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カギモト・カイリの休日の過ごし方 4/4

かなり重たい感じの話です。

 

 助手席の鍵本は、今にも寝る寸前のような顔をしながらも、車窓に流れていく景色をじっと睨んでいた。

 決して眠るまいという強い意志を感じる。

「──おい、別に寝たっていいんだぞ。事務所までもう少しかかる」

 ハンドルを握りながらそう声をかけるが、鍵本は「いえ」と拒否した。

「寝てる間にレンちゃんのとこ連れてこうとか考えてねえから」

「……」

 今日は本当にそんなつもりはなかったのだが、鍵本は疑わしそうな視線をこちらに向ける。

 それからひどく気怠げな溜め息をつき、椅子の背にもたれて再び窓の外を眺め始めた。

 何度目かの信号で止まり、舌打ちが出る。

 ふと見れば鍵本は眠っていた。

 しかしあまり穏やかな寝顔には見えない。今朝と違って、少し声をかければすぐに目を覚ましそうだ。

 信号が変わり、アクセルを踏む。

 少し、遠回りをしてやるか。


──頭は悪くない。根性もある。肝も据わっている。


 腕を組んで眠る鍵本を横目にハンドルを切る。


──でもこいつは、この世界で“杖無し”として生きるには、繊細すぎる。


 それとも俺はこの世界で恵まれた立場を得られたから、理解ができないだけか?

 俺も“杖無し”としてこの世界に連れてこられたとしたら、こいつと同じようになっていたのだろうか。


──いや。


 前をのろのろと走る車に文句が出そうになるのをこらえた。


 あっちの世界は、俺にとってはクソみたいな場所だった。クソみたいな家族にクソみたいな会社。

 あの世界から抜け出せるのなら、俺は“杖無し”だろうがなんだろうが、何になっても良かったんだと思う。

 この世界に来た被回収者のほとんどは、俺と同じようなもんだ。そういう人間こそが魔力を発現し得るともいえる。

 だから鍵本は、本当に例外なのだ。


 鍵本海里。

 回収当時は19歳。都内で1人暮らしの大学生。

 地元は北海道。両親と3つ上の兄がいる。特別裕福ではないが余裕のある家庭で、家族に愛され不自由のない生活を送ってきた。  

 勉強、運動も人並み以上、名の通った都内の大学に進学。

 地元でも大学でも良好な人間関係を築き、同じ高校出身で一緒に上京した入江まひろと交際していた。

 育ちが良くて人も良く、自己肯定感が高い。文句無しの好青年といえる。


 ……たいていの困難なら、こいつは乗り越えられただろう。

 だがそんな鍵本が追い詰められるほどに、この世界で“杖無し”で在ることは──日陰ではないところを歩もうとする“杖無し”への扱いは、クソだということだ。

 こいつが連れてこられてすぐ放り込まれた被回収者向け研修プログラムでは、同期や講師陣から相当陰湿で悪質な嫌がらせを受けていたと後で知った。

 平等法とは名ばかりで、外を歩けば蔑む視線を、罵倒を、時には暴力を受ける生活が、終わりなく続いていく。 


 知らず、唇を噛んでいた。


 自分の身を最低限守れるくらいに鍛えてやれば、多少は前向きになれると考えていた。

 しかし、そんなに簡単な話ではなかった。

 社会は複雑だ。


 西部遺跡管理事務所にこいつが採用されたのは……今のところは良かったといえるだろう。

 所長キィト・ザクソンのおかげで鍵本は、元の世界へ帰れるかもしれないという希望を持つことができたからだ。

 あの男の研究とやらがどれだけ現実的なものなのかはわからない。魔力発現可能性がゼロだと証明するなど、正直無理ではないかと俺は思っている。

 それでも、その塵にも満たないような小さな希望に鍵本は縋っている。

 向こうの世界の思い出への執着と、帰郷への願い。その2つだけで、鍵本は自分自身を支えているに過ぎない。

 歪んでいる。

 しかし、今日の鍵本のあの顔、あの目。

 2つの支えのどちらかでも失えば、こいつは──


 車が段差で軽く跳ね、がくりと揺られた鍵本が小さく唸り体勢を変える。目は覚まさないようだ。

 車通りは少なくなり、愛車は滑るように夜道を走っていく。


 時々思う。

 鍵本を魔力発現者として発見した時、既にこいつの魔力は一欠片もなかった。俺の判断で見逃すこともできたのかもしれない。

 そんな、今さら考えても仕方のないことが頭をよぎることがある。


 回収者としての育成義務期間はとっくに過ぎているが、もう少し、目をかけてやらなければならないだろう。


──同郷のよしみというやつだ。


 それに。

 自分の力で、少しずつでも周りに理解者を増やしているこいつの姿を見ていると、魔力至上主義社会であるこの世界での、“杖無し”の新たな在り方を示しているような気もする。

 魔力の有無を越えた、別の価値を。


 そこまで考えて、ひとりで首を振る。


──小難しいことを考えるのは性に合わないな。


 西部遺跡管理事務所に到着した。

 このあたりは街灯も少なく、ひっそりとして暗い。

 運転席から建物を見上げる。


 こいつの職場には、例の組織のやつらが在籍しているとキィトから聞いている。

 “杖無し”の排除を望む者達──過激派の『クロク』。最近若い奴らを取り込んで、動きが活発になっているのは魔法取締局としても注視している。

 それに、ここには『琥珀の民』の末裔、ヘルベティアもいる。鍵本のような“杖無し”とは相性が最悪だ。

 まったく混沌とした職場である。所長のキィトは一体何を考えているのかわからない。俺から見ても、あいつは食えない男だ。

 ともかく、鍵本の身近には味方もいるが危険もあるということだ。今までどおり、気をつけてもらうしかないだろう。


「ついたぞカギモト」

 しばらく車を停めていた後、軽く声を掛けるだけで鍵本はばちっと目を覚ました。

 辺りを見回し、腕時計を確認する。

「……けっこう、かかりましたね」

「道が混んでたんだよ。ほら降りろ。荷物、部屋に運んでやるから」

「ありがとうございます」と言いながら、鍵本は怪訝そうに俺を見た。

「なんだ」

「いや……」

 鍵本は頭を掻きながら首を傾げる。

「いつもより、マツバさんが優しく見える。おかしい」

「いやおかしくねえよ。俺はいつも優しいだろ」

「はあ、自分ではそう思ってるんですか」

 腑に落ちない様子で鍵本はゆっくりと車を降りた。

 運搬魔法で荷物を地下の部屋まで運び入れてやる。

 ただでさえ汚い鍵本の部屋に、さらに大量の物が増えた。

「今日は、ありがとうございました」

 鍵本は律儀に頭を下げる。

「とても充実した休日でした。おかげで明日仕事に行ける気がしません」

「そんなら有休でもとって、この部屋片付けろよな。それかカウンセリングに行け」

 それには返事をせず、鍵本は苦笑いを浮かべただけだった。

 ポケットに手を突っ込んだまま、鍵本を見下ろす。

 こいつを見ていると、いつも言いたくなる。


 もっと楽にしろよ、と。

 

 おまえを見ているやつはいる。支えようと手を差し伸べるやつもいる。


 だがそんなことは軽々しく言えない。その場しのぎの半端な逃げ道を作ることが、こいつにとっては一番残酷なことだ。


「おまえ」

 代わりに出たのは別の言葉だった。

「根性あるよ、ほんと」

 鍵本の瞳が一瞬揺らいだように見えたが、すぐに訝しげな顔をする。

「やっぱりおかしい」

「おかしくねえって。──じゃあ、またな」

 薄暗く埃っぽい、西部遺跡管理事務所の地下階段を登る。

 ここの住環境は、あまり健全ではない気がする。


──今度は掃除しに来てやるか。


 今朝の慌てようを見れば、寝込みを襲われる訓練もした方がいいかもしれないな、とも考える。

 これも同郷のよしみということにしておこう。

 あいつは心底嫌がるだろう。

 だがどれだけ堅牢な鍵をかけようが、俺の前には関係ない。


§


 洗面台で歯を磨く。

 鏡の前には顔色の悪い自分がいた。


 さっき車で中途半端にうたた寝したせいで、余計に眠い。何もする気が起きない。

 明日の仕事に、冗談ではなく本当に行ける気がしない。


──有休取ろうかな。


 そんな思いが頭を掠めた。

 本部からの査察も何とか終えて、差し迫った仕事はないはずだ。1日くらい不在にしたって大丈夫だろう。どうせ休みも余っている。

 そう考えだしたら止まらなくなってきた。

 仕事は嫌いではない。むしろ仕事に打ち込んでいる時は余計なことは考えずに済む。

 しかし、体も気持ちも疲れていた。

 ただだらだらと部屋に引きこもって、無為に過ごす。たまにはそれもいい。


 口をゆすいでベッドに戻り、最後にいつ洗ったかも覚えていないシーツに身を預けた。


 何も考えたくない。

 そう思った瞬間に、マツバの話を思い出す。


 ──入江まひろは結婚した。


 目を閉じて、4年前の彼女の面影を探す。

 優しく俺を呼ぶその声を思い起こす。

 その行為が惨めで、苦しくなるだけなのはわかっていた。

「う……」

 喉の奥から呻き声が漏れた。

 俺がいなくても時は進む。

 頭では理解していたが、その事実を正面から突きつけられた気分だ。

 それを自ら求めているのだから、どうしようもない。

 健全じゃないと言うマツバの言葉。それもまた事実だろう。

 でも。

 

 ゆっくりと、目を開ける。

 暗く、絶望的なまでに散らかりきった部屋がある。


 この痛みが。

 俺をこの世界で支えてくれる。

 だから俺は、過去の良き日に浸ることをやめない。やめることができない。


 ──それでも。

 

 深く、大きく息を吐いた。


「……やっぱり、休みはなしだ」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 仕事に行けばまた、カギモト・カイリとしてのいつもの日々が始まる。

 何かに忙殺されている方が……。


 ──いや、ちがう。


 総務係の面々が自分に向けてくれる優しさを、ほんの小さなものでもいいから感じたいと思ってしまったのだ。


 それは、甘えか。 


 固く目を閉じて、眠気に身を委ねる。


──でも、たまにはそれくらい、いいだろう?


 他の誰でもない自分自身に許可を求めても返事はない。

 早く朝になればいいと祈りながら、眠りについた。

思ったよりも重たいラストになってしまいました。

この後はもう少し明るい仕事回にしたいなと思っています。

またお付き合いいただければ幸いです。

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