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雷神様の本当の名前



夕暮れの気配が、天上の空にゆるやかに降り始めた頃。

私は神殿の縁側に座り、ぼんやりと雲の流れを眺めていた。


居場所がなくなった私に雷神様はこの場所を居場所にしていいと言ってくれた。


すごく嬉しいことだった。

でも、お母様のところに行くことは出来ないのよね……。


お母様のお墓は村にある。

そこから離れてしまうことが気がかりだった。


思いを巡らせていると、背後に気配を感じた。


振り返ると、そこには雷神様が静かに立っていた。


「美鈴」


「……はい」


私が振り返ると、彼はしばし黙ったあと、唐突に言った。


「気晴らしに……散歩でもしに行かないか」


「……え?」


雷神様が気晴らしなんて言葉を使うなんて、珍しい。


「少し……空気の違う場所へ歩きに行こう」


「はい……」


私は、はっとした。


もしかして、私がずっと落ち込んでると思って言ってくれているのかな?


昔からずっと恐れられていた雷神様。

でもその本当の姿は人の心が分かる強くて優しい人だ。


私が立ち上がると、雷神様はくるりと踵を返し、神殿の裏手へと歩き出した。


その背を、私はゆっくり追いかける。


雲を渡る細道を抜け、岩壁の間の階段を下っていくと、空気がひんやりと変わっていった。


こんなところがあるんだ……。


まだ雷鳴山のことはよく知らない。


どれくらい大きいのかとか、何がいるのかとか、どんな場所があるのかとか……本で読んでも全てを知れるわけじゃない。


しばらく歩いてたどり着いた場所は空気の澄んだ神秘的な場所だった。


「うわぁ……」


目の前に現れたのは、まるで空から落ちてくる光の滝。


水ではない。

そこを流れているのは、まばゆいほどの雷の奔流だった。


黄金色の稲妻の帯が、絶え間なく空から流れ落ち、足元の岩にぶつかると、静かに消えていく。


音は確かにあるのに、風は冷たくもなく、湿り気もない。


ただ、静かに光が流れ落ちている。


こんな場所見たことがない……。


「……ここは?」


私は思わず尋ねた。


「雷の滝と呼ばれる場所だ。雷の柱が、天から地に流れ落ちる唯一の場所。……神々の力が、最も素直に形を成す場所とも言われている」


雷神様は、滝の手前まで歩み寄ると、静かに振り返った。


「ここには俺がいないと来られない」


「そうなんですね!」


「よくここで一人で過ごしていた。誰も近づかぬこの地は……何も考えなくてすむ」


そっか……。

やっぱり雷神様は私のことを心配してここに連れてきてくれたんだ。


「おいで」


雷神様がそっと私に向かって手を伸ばす。


私は少し戸惑いながらも、その隣に並んだ。


滝の雷光は、じんわりと胸の奥を照らすように光を放っている。


ぼーっと見ていると、すごく落ち着くんだ。


「……なんだか、元気が出てきますね」


「それなら良かった」


雷神様はわずかに目を細めた。

言葉を発さないまま、長い沈黙が続く。


だけどその沈黙は、重たくはなかった。


むしろ、心の奥がゆっくりとほどけていくような、そんな優しい時間。

その時、私はふと思った。


「……そういえば、雷神様って……本当のお名前、あるんですか?」


ずっと雷神様と呼んでいたけれど、雷神様って神様の名前でその中にも名前が本来はあるのよね?


雷神様は、少しだけ目を伏せて滝を見つめたまま、答えた。


「……ある。だが、この名を呼ぶ者は……天上でも、ほとんどいないな」


「そうなんですね」


人間の世界よりも名前を呼ぶことは、重要視されていないのかな。


それとも名前を呼ぶのは禁忌とされてる?


「ああ、でも言えなかったら別に……」


そんなことを考えていると、彼は静かに言った。


「ライエン。それが俺の名だ」


彼は、静かに答えた。


「……ライエン様」


カッコイイ名前……。

すごく雷神様にピッタリなお名前。


「ステキですね」


そう伝えると、雷神様は少し寂しそうに目を細めて笑った。


「そうか?父も母もこの名は口にしなかった」


えっ。

どうしてだろう?


普通両親だったら名前を呼ぶわよね?


雷神様はいつもひとりでいるし、なにか事情があるのかな。


遠くをみている雷神様を見て、私はつい声をかけてしまった。


「あ、あの……私はライエン様とお呼びしても……?」


不安げに尋ねると、彼は少し考えた末言った。


「ああ、好きにするといい」


「はい……!」


私は思わず微笑んでしまった。


風がまた、ふたりの間をやさしく吹き抜ける。


「……ライエン様」


その名をそっと口にすると、雷神様……いや、ライエン様はその瞬間、わずかに目を細めた。


──ドキン。


その視線は、まるで――

愛おしいとでもいいたげな、やわらかさを含んでいた。


って、考えすぎよね。


普段は決して誰にも見せることのない鋼のような表情の奥に、ほんのひとしずく、温かな光が差し込んだようで、ドキドキしてしまうんだ。


「その名を、美鈴に呼ばれるのは……悪くない」


その言葉が、空気に溶けるように響いて。

私はただ、胸の奥で熱を感じながら、そっと唇を結んだ。


「じゃあまた呼んでもいいですか?」


「……ああ」


短い返事だったけれど、その声はいつもよりやさしかった。


風が吹いて、私の髪をそっとなでていく。


「美鈴」


ばっと顔をあげると、思った以上に近くに雷神様の姿があった。


──ドキン。


ライエン、さま……。


「キミの居場所は必ず俺が守る。安心して側にいればいい」


そう言ってライエン様は私の髪をさらりと撫でた。


「はい……っ」


もう少しだけ、ここにいたい。

もう少しだけ、ライエン様と、この光を見ていたい。


そう、心から思った。





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