夢の狭間
海の底、なのかもしれない。
暗く、深い。
何も見えない。
闇がぴたりと纏わりついて、ほんの少し先も、自分の体すら見ることも叶わない。
何も、聞こえない。
声を上げようとしても、何も。
振り返る。
遥か、後方。
仄かに輝く光があった。
光は、すごく小さいのに痛いほどに眩しく、胸が締め付けられるほどに暖かい。
近づくことはできない。
手を伸ばすことさえも。
眺めている。
冷たく重たい闇の中で身動ぎもせず、ただひたすら、その光を見つめていた──
「──カイリ」
「……っ」
開けた視界がぼんやりと像を結ぶ。
覗き込む……ティーバの顔。
すばやく左右に目を動かす。全身が強張っている。
薄暗い。見慣れぬ木目の天井。よそよそしい匂い。遠く車の走る音。
散らばっていた思考が段々とまとまっていく。
ここは。
今は。
「……あれ、寝てた? 俺」
声が掠れていた。
喉は渇き、胃がむかついている。
「うん、少しだけど」
起き上がろうと硬いベッドに手をつくと、腕に嫌な痺れが走る。それに、少し寒い。
「うーん、変な姿勢で寝ちゃってたみたいだ」
体を起こして肩を回し、首を回す。
部屋には窓から橙色の光が挿し込んでいた。既に夕方のようだ。
「カイリ、うなされてた」
ティーバは心配そうにこちらを見る。
「俺が?」
言われてみれば確かに、何か嫌な感じが体の奥にこびりついているような気もする。
何の夢を見ていたのかは特に覚えていない。
「半端に寝ちゃったからかな」
そう言って欠伸混じりに伸びをして、腕時計を確認する。
「あー、そろそろ迎えに行く時間か」
「うん」
「悪いね、俺だけ寝て」
「いや」
外に出る準備を始めるティーバは、何だか歯切れが悪い。
自分も洗面台に行き、鏡で寝癖がついていないかを確認する。たぶん大丈夫だろう。
ループタイを締め直す。
ティーバの態度が気になった。
「あのさ、何かあった?」
洗面台から部屋の方に顔を出してティーバに尋ねると、ティーバはこっちを見て「え」と言葉を詰まらせる。
「何か俺に言いたいことでも?」
「──いや」
口籠り、ティーバは首を振る。
「そう見えたなら、ごめん」
「別にティーバが謝ることでもないけど」
言わないということは、聞く必要がないということだ。
日が落ちかけていく窓の外を見る。これから少し冷えてくるだろうか。上着を持ってきてよかった。
「まあでも、少し寝てすっきりした」
地味な薄手のコートを羽織り、もう一度伸びをしてからティーバに向けて笑みを浮かべる。
「それじゃ、北部に迎えに行きますか」
§
空が薄曇りの夕闇に染まりつつある頃。
今度は正面入口から北部遺跡管理事務所に入る。
窓口に出てきた職員に用件を伝えると、「所長たちはまだ遺物保管室にいるようだ」とのことだ。
「何時間いるつもりなんだろ」
呟きながら、北部の職員に教えてもらった地下への階段をティーバと下る。
「まあ、特殊遺物だからね。所長の興味は尽きないと思う」
「盗んだりしないか心配になるな」
冗談のつもりが、自分で言ってて現実味があるような気がしてしまった。
地下廊下にもきちんと灯りがついていて、掃除も行き届いているようである。
象牙色の扉の前に立ち、「遺物保管室」のプレートを確認した。
「ここか」
軽くノックをするが、中から反応はない。繰り返しても、やはり開けてくれる気配はない。
ティーバと顔を見合わせる。
取手を引くと……僅かに動いた。
鍵は開いている。
「失礼します」と重たい扉を細く開けた瞬間。
爆発──したかと思うほどの轟音。
扉に置いた手に響く衝撃。喉の奥がひゅっと鳴った。
「な……っ」
音はもちろん遺物保管室の中からだ。先の1回きりで、熱や煙なんかは見えない。
僅かに逡巡するうちに、ティーバが先に扉を大きく開けて中に入っていく。
「ティーバ!」
いつもの猫背を正したその背を追う。
遺物保管室は広い。
控えめな照明の下、まるで美術館の展示品のように、様々な遺物がガラスケージに入れられている。一方で、雑然と箱に詰められているものもある。
部屋は天井まで届く棚で2つに区切られているようで、入ってすぐの所には誰もいない。
「──ふざけるなっ」
ヘルベティアの甲高い叫びが聞こえた。
その声の方、区切られたもう一つの部屋の方にティーバが駆けていく。
嫌な予感だ。背筋がざわつく。
棚の間を通り抜けた自分の目に飛び込んできたのは──
フー所長に細い腕を突き出すように向けているヘルベティアだった。
そして彼女の足元には、キィト所長がぴくりともせず倒れていた。




