ティーバ・ロドランの説教
ティーバはふらふらと歩いて自分のベッドに仰向けに倒れた。
「ヘルベティアはどうした?」
「自分の部屋にいる」
答えながらティーバは眼鏡を外し、前髪を掻き上げ、顔をごしごしと両手で擦っていた。
とりあえず残っていた料理をかき込んでいると、ティーバが目だけをこちらに向けて訊く。
「夕食、部屋で食べてたのか。食堂のはずじゃなかったか」
「ああ、まあ」
適当に誤魔化そうかとも思ったが、どうせ明日の朝食も同じことになるのは目に見えていた。
「ここのオーナーさんが、保守的な人らしくて」
ティーバは「え?」と上体を起こす。
「宿の情報誌だけじゃオーナーの思想まではわからないからね」
冗談めかして言うと、ティーバは複雑そうな表情になった。
俺のことはいいよ、と流しておく。
「それよりヘルベティア、あいつのあの状態でよく宥められたね」
「ああ、うん。……いや、あれは宥めたっていえるのかな」
ティーバはベッドに浅く座り直し、前屈みに脚の間で指を組んで目を伏せた。
「泣いて喚いて大変だった。通行人に警察呼ばれそうにもなったし」
その光景が簡単に想像できて、悪いが少し笑ってしまった。
ティーバは反応する余力もないのか、ぼそぼそと話を続ける。
「一緒に夕食を取って少し落ち着いたんだ。それで、明日北の所長に謝るよう言ったんだけど、うんと言ってくれなかった」
「無理だろうな」
「……あと、カイリにも」
「俺?」
ティーバが僅かに顔をこちらに向ける。
「ヘルベティアとは面と向かって話す機会もなかったから、このタイミングでと思って、カイリへの態度も謝るべきだと言った。そしたらまた怒って泣かれた」
「それは……」
火に油を注ぐようなものではないか。
「別にいいのに、俺のことは。ヘルベティアの言動には慣れてるし」
「よくないだろ」
ティーバの語気が強まる。
「慣れることじゃない、そんなの」
部屋がしんとした。
「……ティーバ?」
「この間から僕が言いかけてたことだ」とティーバが横を向く。
「カイリは、何でも仕事だからって割り切って、うまく受け流して、人として強いと僕は思ってる。そこは尊敬してる。そういう在り方や考え方を尊重したいとも思ってる。でも」
一度言葉を切り、躊躇うように続けた。
「……そういうのに慣れてしまうのは、よくない」
ティーバはいいやつだ。
俺のことを気にかけているという言葉に嘘はないのだろう。
「それはわかってるよ、俺も。慣れてるっていうのはちょっと語弊があったかも」
少し言い直してみる。
「でも本当に平気なんだ。そりゃあ、むかついたり、ぐさっとくることはあるよ。けどそれは反射的なもので、別に何かが損なわれたりするわけじゃない」
と思っている。
自分の価値を信じている。
俺のことを知らない誰かから何を言われても、どんな態度を取られても、自分の芯の部分までは届くことはない。そう、信じているからだ。
「カイリが……人から同情とか共感とかされたくないのはわかる。でもそんな風に全然平気そうな顔してる方が、かえって心配になる」
「同情されたくないとかそういうことじゃない」
思ったよりも冷たい声が出た。
「される理由がないって思ってるだけだよ」
ティーバははっとしたように俺を見た。そして口を噤み、視線を落とす。
「……そうだな。ごめん」
謝られることでもない。
ティーバと険悪な雰囲気になったことはこれまでもなかったが、出会った初期の頃のようなぎこちない空気が流れた。
とりあえず食べた食器を所長のものと重ねてテーブルに置いたりしておく。
3階の窓からは、ぽつぽつと灯る街灯、行き交う魔導車のライトが小さく見えていた。
ややあって、でも、とティーバが呟く。
「ヘルベティアが、カイリにああいう態度を取る理由は……説明しないといけないと思ってる。ずっと、思ってたんだけど」
「理由? そんなの別に」
「理由があれば何をしてもいいと思ってるわけじゃない。ただ、ヘルベティアは」
少し感情的になりかけたのを、ティーバはぐっと抑えるようにトーンを落とす。
「……元々ヘルベティアは、人に対してあんなに攻撃的じゃなかった」
ティーバは記憶を掘り起こすように、ゆっくりと語る。
「よく笑う子で、でもよく泣いてもいて、いつも周りの視線に怯えてるような、普通の子だった」
「……」
今の女王様然としたヘルベティアからはちょっと想像がつかない。
「ヘルベティアがあんなふうになったのは……僕のせいなんだ」
遠くのどこかを見つめるようにして、ティーバはそう告白した。




