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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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トレック・バウハーとテーテ・ペルセウス


 外に出るとすっかり日も暮れていた。

 既に就業時間が迫っている。


「じゃあ2人は箒で、俺とトレックは魔導トラムでってことで、一旦ここで解散しよう」

 ストリンドベル氏の工房の前でそう告げると、テーテが何か言いたそうにトレックに近づいた。

 サングラスを掛けた顔をやや伏せて、そのまま何も言わないのかと思ったが、小さく口を開いた。

「……先輩」

「おう、なんだ」

 テーテはティーバの2人乗り箒のケースをぎゅっと抱える。


「先輩、また、箒乗るんですか」


 その声はか細く、夜の手前の薄暗闇に溶けていきそうだ。

「え?」

「さっき、ストリンドベルさんが、乗ってみろって」

「……」

「わたし、また、見たくて……」

 トレックは少し困ったように頭を掻いた。

「……言ったろ。俺ね、仕事で怪我してもう乗れないの。乗りたいのはやまやまだけどよ。乗ったらたぶん事故って加害者か被害者になる」

 後半は冗談のつもりなのだろうが、笑える雰囲気でもなかった。テーテも硬い表情を崩さない。

 それを察してか察していないのか、トレックはいつもの明るい声を出した。

「ほら事務所に戻ろうぜ。残業になっちまう」

「そうですね」とソナが静かに応え、自分も頷いた。テーテは何も言わなかった。


 箒のケースを手に離れていく2人を見送って、「野郎2人も仲良く帰りますか」とトレックが伸びをしながら言った。

 魔導トラムの駅は比較的近くにあるらしい。道案内はトレック任せだ。


 道中、トレックはストリンドベル氏に叩き込まれた箒の扱い方を面白おかしく語ってみせた。


 トレックとの会話は気が楽である。

 トレック・バウハーという男はよく晴れた夏のような男で、肚のうちを探ろうとも思わず、言うなれば学生時代の友人のような気分で付き合うことができる。

 だからこそ、先日の探索士試験準備の時のトレックを思い出してしまう。

 調査係時代を掘り起こされ、表情を失い、空元気のような様子を見せたトレック。その時と近しいものを今も感じていた。

 20年近くも生きていれば何かしら抱えるものもあるだろうが、本人が言わないことに踏み込みたくはない。


 上辺だけの付き合いでいいのだと──俺は思っている。

 けれども、すんなりと割り切れないのは、俺はトレックが……心配なのだろう。

 それが鬱陶しいと思われたとしても。


「あのさ、言いたくなかったら別にいいんだけど」

 そう前置いて、トレックの背中に話しかける。

「テーテはトレックが箒に乗ってた頃を知ってるんだ? 元々の知り合い?」

 トレックはちらりとこちらを振り返り、またすぐに前を向いた。

「……一時期同じ学校だったんだよ。そこで同じ飛行競技のチームにいた。女子と男子で分かれてて学年も種目も違うから、そんな関わりなかったけどな」

「そうなんだ」

 それは知らなかった。こっちの世界の学校事情にはあまり明るくなく、同僚の出身学校にはさほど興味がなかったからだ。

 既にシャッターの下りた活気のない商店街をトレックが足早に行く。

「でも俺に憧れて競技始めたんだってあいつ、ウケるよな」

「……別に何も、おかしくないだろ」

「まあ確かに?」

 トレックは微かに笑う。

「あの頃の俺一番輝いてたからなー。全国大会でいい成績取って、その実績もあってすんなり調査係に配属されて、周りにもちやほやされたし、何より」

 薄雲のかかる夜空を見上げた。

「好きに飛べるってのはすげえ気持ちいいんだ」

「……」

「──なんてな」とトレックはにかっと笑った。

「箒に乗れないカギモトに言ってもわからねえか」

 こちらも合わせて笑ってみせた。

 トレックは一呼吸おく。

「ストリンドベルのじいさんは覚えちゃいなかったけど、俺もテーテと同じ全国大会に出てたんだ」

「3年前の?」

 そう、とトレックは頷いた。

「俺は学生生活最後の大会で、テーテは新人で初めての大会だったのかな。その時からあんないい箒使ってたとは知らなかったけど」

 記憶を紐解くように、トレックの語りは少しゆっくりになる。

「その時のあいつの飛行、すごかったんだ。女子の部で優勝で、新人の快挙だったんだ」

 一度言葉を切り、少し声を低めた。

「でも、別のチームから判定にクレームが入った。それはよく覚えてる」

 あいつの目、とトレックは自分の目を指さす。

「あれが反則だって」

「反則?」

「魔力を感知する目。生まれつきの病気なんだけど、まだ今よりずっと症状が軽くて、サングラスもいらなかった。大会の規定上何の問題もなくて、飛行技術にも関係なくて、あれはあいつの実力なんだよ。でも、どこかからテーテの目の話が漏れたんだな。ずるだって騒ぎ立てられて」

 トレックは苦い笑いを浮かべる。

「結局優勝判定はなしになった。そのあとあいつはチームも辞めて、そのうち家の事情か何かで転校してった」

 残念だった、とストリンドベル氏が言った大会の顛末はそういうことだった。

「職場でまた会うとは思わなかった。それに、ずっと箒も続けてて、今じゃ調査係のエースで、でもまだ俺を、昔の俺みたいに見てるみたいで」

 なんか申し訳ねえ、と呟く。

 それから長く話して疲れたように、溜息をついた。

「面倒くさい仕事はしたくねえけどよ、テーテの取り柄は飛ぶことくらいしかねえから。あの箒、仕事で壊したもんならやっぱり直してやりてえなって気分になってきた」


 暫しの沈黙が流れる。いつの間にか商店街を抜け、車通りの多い道に出た。

 様々な色のライトが走り抜けていく。


「それでよ」

 背を向けたままのトレックの口調が少し明るくなる。

「真正面から予算申請してみるか? 財政課に」

 自分でもいちおう考えていたことだが、トレックからその案が出てきたことに少し驚いた。とはいえ、正攻法はそれくらいしかないだろう。

「……通るかな」

「わからねえ。あくまで私物だからな。でも俺が資料作る」とトレックがさらりと言った。

「ほんとに? 余計な仕事はしないんじゃ」

「まあ、あれだよ。なんだ。乗りかかった船ってやつ?」

 そこまで言ってから、トレックはにやりとする。

「いや、これはカギモトの流儀だな」

「だから何だよその流儀」

「カギモトの流儀はカギモトの流儀だよ。尊敬してます! 師匠!」

「おまえ馬鹿にしてるだろ俺のこと」


 愉快そうに笑いながら、トレックは街灯が仄明るく照らす道の少し先を歩く。

 前方に魔導トラムの停車駅が見えてきた。



 予算申請か、ともう一度思い返す。


 ──なんか面倒だな。


 自分らしくない。

 仕事に対して本当に自分らしくないと自分でも思えるそんな怠惰的な気持ちが頭を掠めた。そして、消えない。


 予算がつけてもらえるかもわからない予算申請の手続きを踏んで、仮に予算がついたらそこから修理を依頼して書類を整えて……となると、手間も時間もかかる。

 やはり自腹で修理を依頼してしまうのが手っ取り早い。むしろ、本人が好きで使っている私物なのだから、私的な金で直しても何も問題ない。

 ──と言ってしまうと元も子もないだろうが。


 テーテの箒の修理代は、自分の年収を大きく超える。


 貯金残高は今どれくらいかなと、そんなことを考えながらトラムに揺られていた。

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