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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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また乗れたらな


 店の奥。

 古い油のような匂いが強い。

 広い机の上に道具や材料なんかが所狭しと置かれた作業場らしいその部屋にトレックはいた。

 他に人の姿はない。この工房はストリンドベル氏が一人で切り盛りしているらしい。 


 さてそのトレックだが、まるで悟りを開いたかのような顔で、丁重にテーテの箒の手入れをしている。


「いや、こんな世界もあるんだなって思いましたよ」

 トレックは誰にともなく穏やかに語りながら、箒の部品に油をつける。それを布で丁寧に磨き、また油をつけている。

「日頃、遺跡管理事務所で殺伐とした毎日を送っている自分には、すごく静かで、心が落ち着く時間ですね」

「おお、わかるか坊主。やっぱり、見込みがあるな」

 ストリンドベル氏が嬉しそうにトレックの肩を叩く。

「箒は大事にすればするほど、乗り手に応えてくれるからな。手入れを怠ってはだめだ。面倒を嫌ってはいかんぞ」

「はい、師匠!」


 一体何を見せられているのか。


「おっ、カギモト」

 こちらに気づいたらしい。

 顔やら服やらがあちこち油染みで汚れたトレックが、満面の笑みを浮かべる。

「わざわざ悪かったな。でもすげえいい経験させてもらってるわ。俺、事務所は早期リタイアして箒職人目指すかも」 

「え……何の話?」

 眉をひそめると、トレックが手招きしてくる。近づいたらトレックはさらに顔を寄せて切羽詰まったように囁いた。

「──いや、何だかんだ結局レジェンドに変なふうに気に入られちまって。へそ曲げたら面倒だからよ」

 そういうことかと安心した。仕事が嫌すぎて現実逃避してしまったのかと思った。

「そいつの修理の見積もりだったな」とストリンドベル氏がトレックが持っていた箒を取りに来た。

「ちょっと待ってろ。他の部品も磨いててくれ」

「はい!」

 ストリンドベル氏は別の作業机にテーテの箒を持っていって、丸眼鏡の位置を調節しながら折れた部分をじっくりと見て、何か紙に書き留めている。

 トレックは言われたとおり、素直に机の端に積まれたガラクタのような部品達を磨くのに取り掛かった。

「眺めてないで手伝ってくれよ」

「え、あ、うん」

 ぼろ布と不思議な形の小さな部品を渡され、とりあえずトレックの隣に立ち、見様見真似で匂いのきつい油を付けて拭いてみる。


「カギモトそれ油つけすぎだわ。あ、もっと丁寧にやれよな。あーあ、やっぱおまえ不器用」

「ご、ごめん」

 真面目にやっているつもりなのだが。

 というか、何をさせられているのか。

「でもよ、細々した作業って俺嫌いなのに、こういうことやってると心が落ち着くのは確かだぜ。やっぱ箒に囲まれてるってのがいいのかも」

 手の中の部品を目を細めて睨みながらトレックが呟く。

「また乗れたらな。本当に最高だ」


 それは特別気持ちがこもっているわけでもなく、ぽろりと出たような言葉だった。自然すぎて聞き流しそうになったくらいだ。

 しかし確かに今、言った。

「また乗れたらな」と。


 元飛行競技の優秀な選手で、元調査係。飛ぶのに長けていたトレックは今でも箒を愛し──しかし、もう乗ることはできない。

 

 調査係時代の怪我のせいでそうなったことは知っていた。

 

 トレックを見ていると「手が止まってるぞ」とたしなめられる。


 部品の手入れを再開するとすぐにストリンドベル氏が紙を手にやってきた。

「ほい、修理の見積もり。こんなもんでどうだ」

 作業机に放られたそれをトレックと2人で覗き込んだ。

「……思ったよりは安いけど」

「でも、全然高いな」

「修理費自体はアフターサービスってこと割り引いてるが、素材代がな。特殊な鉱物は値が張る」

 トレックと顔を見合わせる。 

 高い。でもここまで来たら、何とかしたい気持ちも強くなってくる。トレックも同じなのか、だめだとあっさり言うでもなく、珍しく考え込むような顔をしている。


 その時。


「あの……大丈夫でしょうか」

 ソナがサングラスをかけ直したテーテを後ろに連れて、作業場の方にそろりと顔を出した。

 戻りが遅いから心配したのだろう。

「待たせてごめん。とりあえず見積りはもらったから、帰って検討しようか。……それでよろしいですか、ストリンドベルさん」

「タイミングによっては素材の手配に時間がかかるからな。依頼するんなら早めにな」とストリンドベル氏が釘を差した。それから、氏はテーテの方を見る。

「俺の箒を折るのはけしからんが……嬢ちゃん、あんた、とても大事に手入れしてくれていたようだな。それはよくわかった」

 テーテは硬い表情のまま、サングラスの目を伏せて僅かに頷いた。

「それから坊主」と今度はトレックを振り返る。

「あんた本当に筋がある。箒に向き合う姿勢がいい。今度、俺の特製の箒に乗ってみろ」


 その言葉に思わずトレックの方を伺ってしまう。

 トレックはからりとした笑みを浮かべていた。


「そう言ってもらえると、嬉しいっす、師匠!」

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