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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第一章 新入職員 ソナ・フラフニル編
13/149

第13話 ティーバ・ロドランの補足

改行等修正しました。

「随分とゆっくりしてたなぁ。お二人でさぼってたんじゃないの?」


 ソナを連れて1階に戻ってきたカギモトに、トレックがふざけた調子で聞いてくる。


「いや、すごい真面目に挨拶してきたよ。ね? フラフニルさん」


 階段室での会話など無かったかのようにごく自然に会話を向けられる。その切り替えの早さに内心驚きつつも、ソナは表情を変えずに顎を引いた。


「ふーん……なら良いけど、新人さんを独り占めするなよなー」


 不満げなトレックの言葉にカギモトは苦笑いを浮かべただけだった。


「トレック。喋ってる暇があったらさっさとこの大量の処理を何とかしろ」


 静かな圧を込めて唸ったのはセヴィンである。トレックは「ひっ」と情けない悲鳴を上げた。


「おい、聞いたか?」

とトレックは悲壮な顔でキーボードを打ち込み始める。

「上の階のやつらが勝手に出張とか行っちゃったんだってよ。事務処理がきつい……」


 先ほど会った管理係のバルトロが、アレス遺跡の新通路だかの出張話をきちんと総務係に伝えたようだ。


 ソナにはまだ正確には知らないが、遺跡管理事務所の職員が出張などする際は、総務係に事前に連絡するのが原則なのだろう。

 それを完全に無視されているというこの係の立場というものは、やはりひどいといえる。


 自分の席に戻ると、カギモトの机に目立つように付箋が貼られているのが見えた。

 そのメモを見たカギモトが眉間に皺を寄せていると、

「今回は折り返した方がいいかも」

とティーバがぼそりと伝える。

 どうやらティーバのメモらしい。


 カギモトは溜息をつき、大儀そうに席に座った。

「ごめん、1本電話かけないといけないから、マニュアルとか読んで待っててくれる?」

 ソナは頷いた。

 

 仕事なら大丈夫。仕事の上でなら、やり過ごせる。


 自分にそう思い込ませる。

 マニュアルのページをめくり、気になる点に書き込みをしていった。


 カギモトは周囲にはほとんど聞こえないほどの小さな声で電話をしているようだった。

  それでも時折「やめてください」、「迷惑なので」などと苛立たしげに話しているのが聞こえた。

 仕事の話ではないのかもしれない、と何となくソナは思った。


 向かいのナナキは本日の窓口当番であり、今も窓口に来た探索士に何かの説明をしている。

 隣のティーバは一体何をしているのかとさりげなく見てみると、猫背のままものすごい速さでタイピングを続けていた。


 呆気にとられるソナの視線に気がついたのか、ティーバは手は止めずにほんの少しだけソナの方に首を傾けた。


 長くもつれた艶のない前髪に太い黒縁の眼鏡。その顔の造形は、こちらを向いていても未だによく認識できない。

 ティーバの机の上は無駄なものがなくきちんと整理されており、野暮ったい見た目とは裏腹に、綺麗好きなのかもしれないと何となく思った。


「……」


 そんなティーバが何か口を動かしぼそぼそと言葉を発した。


「……なんですか?」


 ソナが聞き返すと、ティーバは一度咳払いをする。


 それから手を止めて、

 「いいやつだから」

 と呟いた。


「え?」

「……カイリは、いいやつだから。そんなにあいつを、困らせないでほしい」

「……」

「その資料も、張り切って準備してた」


 それっきりティーバは口を閉ざした。

 タイピングが滑らかに再開される。


 困らせるな、とは。

 ソナはティーバの横顔にも冷ややかな目を向けた。

 困っているのはこちらだと言いたい。


「ごめん、待たせたね」


 電話を終えたカギモトがソナに声を掛ける。

 笑顔ではあるものの、やや疲れているように見えなくもなかった。


「さて、ここからは、業務の説明を始めるね」


 カギモトは自分の資料を取り出して、朗らかに言った。

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