第1話 新入職員 ソナ・フラフニル
改行等一部修正しました。
ソナ・フラフニルは眼前の建物を見上げた。
元は、西部地区の名家の屋敷を国が買い取って改修したものらしい。質素堅実な主だったのか、地味ではあるが中々趣があるともいえる。
ただ、かなりの年季が入っている。
煤けた壁や曇った窓ガラス、ひび割れた敷石など、建物全体が醸し出す雰囲気は、今の頭上の曇天にも似た陰鬱さを纏っていた。
──ここが。
カノダリア国国家公務員として採用されたソナの、初めての配属先である。
立ち尽くすソナに冷たく乾いた風が吹きつけ、思わずぶるりと身を震わせた。
──いつまでも建物を眺めていても仕方がない。
折り畳み箒を入れた黒いケースを肩にかけ直し、一つ結びの髪紐をきつく締める。
ソナは塗装の剥がれかけた門の取手に手を伸ばした。
「──あっ、ソナさんですか?」
ソナが開けるよりも前に、門の向こう側から小走りに駆けてくる女性がいた。
歳の程はソナと同じくらい。
遺跡管理事務所の事務職であることを示す、地味な濃灰のローブを身に着けた女性である。
「寒いのにお待たせしてすみません。今開けますね」
女性が力を入れて取手を引くと、鉄の門はか細い悲鳴を上げながらゆっくりと開いた。
「西部遺跡管理事務所へようこそ、ソナ・フラフニルさん」
ソナを出迎えた若い女性職員は、にこりと微笑んだ。
………………
ナナキ・ナディアとその女性は名乗った。
「ソナさんと同じ総務係です。よろしくお願いしますね」
職員用の通用口から事務所に入り、窓のない薄暗く寒い廊下を歩きながら、ナナキは人懐っこそうに言った。
「……よろしくお願いします」
「えっと、先に所長と挨拶ということになってるんで、まず所長室に案内しますね。地下なんですけど」
──所長室が地下?
その組織の長であれば、普通は最上階ではないのだろうか。
言葉には出さないものの眉を顰めるソナに、ナナキは苦笑いを浮かべた。
「やっぱり……変ですよね。──あ、階段はこっちです」
ナナキが廊下の一つの扉を開けると、職員用らしい暗い階段室があった。
迷いなく降りていくナナキの後を、ソナは黙ってついて行く。
地下は、埃や黴が混ざったような湿った匂いが漂っていた。
廊下の輪郭が辛うじてわかる程度の最低限の照明しかない。
「資料室」や「遺物保管室」と札が下げられた扉の前を通り過ぎて行く。
廊下の突き当りの扉の前で、ナナキが足を止めてくるりと振り返った。
「──あの、うちの所長、本当に変わってるんです」
何も聞いていないのに言い訳するようにナナキが言った。
「でも、悪い人ではないんです」
「……はあ」
それ以上の返事がソナにはできない。
「この事務所の人達も、癖が強いというか、えっと……いろんな人達がいます。でもみなさん、一生懸命お仕事してますから」
「……」
ナナキが何を言いたいのか掴めないソナは、ただ黙っている。
「だから私は」とナナキはソナをまっすぐ見て、控えめに微笑んだ。
「ここが……ソナさんにとって素敵な職場になるといいなって──そう思ってます」
「……」
──そうなるはずがない。
ソナは確信していた。
ただそれを、目の前の人の良さそうな相手に告げるほど空気の読めない人間でもない。
「……ありがとうございます」
形式的にそう答えた。




