ティーバ・ロドランの出張騒動
ティーバ・ロドランが席で頭を抱えていた。
その光景がなんだか珍しくてしばらく眺めていると、隣のソナ・フラフニルが難しい顔でこちらを見て「カギモトさん」と声をひそめた。
「どうしたんですか、ティーバさん」
「さあ」
本当にわからないので正直に首を傾げる。
「所長に何か言われたのかな。さっき所長室から戻ってきてからだよね、ああなったの」
「何か嫌な仕事でも命じられたんでしょうか」
「うーん、どうだろ」
ちょっとやそっとの仕事で、ティーバという男がそう簡単に頭を抱えはしないだろう。
何かあったのは間違いないが、直接尋ねていいものか、少し悩んでしまうほどの様子である。
結局何か声を掛ける前に、窓口に訪れる探索士の姿が見えた。
本日の窓口当番である俺は、ティーバを尻目にループタイを締め直し、速やかに受付に出た。
§
「おまえじゃ話にならないな」と目の前の探索士の男は言い放った。
くたびれた服装に無精髭、吐く息は酒臭さを帯びており、まともに仕事をしている探索士には見えない。
「魔法の“ま”の字もわからない“杖無し”じゃなくて、もっと話のわかるやつを出してくれ」
「これは助成金のお話ですから」
努めて穏やかに返す。
「魔法のできるできないは置いておいて、あなたが探索士として今後どう活動していくのか、その具体的な計画立ててくださいねというご案内なのですが」
「だからおまえに言ったところで理解できないだろうが」
探索士の男は机に頬杖をつき、物わかりが悪い人間を見るようにこちらを睨んだ。
開口一番「探索士向けの助成金を受けたい」という男の言葉を聞いて対応場所を座って話せるブースに移動したのだが、これはしばらく時間がかかりそうである。
「先程、助成金を受けるにはいくつか条件があると申し上げましたが──」
机の上の書類を手で示す。
「まずは活動計画書の提出が必須になります。様式をお渡ししますので、お早めに」
ばん、と男が机を叩いた。
「だからおまえじゃだめなんだって言ってるんだよ」
内心で溜め息をついた。
この手の人間に正論を述べるのは得策ではないが、立場上、正論しか言えない。曖昧なことを言って相手に誤解曲解されても困るからだ。しかし相手が初めから聞く耳を持たないのならばそれ以前の問題であり、正面から対応しても時間の無駄でしかない。
──誰かに代わってもらった方が早く済む。
不本意ながらそう判断し、「一旦失礼します」と腰を浮かせかけたところ、ブースを覗き込むティーバの姿を見つけた。
黒縁の眼鏡越しに目が合うとティーバは微かに頷き、一言断ってブースに入り込んできた。
ぼさぼさ頭に猫背のティーバは陰気臭い職員に見えるだろうが、探索士には問題なく魔法の使える人間だと判断されたらしい。
男の態度は軟化し、ティーバの説明を聞き終えると様式を手にして去っていった。
「はあ」
ブースにティーバと2人になり、思わず溜息が出た。
「ごめん、余計なことをしたか?」
ティーバが気遣うように訊いた。
「いや」と苦笑いを浮かべる。
「ちょうど誰か呼びに行こうと思ったんだ。気づいてくれて助かったよ。タイミングいいね」
「カイリのことは気にかけてる。いつも」
「あ……そう」
聞く人が聞くと関係を誤解されかねない発言にはいつもひやりとするが、ティーバがいたって真面目なのはわかっている。
そんなに気にかけてもらっているのにこちらが気にかけないのはやはり、悪いだろう。
窓口に客が来ていないのを確かめてから尋ねる。
「何かあった? ティーバ」
「えっ」
「さっき席で頭抱えてただろ、所長に何か言われた?」
「頭、抱えてた?……僕が?」
ティーバは怪訝そうに聞き返した。
まさかこいつは、自分で気がついていなかったのだろうか。
急に心配になってきた。
「あの、何かあったんなら聞くよ」
「……」
ティーバは俯き、微かに口を動かしたようだがよく聞こえなかった。
「ん? 何?」
出張に、となお細々とした声でティーバは言う。
「同行することになった。所長の」
「出張……。それがそんなに嫌か? まあ、あの所長と一緒ってのは確かに嫌だろうけど」
「ヘルベティアも」
「え?」
「ヘルベティアも一緒らしいんだ。一泊二日」
「……」
ティーバ・ロドランは大切な同僚だ。
どんなことでも励まそうと思っていたし、できる協力は惜しまないつもりだった。
しかし──ティーバには悪いが、この件に関して俺にできることなど、何もないだろう。




