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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第二章 北部遺跡管理事務所 出張編
111/173

夢の狭間


 海の底、なのかもしれない。


 暗く、深い。

 何も見えない。

 闇がぴたりと纏わりついて、ほんの少し先も、自分の体すら見ることも叶わない。

 何も、聞こえない。

 声を上げようとしても、何も。


 振り返る。

 遥か、後方。


 仄かに輝く光があった。

 光は、すごく小さいのに痛いほどに眩しく、胸が締め付けられるほどに暖かい。


 近づくことはできない。

 手を伸ばすことさえも。


 眺めている。


 冷たく重たい闇の中で身動ぎもせず、ただひたすら、その光を見つめていた──






「──カイリ」

「……っ」


 開けた視界がぼんやりと像を結ぶ。

 覗き込む……ティーバの顔。

 すばやく左右に目を動かす。全身が強張っている。

 薄暗い。見慣れぬ木目の天井。よそよそしい匂い。遠く車の走る音。

 散らばっていた思考が段々とまとまっていく。

 ここは。

 今は。



「……あれ、寝てた? 俺」

 声が掠れていた。

 喉は渇き、胃がむかついている。

「うん、少しだけど」

 起き上がろうと硬いベッドに手をつくと、腕に嫌な痺れが走る。それに、少し寒い。

「うーん、変な姿勢で寝ちゃってたみたいだ」

 体を起こして肩を回し、首を回す。

 部屋には窓から橙色の光が挿し込んでいた。既に夕方のようだ。

「カイリ、うなされてた」

 ティーバは心配そうにこちらを見る。

「俺が?」

 言われてみれば確かに、何か嫌な感じが体の奥にこびりついているような気もする。

 何の夢を見ていたのかは特に覚えていない。

「半端に寝ちゃったからかな」

 そう言って欠伸混じりに伸びをして、腕時計を確認する。

「あー、そろそろ迎えに行く時間か」

「うん」

「悪いね、俺だけ寝て」

「いや」

 外に出る準備を始めるティーバは、何だか歯切れが悪い。

 自分も洗面台に行き、鏡で寝癖がついていないかを確認する。たぶん大丈夫だろう。

 ループタイを締め直す。

 ティーバの態度が気になった。

「あのさ、何かあった?」

 洗面台から部屋の方に顔を出してティーバに尋ねると、ティーバはこっちを見て「え」と言葉を詰まらせる。

「何か俺に言いたいことでも?」

「──いや」

 口籠り、ティーバは首を振る。

「そう見えたなら、ごめん」

「別にティーバが謝ることでもないけど」

 言わないということは、聞く必要がないということだ。

 日が落ちかけていく窓の外を見る。これから少し冷えてくるだろうか。上着を持ってきてよかった。

「まあでも、少し寝てすっきりした」

 地味な薄手のコートを羽織り、もう一度伸びをしてからティーバに向けて笑みを浮かべる。

「それじゃ、北部に迎えに行きますか」

 


§


 空が薄曇りの夕闇に染まりつつある頃。

 今度は正面入口から北部遺跡管理事務所に入る。

 窓口に出てきた職員に用件を伝えると、「所長たちはまだ遺物保管室にいるようだ」とのことだ。

 

「何時間いるつもりなんだろ」

 呟きながら、北部の職員に教えてもらった地下への階段をティーバと下る。

「まあ、特殊遺物だからね。所長の興味は尽きないと思う」

「盗んだりしないか心配になるな」

 冗談のつもりが、自分で言ってて現実味があるような気がしてしまった。

 地下廊下にもきちんと灯りがついていて、掃除も行き届いているようである。

 象牙色の扉の前に立ち、「遺物保管室」のプレートを確認した。

「ここか」

 軽くノックをするが、中から反応はない。繰り返しても、やはり開けてくれる気配はない。

 ティーバと顔を見合わせる。

 取手を引くと……僅かに動いた。

 鍵は開いている。

「失礼します」と重たい扉を細く開けた瞬間。

 

 爆発──したかと思うほどの轟音。

 扉に置いた手に響く衝撃。喉の奥がひゅっと鳴った。


「な……っ」


 音はもちろん遺物保管室の中からだ。先の1回きりで、熱や煙なんかは見えない。

 僅かに逡巡するうちに、ティーバが先に扉を大きく開けて中に入っていく。

「ティーバ!」

 いつもの猫背を正したその背を追う。

 遺物保管室は広い。

 控えめな照明の下、まるで美術館の展示品のように、様々な遺物がガラスケージに入れられている。一方で、雑然と箱に詰められているものもある。

 部屋は天井まで届く棚で2つに区切られているようで、入ってすぐの所には誰もいない。


「──ふざけるなっ」


 ヘルベティアの甲高い叫びが聞こえた。 

 その声の方、区切られたもう一つの部屋の方にティーバが駆けていく。

 嫌な予感だ。背筋がざわつく。

 棚の間を通り抜けた自分の目に飛び込んできたのは──


 フー所長に細い腕を突き出すように向けているヘルベティアだった。


 そして彼女の足元には、キィト所長がぴくりともせず倒れていた。

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