カギモト・カイリの休日の過ごし方 1/4
やかましい。
音が。響いている。
頭の中か、外で。
どうして止まない。うるさい。
「──ろ」
うるさい。目を閉じたまま、耳を塞ぐ。
「起きろカギモト!」
「うわっ!?」
殴りつけてくるような怒声に跳ね起きた。
誰もいないはずの薄暗い自室。
そのはずなのに、目の前に人がいる。
血の気が引いた。
「ひいぃっ! なっ、だ──」
「寝惚けんな、俺だ」
「いたっ」
狼狽えていると思い切り頭を叩かれた。
その痛みで、ようやく思考が巡り出す。
目の前にいる、黒髪に金髪メッシュの入った奇妙な頭の男は、この男は──あれだ。ええと。
「ま、マツバ、さん……?」
呟いてはっとする。
身体を素早く起こして壁際に後退りした。
「な、なんで俺の部屋に! ど、どどうやって」
「落ち着けよ、俺を誰だと思ってる」
マツバ・トオルは肩をすくめた。
「魔法取締局だぜ? どんな堅牢な鍵の部屋でも入れちゃうの」
「……」
「おい、犯罪者を見るような顔するな」
「いや犯罪ですよ。不法侵入だ」
ここ……西部遺跡管理事務所の地下室にいるということはつまり、施錠されている庁舎にも堂々と侵入しているということだ。これを不法侵入と言わずして何というのか。
溜め息をつき、マツバは冷たい目を向ける。
「今日は休日だ。約束しただろ、今何時だと思ってる」
「……」
言われて、ベッド横の雑然と物が積まれたローテーブルから腕時計を探り、確認する。
針は正午に近づいていた。
休日。約束。マツバ・トオル……。
「──あ」
「あ、じゃねえよ。どんだけドア叩いても起きねえんだ。何かあったのかとも思うだろうが」
「す……すみません。昨日遅くまで残業してて……」
謝るのは癪だが……今回はこちらが悪い。確かに約束していたのだ。
今日はこの男と日用品の買い出し、護身用の訓練、そして、“海向こうの世界”──元の世界についての話を聞く日だった。
「また残業か。つうか、いつもながらひどい部屋に住んでんな。残業より掃除すべきだろ」
マツバは顔をしかめて部屋を見回した。
床や机の上には脱いだ服が散乱し、書類や本がしまわれずにあちこちに散らばっており、仕事の鞄が隅に投げ捨てられ、確かにお世辞にもきれいとは言えない。
だが汚くても、死ぬわけではない。
「あの、勝手に触らないでくださいね。わかんなくなっちゃうんで」
言いながら、洗面台に向かう。
「触わりたくねえよ。早く準備しろ」
その言葉に尻を叩かれるように急いでシャワーを浴び、身支度をした。
§
前日の雨は止んでいたが、空気には湿り気が残り、うっすらと肌寒い。
マツバとの移動は彼ご自慢の魔導車に乗せられるので、気温の心配はあまりいらない。とりあえず、動きやすい服と靴で家を出た。
サングラスをかけたマツバは鼻歌交じりに、真っ白なボディの魔導車を走らせる。
そんなマツバを横目に助手席にもたれながら、メモ帳に今日何を買うかのメモをしていた。
簡易食料に水、石鹸なんかの日用品、肌着、仕事用のシャツ……。
平日買いに行く暇もなく、ネット通販もあまり発達していないこの世界では、休みの日にまとめ買いするしかない。
必要な物資を一箇所で揃えられるような大型の店は西部遺跡管理事務所からは遠いため、月に一度、不本意ながらマツバ・トオルに車を出してもらうのが恒例となっていた。
「相変わらずきったねえ字」
前を向いたままマツバが言った。
「おまえそれで仕事に支障出ないの?」
「車だと揺れるからです。普段はもっときれいですから」
平然と答えると、「見栄を張るな」と切り捨てられた。
同じ店に向かう人が多いのだろう。道路は他の魔導車で混み出してきた。
信号で止まるたび、マツバは金の指輪をいくつも嵌めた指でハンドルを苛立たしげに叩く。
「渋滞が嫌なら飛行魔導車にすればいいんじゃないですか」
書き終えたメモをポケットにしまう。
「買えますよね、マツバさんの給料なら」
「わかってねえな」とマツバは鼻を鳴らす。
「車は地面を感じながら走ってなんぼなの。飛ぶなんてそんなの──車じゃねえ」
「はあ」
よくわからない理屈だが、マツバなりの地を走る車への愛なのだと納得する。
白い魔導車はのろのろと進み、店に着いたのは昼を大幅に過ぎた頃だった。




