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西部遺跡管理事務所 業務日誌  作者: 青桐 臨
第二章 北部遺跡管理事務所 出張編
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北部遺跡管理事務所


 デナス駅で特急を降り、魔導トラムに乗り換える時に道に迷いかけたが、ティーバのフォローでなんとか遅れずに乗り継ぐことができた。

 そして北部遺跡管理事務所の最寄り駅に到着した。約束の時間まではまだ1時間ほどある。今のうちに昼食をとろう。

 北部の町は、以前も何かの出張で訪れた事がある。灰色の石造りの建物の間を石畳の道が走る落ち着いた景観の町で、西部よりも栄えており、駅周辺にはそれなりに店も多い。

 「星付きのレストランでなければ嫌だ」というヘルベティアを無視して、庶民的な定食屋を見つけてそこに決める。

 昼の時間をだいぶ過ぎていたので空いていた。

 パンにスープに肉、という定番中の定番の定食を4つ頼み、ようやくここまで辿り着いたと椅子の背にもたれて溜息をついた。

「おやカギモトくん、お疲れかい? これからが本当の仕事なんだから頑張ってくれよ」

「……」

 すべて丸投げのこの男に言われると腹が立つ。 

 こっちにとっては朝からずっと仕事だ。

 氷の入った水をぐっと飲んで何とか溜飲を下げる。

「あの、今日の訪問先での流れなんですが」

 ティーバが鞄から書類を出した。

「そんな話つまんないですぅ」

 その隣のヘルベティアは頬をふくらませるが、「大事なことだから」とティーバが遠慮がちに諭す。

 髪の毛先を眺めるヘルベティアを除き、北部遺跡管理事務所の情報を軽く確認し合っているうちに全員分の定食が運ばれてきて、仕事の話は打ち切られた。

 潔癖症気味のティーバは入念に手を拭いてから静かに食べ始めた。所長はフォークにとった一口一口をしげしげと眺めながら口にする。舌が肥えているのかと思っていたヘルベティアは、意外にもおいしそうに食べていた。

 自分としても、この店の味は文句なく美味しかった。

 会計時、所長もヘルベティアも財布を出す素振りを見せない。

「とりあえず僕が払う」とティーバが支払った。


 約束の5分前に北部遺跡管理事務所に到着した。

 貴族の古い屋敷を改装した西部遺跡管理事務所とは違い、北部は比較的新しい4階建ての建物である。数年前に建て替えたようだ。

 周囲の環境はどこの事務所も似たもので、探索士向けの店や宿が多い。

 細い鉄柵の門を開ける前に、建物の方から人が出てきた。

 

 長い黒髪を後ろで束ねた長身の男。

 彼が羽織る濃い紫色のローブは裾に金のラインがあしらわれたもので、遺跡管理事務所の所長であることを示す装いだ。

 脇には藍色のローブの若い職員を連れているが、所長直々に出迎えてくれたらしい。

 若い男性職員がすばやく門を開けると、黒髪の男は細い目をさらに細めてにっこりとした。

「ようこそ、北部遺跡管理事務所へ。所長のフー・ミンチェンです」

 歳のほどは40代半ばから後半くらい。

 自分と同じく、この世界でも“東洋系”と言われる顔立ち。

 職場の長らしい堂々とした態度に落ち着きが感じられる。

 しかし一瞬──意味ありげな視線が自分に向けられた気がした。

 “杖無し”に対する戸惑いや嫌悪のようなものでもなかった。  

 しかしその方がかえって気にはなる。

 キィト・ザクソン然り。

 往々にしてあるのだ、そういう目を向けてくる人間の方が厄介だという場合が。


 フー所長は如才なくキィト所長に頭を下げる。

「お久しぶりです、キィト所長」

「やあやあ、前回の所長会以来だね」

 一方でうちの所長の挨拶は軽い。

 そしてスーツに着替えることも忘れており、普段着のような服装で門を通り抜けていく。

 フー所長の秘書らしき若い職員が不思議そうにキィト所長に目をやっている。それからはっとしてこちらを見て、みなさんもどうぞ中へ、と生真面目そうに告げた。

 

 §


 重厚でいつも薄暗い西部遺跡管理事務所とは異なり、北部遺跡管理事務所の庁舎内は明るかった。

 まずは最上階である4階の所長室に全員案内される。

 そこまで広くはないが、整然と整頓された部屋だった。本は本棚にきちりと収められ、執務机にはペンと電話以外に特に置かれていない。執務机の後ろに窓があるのが開放的で、キィト所長とその所長室とは、何から何まで正反対である。


「改めまして、わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」

 フー所長は丁寧に告げた。

「いやあ、そういうのは別にいいんだ」とキィト所長はそわそわと辺りを見回している。

「僕としては早く遺物を見たいんだけれどね。そのためにわざわざ来たんだから」

 社交辞令的な挨拶くらいしっかりしてほしいものである。

 しかし、フー所長は気を悪くする風もなく「キィト所長らしいですね」と笑った。

「しかしできれば皆さんのお名前くらいはお伺いしたいのですが。ちなみにこちらにいるのは管理係のアルブレヒトです」

 フー所長の隣の若い職員がぴしりと姿勢を正した。

「アルブレヒトです。後ほど皆さんを遺物にご案内します」

 新人か採用2年目くらいに初々しく感じる。

 じゃあ僕らも、とキィト所長は面倒そうにこちらを見た。

 誰が先だとも言わないうちに、所長の隣のヘルベティアがすっと前に出る。

「ヘルベティアと申します」

 それはティーバへの猫を被った声でもなく、俺への恫喝するような声色でもない。

「西部遺跡管理事務所では所長の秘書をしておりますが、本日は琥珀の民、その血を引く者として参りました。我が一族に関わる遺物を拝見できること、大変喜ばしく思っております」

 悠然と微笑むその姿、その堂々たる口上には、確かな威厳と気品が漂っている。

 アルブレヒトが息を呑むのがわかった。

 俺も驚いていた。ヘルベティアの外交的な顔を初めて見た。

 しかし。

「ああ、お会いできて光栄です。次の方は?」

 フー所長はあからさまにさらりと流した。

 それにはヘルベティアもむっとしたようだがすぐにティーバが名乗る。

 そして自分も、「総務係のカギモトです」と簡潔に挨拶を済ませたわけだが。

「カギモトさん」とフー所長は小さく繰り返し、細い瞳をまっすぐに向けてきた。

「──お会いできて、光栄です」

「え、あ……どうも」

 随分と間の抜けた返事をしてしまった。

 隣のアルブレヒトはといえば、魔力が無い人間に向ける一般的な表情を浮かべているのだから、やはりフー所長の視線の方が違和感がある。

 何とも言えない空気になりかけたところ、

「もういいかな? 早く遺物を見せてくれたまえよ」

 とキィト所長が退屈そうに言った。

 

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