移動
飛行魔導車の中は、トレックの言ったとおり、控えめに表現しても地獄だった。
とりあえずティーバの強い主張で荷物とともにトランクに押し込まれるのは免れたのだが、後部座席にティーバを挟むようにしてヘルベティアと座る。
助手席の所長は隙あらば魔導車の操作盤をいじろうとするのを運転手に何度も止められており、ヘルベティアはティーバにぴたりとくっついて猫撫で声で話しかけ、ティーバは冷や汗を浮かべながら口をもごもごさせていた。
ティーバは、ヘルベティアのことが嫌いで迷惑な存在と位置づけているのかと思っていた。
しかしこの光景を見ているとどうも、ティーバにとっては苦手な──どう対応していいかわからない相手、ということらしい。普段同僚のソナやナナキにはつっけんどんな物言いをするのに、こんなにまごついているティーバは本当に初めて見た。
さておき、これは酷い。
飛行魔導車での移動はすぐに終わるが、このあとの行程を考えると冗談ではなく頭が痛くなってくる。
ティーバに助け舟を出そうかとも思ったが、ヘルベティアを牽制すると言ってくれたのでここは甘えよう。一泊二日の仕事だ。体力も精神力も今はまだ温存しておきたい。
気を紛らわせようと、窓の外に目をやる。
飛行魔導車はほとんど揺れることなくまっすぐに飛んでいる。箒に乗せられるのはとにかく駄目なのだが、飛行魔導車は平気だ。やはり四方が囲われている安心感が違うのだろう。
畑や住宅街を越え、特急魔導列車が停車する最寄りの駅に到着した。
ヘルベティアの運転手に礼を言い、荷物を抱え、全員を急がせて特急車両に乗り込んだ。
「ま、間に合ってよかった……」
胸を撫で下ろすのは自分ひとりだけだ。
ここは特急車両のボックス席である。所長と自分、ティーバとヘルベティアに分かれて向かい合わせに座ることとなる。
窓際の所長はリュックから分厚い本を出して読み耽り始め、ティーバは「ちょっとトイレ……」と消え入りそうな声で、ヘルベティアの絡みつく腕を逃れて席を立った。
列車は動き始める。
小刻みな振動を感じながら、向かいのヘルベティアの刺すような視線を受け止めた。
「──おまえが一緒じゃなければ最高なのに」
ティーバに対する甘ったるい声とは対照的な、ドスのきいた声。
金の瞳は燃えるような敵意に染まっている。
「それは、ティーバもヘルベティアに対してそう思ってるんじゃないかな」
あまり考えずにそう返すと、「はあ?」とヘルベティアは目を剥いた。
「あたしとティーバ様とのことを何も知らないくせに、適当なこと言うな」
「まあ、何も知らないけどさ……」
自分が何を言ってもヘルベティアの神経を逆撫でしてしまうだろう。口は閉じておいた方がいい。そう思ったのに、
「いつごろ北部に着くのかなぁ」
俺とヘルベティアのやり取りに我関せずという態度を貫いていた所長が、本を眺めながら独り言のように言う。
答えないわけにはいかない。
「えっと、デナス駅で降りて、そこからトラムに乗ったら北部の最寄りに着くのは昼過ぎくらいですかね」
「お昼ご飯は?」
「……北部の事務所の近くで考えてます」
「あたしはティーバ様と2人で食べに行くから」
ヘルベティアは腕を組み、ふんぞり返るようにして断言した。
「個別行動取るなよ。約束の時間に遅れたら困るからみんな一緒に」
「うるせえんだよ。あたしに指図するな、“杖無し”が」
ヘルベティアが“杖無し”の俺に向けるのはいつも、強い憎しみだ。そしてその激しい感情の裏には──そうしなければならないという必死さが見え隠れしているようにも感じていた。
それを自覚したのかどうかは知らないが、ヘルベティアは一度息を吐き、それからすうっと冷たい笑みを浮かべてみせた。
「本当ならこんな風に向かい合って座ることすら許されないんですよぉ。あたしと対等だなんて、勘違いしないでくださいね」
閉口する。
とりあえずランチの件はティーバが戻ってきたらティーバに諭してもらおう。まさしく正面から対応するのは時間と精神力の無駄だ。
と、ティーバが戻ってきた。手には白い紙袋をぶら下げている。
「……車内販売があったから、お菓子とか買ってきた」
気まずそうにヘルベティアの横に腰掛けた。
そのヘルベティアは冷え切った顔から可憐な乙女風の表情へ、瞬時に切り替えた。
「さすがティーバ様! 優しいお気遣い!」
「いや、別に……」
「どれどれ、何を買ってきてくれたんだね」
所長が勝手に袋を漁り、クッキーの箱を取り出して開け始める。そして本を片手に食べ始める。屑がぽろぽろ落ちているのも意に介さない。
「カイリは、コーヒー」
「どうも」
冷たい缶のコーヒーを受け取る。
「あっ」
袋を覗いていたヘルベティアが突然声を上げた。
小さな赤い箱を手に取り顔を綻ばせる。
確かあれは、この国では定番の菓子で、ナッツが入ったキャラメル的なものだ。
「ティーバ様、覚えててくれたんですね。あたしがこれ好きって」
「……いや、そうだったかなって、思っただけで」
「──ありがとうございます」
頬を染めるヘルベティアはさっきまでの作ったような可愛らしさではなく、心から微笑んでいるようにも見えた。
ティーバは困ったように沈黙し、缶コーヒーを開けて口をつけた。
列車は長いトンネルに入り、暗闇の中、耳を塞ぐような轟音が響く。
──まだ旅は始まったばかりである。
暗く閉鎖的な窓の外を眺めながら、陳腐にもそんなことを実感していた。




