務所に入った。


§


 執務室に戻ると、トレックの机の前ではセヴィンさんが腕を組んで仁王立ちしていた。

 横でトレックが「ひっ」と声を漏らす。

「──トレック」

 セヴィンさんの口調は静かだ。逆にそれが怖い。

「仕事の進行管理はきちんとやれと、俺はおまえに教えたはずだが」

「え、あ」

「おまえの残した入力作業、ナナキとティーバが代わりにやった」

 総務係後方の作業机では、入力を終えた大量の書類の束をナナキとティーバがファイルに綴っていた。

「みんなおつかれさまねぇ」と帰り支度をしたシンゼルさんが甘い物を配り歩いている。

「た、大変申し訳ございませんでした……!」

 トレックは土下座でもするような勢いでセヴィンさん含めナナキ達に頭を下げる。

「全然いいんですよ?」とナナキがにっこりとしてファイルを閉じた。

「あっ、そういえば今週末リリエズデパートで限定の万年筆が発売されるんですよね。でも朝から並ばないと買えなくて」

「買いに行きます!」

 ナナキは宣言どおりトレックにしっかりとお礼をさせるらしい。

「ああ、そういえば本部への報告書類、今週までなんだけど、入力作業のせいで全然手を付けられなかったな」

「やらせていただきます!」

 ナナキに便乗したらしいティーバの呟きに、トレックは素早く反応した。


 いつもなら笑えるその光景も賑やかさも、何だか遠いもののように思えた。



“カギモトさんみたいな方にこんな所は相応しくないって思ってるからですよ”



 地下廊下でエンデが言った言葉が蘇る。


 とりあえず。

 と頭を切り替えようとした。

──トレックは放っておいて係長に報告しよう。


 コートと鞄を置きに自席に戻る。

 トレックほどではないが、自分の机の上には期日の迫った仕事の書類が束になっている。それから不在時にあったらしい自分あての電話のメモがいくつか貼られていた。その中にはまた、レンさんからの連絡もあったようだ。

 自然と重たい溜息が漏れ出てしまう。  

 朝から箒にばかりかまけていたが、それでいいのか。

 突発的に生じたテーテの箒の件。もちろん直してあげたい。でも、できるだけ早く手放してしまいたい。

 

 机の前で佇んでいると、隣の席のソナが顔を上げた。

 ソナはとっくの前に事務所に戻っていたのだろう、終業時間後であるが、仕事の真っ最中という感じだ。やはり箒は魔導トラムより断然速い。


「おつかれさまです。カギモトさん」

「うんおつかれ」と微笑んでみせる。

「フラフニルさん残るの?」

「はい、少し」

「今日は来てくれてほんとに助かったよ。ありがとね」

「いえ」と控えめににこりとしたのは一瞬で、ソナはすぐに懸案そうに眉をひそめた。

「結局、どうするんですか? 修理の方は」

「トレックと話したんだけど……とりあえず予算申請はしてみようかって。これから係長に相談してみるところ」

 そうですか、とソナは頷く。

「私もテーテさんの箒は直したいと思ってます。やれることがあれば言ってくださいね」 

「……」

 そんなソナを見つめ、少し離れたところでまだ謝罪中のトレックに目をやる。そして自分の机の未処理の仕事。

 コートを椅子の背にかけて腰を下ろし、少しソナに距離を寄せた。

「──あのさ、相談してもいいかな」

「え?」

「修理の件でちょっと、フラフニルさんの意見が聞きたいんだけど」 

 声のトーンを落とすと、ソナは「何でしょうか」と同じく小声で居住まいを正したが、なぜか何となく、その口角が上がって見える。

「え、なんで笑ってるの? 俺の顔なんかついてる?」

 思わず自分の顔に触れた。

 ソナは片手で口元を隠す。

「あ、笑ってましたか? すみません。その……何でもないです」

 顔を僅かに背けてそう言ったソナだが、すぐに「いえ」と否定する。

 こちらを見て言いにくそうに、

「なんというか、こんな風にカギモトさんに仕事の相談されるのは、初めてな気がして」

「……」

「頼られてるみたいで、ちょっと嬉しかったんです、たぶん」

 薄灰の瞳を伏せ、声は小さい。

 体の奥の奥で、痛みのような、苦みのような何かが走る。

「あ……はは」

 引き攣った変な笑いが出た。

「フラフニルさんのことは頼りにしてるよ、いつも。ほんと出来過ぎた新人さんで、助かってます」

 勢いで少し大げさになってしまったのか、ソナは怪訝な顔をした。

 軽く咳払いをして、「それで相談のことだけど」と切り替える。ソナも「はい」と座り直すようにした。

「えっと、テーテの箒、直すなら早い方がいいよね」

「それは、そうですね」

「さっきは予算申請してみるって言ったけど……」

 もう一度トレック達の方を見やり、誰もこちらの会話を気にしていないことを確認する。

「実は俺が修理代払っちゃおうかなって考えてるんだよね。どう思う?」


「え?」とソナは驚いたように目を見開いた。

  

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