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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第三章 調査係 テーテ・ペルセウスの箒
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テーテの飛行


 テーテは備品の箒の手入れをやめ、几帳面に片付け始める。早速工房に行く準備をしてくれるらしい。


「え、すごいね。どうやったのフラフニルさん」

 こまごま動くテーテを見ながら、隣のソナにこっそりと聞いてみる。

「普通に……お話してみました。想像してたよりずっと良い方でした」

 生真面目に答え、「今度一緒にお昼に行く約束もして」とさりげなく付け足した。

「えっ、そんなに話進んでたの?」

 今のあれでそんなやり取りまでしていたとは。


 “杖無し”であることを置いておけば人付き合いであまり悩むことのなかった自分である。嫌悪されたり馬鹿にされたりしても、そういう相手への適当な態度というものを身に着けていた。

 しかしテーテに対してだけは、どう接していいのかさっぱりわからなかったのだ。

 自分への軽い失望とソナへの称賛の気持ちが入り交じる。

 ふふ、と嬉しそうな笑みが浮かびかけたソナだが、すぐに口元を引き締めた。何か言いたげな目をして、ローブの袖口を握り締めている。

「あの……テーテさん、カギモトさんを無視、しているわけではないようです」

「え?」

 そこについても聞いていたのか。

「でも何というか、説明しにくいんですけど、どうも……」

 ソナが言いにくそうに言いかけたところで「おまえら」とアドネさんの苛立たしげな声が響いた。執務机からじろりと睨んでくる。

「うちのフロアでひそひそすんじゃねえ」

 アドネさんは書類仕事をしている時は特に機嫌が悪い。

 すみませんとさっさと謝り、ソナに視線で「戻ろう」と合図する。

 ソナは頷き、

「テーテさん、準備ができたら屋上に来てくださいね」

 そんな呼び掛けにも、テーテは小さく頷いた。


 人気のない階段に戻りながら「では私たちも準備を」とソナが言う。

「あー、やっぱ俺も行く感じ?」

 総務係がそんなに抜けて平気かと少し心配になる。

 そもそもテーテとうまくコミュニケーションも取れない自分は行かないで、ソナに任せていいような気になってきた。

「あ、行かれませんか? お忙しいですもんね……」

 ソナはやや不安そうに階段を下る。

 確かに、ストリンドベルさんは気難しい職員気質の人のようだし、新人のソナには少し荷が重いだろうか。

 でも。

「フラフニルさんならトレックとテーテよりずっと大丈夫だと思うけど」

「え、そうでしょうか。そんなことは……」

 正直に伝えたがソナは煮え切らない様子だ。

「とりあえず係長に相談しようか」とゴシュ係長に判断を委ねることとした。

 そういえばソナが先程言いかけたテーテのことは、何だったのだろう。ソナは既に外出の方に思考が向いているようである。

 改めて聞くのも気が憚れて、とりあえず頭の隅に追いやることにした。


§


「それは行った方がいいと思うよ、カギモトくん」

 ゴシュ係長は考える間もなく即答した。

「もし揉めたりしたら、対応する人がいないと」

「はあ、わかりました」

 いつでも暑そうな係長は、椅子の背にどっかりともたれて忙しなく汗を拭いている。

「それにまだソナさんの教育係なんだしね」と付け加えられ、「はい」と頷く。

 確かにその立場からいえば、ソナの外回りにはまだついていくべきだろう。

 あまり気の進まない外出に納得できる理由をつける。

「それじゃ行こうか、フラフニルさん」

「はい、お願いします」 

 自分たちの席に戻り、薄手のコートを羽織っていると、ふと疑問が浮かんだ。

「あれ、工房までの行き方なんだけど、テーテとフラフニルさんは箒だよね。俺は少し遅れるけど、魔導トラムで向かえばいいかな」

「えっと」

 鞄の中身を確認していたソナは、言い淀むように言葉を切った。

「すみません。2人乗り箒、テーテさんが乗れるって言ってました。なので……ティーバさんから借りようかと」

「……もしかして俺、テーテの後ろに乗せてもらう感じ?」

「すみません、箒が嫌いなのは知ってるんですが」

 ソナは申し訳なさそうな顔をする。

「でもカギモトさんひとり行動だとまたティーバさんも心配されますし、それに、その」

「カギモトさんは地図を逆さに持って進みますからね。辿り着く前に日が暮れちゃいますよ」

 キーボードを高速で打ちながらナナキが笑顔で口を挟んできた。まだトレックへの怒りがあるのか、口調から毒が抜けきれていないようだ。

 そしてそんなことはない、と言い返せないのが辛いところである。

「仕方がないか。それで行こう」

「はい、すみません」 

 ソナが恐縮している。箒は本当に嫌だが、そんな風に気を遣わせてしまうのは何だか違う。ソナは自分なりに最善の方法を考えてくれたのだ。

「あの、全然大丈夫だよ。箒の方がずっと早いしね」

「はい……」

 ちょうどよく窓口から戻ってきたティーバにソナが箒を借りる話をつけ、屋上へと向かった。


§


 重たげな雲の下、屋上では今の空の色のような灰の上着を着たテーテが先に待っていた。

 ダークグレーの髪を風に靡かせ、サングラスをかけた顔は空のどこでもない方を向いている。

「お待たせしました、テーテさん」

 ソナが声を掛けると、僅かに首を傾けこちらの方を見る。

「あの、乗せてもらえるみたいで……悪いけどよろしく」

 ティーバから借りた2人乗り箒の入ったケースをテーテに渡した。

 テーテはやはり硬い表情のまま無言で受け取ると、てきぱきと黒塗りの大きな箒を出して開き始める。


 箒……。

 いまさらながらこれを“箒”と呼ぶのが正しいのか。靴箱を下駄箱、ペンケースを筆箱と呼ぶようなものだと思っている。

 かつては本当にあの掃除に使うような箒で飛んでいたらしいのだが、現代の一般的な箒は、元の世界でいうキックボードのような外見をしていて全く箒ではない。

 2人乗り箒はそれの乗り台を広くして、後部に乗る人が掴むための手すりが付けられている。

 いちおう自分が乗るところはその手すりで囲われているわけだが、風を直接受けてよく揺れる箒は──心底苦手だった。

 酔い止めの代わりに吐き気止めを飲もうか一瞬迷う。しかしここにはソナ達もいるし、あまり薬の服用回数が多くなるのはよろしくないだろう。さっきも飲んだばかりだから平気だ、と自分に言い聞かせる。

 準備を終えたらしく、ソナはいつでも飛べそうな状態だ。


「……じゃ、失礼して」

 操縦側に立つテーテの後ろに乗り込むと、テーテはびくりと肩を震わせた。 


 この反応は、一体何なのだろうか。

 拒絶とも違う。恐怖とも違う。ただ、極力距離を取ろうとするような、そんな感じだ。

 まあ、今深く考えたところで仕方がない。あとでソナに聞こう。 


「あのさテーテ、図々しくて申し訳ないんだけど、なるべく低めで速度はゆっくりめでお願いでき──」

 テーテにお願いしている途中で箒は急上昇、滑るように前方に飛び出し、思わず悲鳴を上げていた。

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