同行要請
総務係兼所長秘書であるヘルベティアは、総務係の一階フロアへの立ち入りを禁止されている。
理由は、ティーバへの接触を断つため。
ヘルベティアは、異常なまでにティーバに好意を向けており、ティーバはそれを心底迷惑に思っている。2人は幼い頃からの知り合いであるらしい。関係が拗れた詳しい事情は知らない。
ともかくその人間関係を踏まえて職場ができる精一杯の計らいが出禁措置だ。そもそも同じ職場に配属するなという気もするが、そのあたりの人事的な事には……恐らく所長が絡んでいると思っている。
「出張って、何の出張?」
2人で席に戻り、仕事に集中するソナを挟んで言葉を交わす。
「琥珀の民に関する重要な特殊遺物が、北の遺跡で出たんだ」
ティーバは端末の画面をつけながらぼそぼそと説明する。
「所長はほら、古代魔法文明の研究者だろう。それで保管してる北部遺跡管理事務所に見学に行きたいってなって、古代文明のことだから、ヘルベティアも連れて行こうとしたんだ」
ヘルベティアは古代魔法文明の民──“琥珀の民”の希少な末裔だ。かつての文明の謎を解く鍵を持つとして、キィト所長の側に置かれている。そのヘルベティアを遺物の見学に連れて行くのはまあ、理解できる。というより所長秘書なのだから、当然同行してしかるべきだろう。
しかしさすがに所長の個人的な研究目的で出張には行けない。であれば名目は、『特殊遺物の保管方法についての考察──他所の事例を参考に』といったところか。
そんな益体もない事を考えていると、「それで」とソナが仕事の手を止めて尋ねる。
「なんでティーバさんも行くんですか?」
ティーバはちらりとソナを見て、小さく溜息をついた。
「あいつが……ヘルベティアが、僕が一緒じゃないと行かないって駄々を捏ねたらしい」
「なんだそれ」
思わず口から出た。
「それで、所長に頼まれたのか」
ティーバは重々しく頷く。
「所長はヘルベティアがいないとだめらしくて、何とか一緒に来てくれって頭を下げられて……」
引き受けざるを得なかった、ということだ。
俺達は公務員だ。仕事に関して上司の命令は絶対である。
「あいつと」
ティーバは机に肘をつき、また頭を抱え始めてしまった。
「一緒に移動して、一緒に仕事して、一緒に食事して……一泊二日も。想像できない」
ソナは困ったようにこちらを見るが、残念ながら何もできない。肩を竦めるだけである。
しばらくそのままの体勢でじっとしていたティーバだが、
「そうだ」
と思いついたように顔を上げて俺を見る。
「カイリも一緒に……来てくれないか?」
「──は?」
「言い方悪いけど、ヘルベティアは、カイリのことよく思ってないだろ。でも、だから、僕とカイリ両方がいれば、あいつが中和されるんじゃないかな」
中和ってなんだ。
頭の良いティーバの言うこととは思えない。それほどまでにこいつは混乱しているらしい。
しかし申し訳ないがそれは承諾できない提案だ。
きっぱり断ろうとした時、窓口に探索士が何人も来て、慌てて受付に出た。
──とはいえ、ティーバだし。
今度は特に誰と揉めることもなく淡々と手続きを案内していく。
──落ち着けば事実を受け入れて、あいつなりに対処できるだろう。
そう楽観的に考えいた。
ティーバの馬鹿げた提案が採用されるなどとは、この時は思ってもいなかった。
§
目の前の、人を小馬鹿にしたような男の顔に、手にしている業務日誌を思い切り叩きつけたくなった。
……もちろんそんなことはしない。社会人だからだ。
代わりに、自分の思いは皮肉を込めて伝えておく。
「所長は、普段ヘルベティアが僕にどんな態度を取ってるか知ってますよね。よくそれで、僕に出張に同行しろなんて言えますね」
「だって」とキィト所長は口を尖らせた。その仕草も気に障る。
いい大人が、“だって”じゃないだろう。
「ヘルベティアはティーバくんがいないとだめで、ティーバくんはカギモトくんがいないとだめだっていうんだから、仕方がないだろう?」
「全然仕方がなくないですよ」
即座に言い返す。
「僕がいなくてもティーバならうまくやれます」
「そうかねえ」
手入れのされていない銀の髪をぼりぼりと掻き、所長は椅子の背にだらしなくもたれ腹の上で手を組んだ。
午後──所長室に呼び出された。
用件はいつもの業務日誌の提出のことだったのだが、ついでのように例の出張に同行するよう言われたのだ。
ティーバは本当に、俺を同行させるというあり得ない提案をいつの間にか所長にしていたらしい。
「──それじゃあ所長は、僕がトレックがいないとだめだって言ったら連れて行くんですか」
「お、それなら行ってくれるのかい?」
汚い机に身を乗り出す所長に「冗談ですよ」と言い捨てた。
とにかく、と所長から目を逸らし、本棚に床に行き場なく溢れる書物を見ながら告げる。
「僕は行きませんから」
「でもさ、きっと僕の研究に役立つことだよ?」
所長は組んだ手に顎を乗せ、上目遣いにこちらを見てきた。年齢不詳で胡散臭さしかないのに、青い瞳だけは少年のように輝いているのも気に食わない。
所長は口元を微かににやつかせながら続ける。
「つまり君が、元の世界に帰るためにも必要なことだということになるね」
「……そう言えば」
ノートを抱える手に力が入った。
「僕が何でも言うことを聞くと思ってるようですね」
「だってそうだろう? まあ、いいよ。最終的に決めるのは君ってことで」
悪びれもせずに所長は言い、ここで急に決定権を投げてくる。
──元の世界に帰るために。
その言葉を鼻先にぶら下げられたのならば、初めから俺には選択肢など与えられていないということだ。




