カギモト・カイリの休日の過ごし方 2/4
5階建ての大きな店舗である。
食料品から日用雑貨、家庭用魔導機械まで一箇所で揃えられる便利な場所だ。
上のフロアから順に、メモを見ながら商品をかごに入れていく。
マツバは後ろからだらだらと怠そうについてきていた。
上下光沢のある紫色のスウェットのような服に、銀のスニーカー。耳や手にはごつごつとした金のアクセサリー。改めて外で見ると、随分と珍妙な格好だ。
というよりも、正直あまり一緒に歩きたくない類の人間である。
「何見てんだよ」
睨まれたので「別に」と目をそらす。
マツバは気にしてもいないが、実際店の中でも目立っていた。
それは俺含め──でもある。
魔力の一切無い“杖無し”である自分は、そこにいるだけで、悪い意味で人目を引く。その同行者が派手な服の男であれば嫌でも目立ってしまうだろう。
店に入ってからずっと、無遠慮ともいえる視線をいくつも向けられているのは感じていた。
しかしマツバが発する得体の知れない雰囲気のおかげだと思うが、特に絡まれることもなく──買い物は滞りなく終わった。
購入品は大量だった。そこはマツバが運搬魔法を使用してくれて、軽々と車まで運び入れていく。
「あの、腹減ったんですけど。俺朝から何も食べてないんで。何か食べに……」
「寝坊するのが悪い」
荷物を積み終えたマツバは運転席に乗り込む。
「時間も押してんだ。今買った携帯食料でも入れとけ」
「……」
拒否権はなかった。
言われたとおりに味気ない携帯食料をもそもそと食べながら再び車に揺られる。
こんな貧相な食事だけで、いつもの訓練をこなすのだと思うと……憂鬱だ。
マツバの車が向かうのは、魔法取締局が密かに使用する地下の訓練場だった。
§
認識を妨害する強力な魔法が掛けられた雑居ビル。
他のビルの間に当然のように建っている、何の変哲もない細く味気ない建物だった。
そこに存在していることはわかるのに、何度も来ているはずなのに、何の印象にも残らない。マツバに連れられていなければ、絶対にそこが訓練場の入口だとはわからないだろう。
マツバは色褪せた塗装の扉を押し開け、狭い廊下をとおり、地下の階段を降りていく。階段は深い。
地上から離れていくことにいつも何となく不安を感じつつ、後について行った。
階下には奇妙な紋様の描かれた扉がある。それにマツバが触れると、小さく鍵の開く音がした。
重たい扉を開けば、だだっ広い空間が広がっていた。壁も天井も灰色で、床には体育館のようにさまざまな色の線が規則的に描かれている。
「この部屋17時まで借りてる」
マツバはおもむろにスウェットを脱ぎ、Tシャツ姿になる。いつも奇天烈な服装に隠されているが、実は鍛え上げられた体躯をしている。やはり、魔法取締局の職員ではある。
こちらも半袖になっていると、「とりあえず、20周な」と軽く言われた。
「20……」
「さっさと行け」
げんなりした気分で靴紐を締め直し、運動場を走り始める。
事務所の地下の自室にはマツバに命じられてランニングマシンを置いており、定期的に走ってはいるが、ろくに食べていない残業明けの体でこの走り込みはきつすぎる。
すぐに息が上がり、汗が噴き出してきた。
「おい、ペース落ちてんぞ」
マツバは壁にもたれ、退屈そうにしている。
言葉を返すことはおろか睨む余裕もない。
何とか走り切り息を整えていると、「次はいつもの筋トレメニューな」と無情な指示が飛んでくる。
──どこの軍隊だよ。
しかしやらなければ余計にひどいことになるので、黙ってこなすしかない。
腕立てなんかもなるべく自室でやるようにしているから、これも何とか……やりきった。
冷たい床に倒れ込む。
「し……死ぬ……」
「おいおい若者。バテるんじゃねえよ」
マツバがふらりと近づいてくる。
「水だけ飲んだらすぐに準備しろ」
「……」
悲鳴を上げる体に鞭打って、床から身体を起こした。
§
いつも持ち歩いている黒い伸縮式の金属棒……警棒と呼ぶのが正しいのかわからないが、それを伸ばした状態で手に握る。
これは所長のキィトが作ったもので、所持して出歩くことが法に引っ掛かかるすれすれの威力を備えた護身具である。
運動場の真ん中で、マツバと向き合う。マツバは何も持たずにだらりと両手を下ろして立っている。
「じゃあ行くぞ」
言うと同時にマツバが右手をこちらに向けた。魔法の予備動作だ。
たいていの魔法の使い手は魔法発動前に予備動作を必要とする。そこに、恰好の隙が生まれる。
──ま、俺クラスになると予備動作なしで魔法を撃てちゃうんだけどな。
と前にマツバは言っていた。
そんな相手と相対した場合はどうすればいいのか尋ねると、「その時は全力で逃げることだけを考えろ」とのことだ。
とにかく今は訓練なので、マツバは予備動作を演じてくれている。
だからと言って気は抜けない。緊張感の無さが伝わると、マツバはこちらが負傷するのも躊躇わない攻撃を叩き込んでくる。
迷わずひと思いにマツバとの距離を詰め、相手の懐に入り込む。微かににやけるその顔目掛けて棒を振った。
マツバのほんの僅かな傾きでその振りを躱される。
床に軸足を置き、体をひねってその胴に蹴りを──。くるりと半回転で避けたマツバが再び腕を上げる。
──させるか。
至近距離で魔法を喰らうかもしれない。その恐怖はある。
しかし徹底的に排さなければならない。相手に張り付き、魔法を発動させる間を与えないよう執拗に攻撃を繰り出す。
魔法を使われたら終わりだ。
マツバは呼吸を乱すこともなく、自分の必死の攻撃も軽くいなされてしまう。
その余裕ぶった顔が腹立たしい。いつもだ。
先週の試験準備に続けて、貴重な休みをこんな男と過ごしているのかと思うと、何とも言い難い悔しさもある。
「くそっ」
たぶん、気持ちが乱れた。
横殴りに振った警棒を、マツバの腕に難なく防がれた。唯一の武器が弾き飛ばされてしまう。
飛んでいく棒を目で追っていると、マツバが凶悪な笑みを浮かべて手のひらを向けていた。あっと思う間もなく、自分の体は背後に吹き飛ばされた。
§
「ま、動きは悪くねえよ、うん」
水のボトルを飲み干しながらマツバが言う。浅黒い肌には汗ひとつ浮かんでいない。
「やっぱこないだの実戦がきいてるかもな。ちょっと気迫あったぞ」
「……そうですか」
死んだように床に伏していた。
“こないだの実戦”……クルベ通りでのことだろう。
「いやあ、おまえがやられなかったのもこの訓練の賜物だよな。ほれ、俺に感謝しろよ」
「……」
つま先で脇腹を小突かれる。
吐きそうだ。
こんな厳しい訓練をして、辛い思いをしてまで──そこまでして俺は、この世界で自分の命を守る術を身につけたいと思っているのだろうか。
あまり突き詰めて考えたくはないのだが、そこに疑問の余地は大いにあった。
──けれども。
クルベ通りではソナ・フラフニルがいた。他の住人達もいた。
マツバの言うとおり、訓練があったからこそ、あの場面で魔法の使えない人間なりに貢献できたのではとも思える。
誰かを守るその一端を担えたのかもしれない。
それは収穫だったと言えなくもない。
「おい、大丈夫か?」
マツバがしゃがんで覗き込んでくる。
普段は軽薄で、血も通っていないような言動を平然と行う男だが、時折こちらを心配するような顔を見せる。
回収者だからなのか、同郷のよしみだからなのか。
妙に世話焼きなところがあるこのマツバという男はどうしても──好きにはなれない。
「大丈夫です」と答えて重たい体を起こした。とにかく疲弊していたが、特に痛むところなどないのは指導するマツバの技量によるものだろう。
「そんならシャワー浴びて着替えろ。飯に行くぞ。予約してるからな」
「予約?」
マツバは笑う。どう贔屓目に見たって人相が悪い。
「最近できた店でな、一回行ったけど良かったんだ。連れて行ってやるよ」




