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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第二章 北部遺跡管理事務所 出張編
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ティーバ・ロドランの説教


 ティーバはふらふらと歩いて自分のベッドに仰向けに倒れた。

「ヘルベティアはどうした?」

「自分の部屋にいる」

 答えながらティーバは眼鏡を外し、前髪を掻き上げ、顔をごしごしと両手で擦っていた。

 とりあえず残っていた料理をかき込んでいると、ティーバが目だけをこちらに向けて訊く。

「夕食、部屋で食べてたのか。食堂のはずじゃなかったか」

「ああ、まあ」

 適当に誤魔化そうかとも思ったが、どうせ明日の朝食も同じことになるのは目に見えていた。

「ここのオーナーさんが、保守的な人らしくて」

 ティーバは「え?」と上体を起こす。

「宿の情報誌だけじゃオーナーの思想まではわからないからね」

 冗談めかして言うと、ティーバは複雑そうな表情になった。

 俺のことはいいよ、と流しておく。

「それよりヘルベティア、あいつのあの状態でよく宥められたね」 

「ああ、うん。……いや、あれは宥めたっていえるのかな」

 ティーバはベッドに浅く座り直し、前屈みに脚の間で指を組んで目を伏せた。

「泣いて喚いて大変だった。通行人に警察呼ばれそうにもなったし」

 その光景が簡単に想像できて、悪いが少し笑ってしまった。

 ティーバは反応する余力もないのか、ぼそぼそと話を続ける。

「一緒に夕食を取って少し落ち着いたんだ。それで、明日北の所長に謝るよう言ったんだけど、うんと言ってくれなかった」

「無理だろうな」

「……あと、カイリにも」

「俺?」

 ティーバが僅かに顔をこちらに向ける。

「ヘルベティアとは面と向かって話す機会もなかったから、このタイミングでと思って、カイリへの態度も謝るべきだと言った。そしたらまた怒って泣かれた」

「それは……」

 火に油を注ぐようなものではないか。

「別にいいのに、俺のことは。ヘルベティアの言動には慣れてるし」

「よくないだろ」

 ティーバの語気が強まる。

「慣れることじゃない、そんなの」

 部屋がしんとした。

「……ティーバ?」

「この間から僕が言いかけてたことだ」とティーバが横を向く。

「カイリは、何でも仕事だからって割り切って、うまく受け流して、人として強いと僕は思ってる。そこは尊敬してる。そういう在り方や考え方を尊重したいとも思ってる。でも」

 一度言葉を切り、躊躇うように続けた。

「……そういうのに慣れてしまうのは、よくない」

 ティーバはいいやつだ。

 俺のことを気にかけているという言葉に嘘はないのだろう。

「それはわかってるよ、俺も。慣れてるっていうのはちょっと語弊があったかも」

 少し言い直してみる。

「でも本当に平気なんだ。そりゃあ、むかついたり、ぐさっとくることはあるよ。けどそれは反射的なもので、別に何かが損なわれたりするわけじゃない」

 と思っている。

 自分の価値を信じている。

 俺のことを知らない誰かから何を言われても、どんな態度を取られても、自分の芯の部分までは届くことはない。そう、信じているからだ。

「カイリが……人から同情とか共感とかされたくないのはわかる。でもそんな風に全然平気そうな顔してる方が、かえって心配になる」

「同情されたくないとかそういうことじゃない」

 思ったよりも冷たい声が出た。

「される理由がないって思ってるだけだよ」

 ティーバははっとしたように俺を見た。そして口を噤み、視線を落とす。

「……そうだな。ごめん」

 謝られることでもない。

 ティーバと険悪な雰囲気になったことはこれまでもなかったが、出会った初期の頃のようなぎこちない空気が流れた。

 とりあえず食べた食器を所長のものと重ねてテーブルに置いたりしておく。

 3階の窓からは、ぽつぽつと灯る街灯、行き交う魔導車のライトが小さく見えていた。

 ややあって、でも、とティーバが呟く。

「ヘルベティアが、カイリにああいう態度を取る理由は……説明しないといけないと思ってる。ずっと、思ってたんだけど」

「理由? そんなの別に」

「理由があれば何をしてもいいと思ってるわけじゃない。ただ、ヘルベティアは」

 少し感情的になりかけたのを、ティーバはぐっと抑えるようにトーンを落とす。

「……元々ヘルベティアは、人に対してあんなに攻撃的じゃなかった」

 ティーバは記憶を掘り起こすように、ゆっくりと語る。

「よく笑う子で、でもよく泣いてもいて、いつも周りの視線に怯えてるような、普通の子だった」

「……」

 今の女王様然としたヘルベティアからはちょっと想像がつかない。 

「ヘルベティアがあんなふうになったのは……僕のせいなんだ」

 遠くのどこかを見つめるようにして、ティーバはそう告白した。

 

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