特殊遺物についてのキィト・ザクソンの見解
「君ねえ」
部屋の灯りをつけると、所長は顔をしかめた。
「ここは君の部屋じゃないしティーバくんも使うんだから。こんな風に散らかすんじゃないよ」
床には散乱する私物。
「……すみません」
あまりに正論すぎて、食事のトレイを一度ベッドの上に置いてすぐにコートや鞄を片付けた。
「まったく」と所長はひとつしかない椅子に腰掛け、テーブルに自分の食事を置いた。
「マツバくんからも聞いてるよ。地下の部屋、酷いんだって? 貸してるだけなんだからさ、気遣ってくれたまえよ」
「そのうち片付けますよ。所長だって、所長室酷いじゃないですか」
「自分の家は綺麗にしてるさ」
「僕は職場の机周りとかは綺麗にしてます」
果たしてどちらが良いのか。というかマシなのか。
結局のところ他人に迷惑さえかけなければいいのではないか。
「まあいいか、まずは食事にしようじゃないか」
それには同意した。
テーブルを所長に取られたので仕方がなく自分のベッドに腰掛け、膝にトレイを乗せる不安定な姿勢で食べ始める。昼とそう変わらないような料理の組み合わせだった。
「時に、具合はどうだい?」
「え?」
所長は顔だけこちらに向けてもぐもぐしている。
「風邪ひいたんだろう?」
「いや、別に風邪とまでは」
額に手をやるが熱があるような感じはしない。
「たぶん、疲れただけです」
「君はいっつも疲れてるねえ」
皮肉交じりに所長が言う。
確かに所長の前ではいつも疲れた顔を隠してもいない気がする。
温くなったスープに口をつけた。
「事実、疲れましたよ。……それで、明日はどうするんですか?」
「明日かい? 何でそんなこと聞くんだね。明日は……」
「今日に続いて特殊遺物を調べさせてもらうはずでしたよね。でもヘルベティアのやったことを考えると……無理ですよ。連れていけません」
本来ならヘルベティアが謝罪すべきだろうが、フー所長に会えばまた何をするかわからない危険性がある。ヘルベティアが行ってくれるとも思えない。
「うーん、古代文明の遺物についてはヘルベティアがいないとわからないことも多いからね、困ったなあ」
本当に困ってるのかわからないほどの軽い口調で所長は首をひねり、そしてぽんと手を叩いた。
「それじゃ明日はみんなで北部観光でもするかい?」
所長、とすかさず睨む。
「公務で来てるんです。そんなことできません」
融通がきかないなぁ、と所長は白けた顔でパンをかじった。
こっちが悪いみたいな言い方だが、所長という立場でその発言の方が問題だろう。
溜息が出た。
しばらく食事を取る音だけが部屋に響いていた。
「──結局」
食べる手を止め、所長を見据える。
「今回の北の特殊遺物、何か所長の研究に役立ちそうなものだったんでしょうか」
所長は気にせず食べ進めている。
「明日は観光しようとか言い出すあたり、たいした発見でもなかったんじゃないですか」
フォークを置き、所長は無精髭を撫でながらだらしなく脚を組んだ。
「そう思うかね?」
もったいぶったように残りのパンを口に放り込み、しばらく咀嚼する。こちらが苛立っているのをよそにゆっくりと飲み下し、ようやく話を再開した。
「こないだのアレス遺跡のものと、違うけれど根本は似ている。魔力付与原理に関係のあるものだった。ヘルベティアも同じ見立てだよ」
「そう……なんですか」
それほど結果に期待していたわけではなかっただけに、喜ぶよりも驚き、というよりも疑わしくすら感じた。
「古代魔法文明は本当にすばらしいねえ。物を媒介にして人に魔力を付与する理論が当時にあったなんて」
夢見るように所長は語る。
「ああいう特殊遺物がね、その理論の解明に役立つんだよ」
「……期待してます」
魔法理論なるものはまったくわからないが、期待はしている。本当に。
「でもさ、やっぱり持ち帰って僕の分析器とかにかけてみないと、細かいところはわからないんだよねえ」
そして、何とかして借りられないかなあ、と所長にしては珍しく難しい顔で呟いた。
フー所長が今さらあの遺物を、「返せ」と喚いたヘルベティアのいる西部に渡してくれるとは思えない。
しかし、スプーンをくわえる所長はいつになく真剣に見える。
何だろう、嫌な予感がするのは気のせいか。
「所長……。なんか、良からぬこと考えてません?」
「ん? 何のことだい?」
所長はこてんと首を傾げた。
その時、客室の扉を控えめに叩く音が聞こえた。
「カイリ。いるか?」とティーバの声だった。
ヘルベティアと夕食を終えて戻ってきたようだ。意外と早い。
「いるよ。ついでに所長も」
扉に向かって返事をすると、
「ああ僕はもう食べたから、部屋に戻るよ」と所長が立ち上がる。
「ちょっとやることができたんでね」
無邪気な少年のように微笑み、片付けはよろしく、と食べ散らかした食器を置いてさっさと扉を開けに行った。
廊下にいるティーバと一言二言言葉を交わして出て行ったようで、入れ違いにティーバが入ってきた。
まるで泥沼から何とか這い出て来たかのように、重たい足取りだ。
こちらに負けず劣らず、ティーバにも疲労感が隠しきれずに滲んでいる。
「……おつかれ、ティーバ」
「……カイリも」
いつにもまして、陰鬱な夜になりそうだった。




