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雷神様の住むところ



ふわりと意識が浮上し、気がつくと柔らかな布団の中にいた。


どこからか漂う温かさに包まれながら薄く目を開けると、目の前には見たことのない生物がわたしの周りを取り囲んでいる。


「ねぇ、ねぇモルン~~人間起きたゾ」


「ねぇ、ねぇマルン~~人間起きたね」


耳をピクピクと動かしながら、二匹の小さな生物が楽しげに囁き合っている。


この子たちはキツネ……?


キツネのような見た目をしているけれど、ただの狐には見えない。


フワフワと宙を浮いたり、しゃべっていたり……。


村にいた頃には見たこともない生物がそこにはいた。


モルンと呼ばれている子は、瞳は透き通るような淡いピンク色で、尻尾は短くふわっとしていて、動くたびに愛らしく揺れている。


もう一匹のマルンと呼ばれる子は、同じく白い毛並みを持っているが、毛には銀の光が混じっており、耳は少し小さめ。


瞳は鮮やかな青色をしていた。


「なんか驚いてるんだゾ?」


「人間は僕らのこと、見たことないからビックリしてるんだゾ」


ぱちぱちと瞬きをする。

するとふたりの生物は自己紹介をし始めた。


「僕はモルンって言うんだゾ」


「僕はマルンって言うんだジョ。僕たちは狐のあやかしなんだジョ」


「狐のあやかし……!?」


「そうだゾ。僕たちはこの天上で雷神様と一緒に暮らしてるんだぞ」


「ここは天の上……」


私は雷神様に殺されたんじゃなかったの?

それとも殺されたからここにいるの?


状況がつかめない。


「それで、名前はなんて言うんだジョ?」


「あっ、えっと……美鈴と申します」


私が名前を名乗ると、あやかしのモルンは嬉しそうに立ち上がった。


「じゃあ美鈴。ご飯が出来たから、ご飯を食べるんだゾ」


「ご飯……?」


「そうだ、食べるジョー!!」


目の前の狐たちは私の手をぐいっと引くと、奥の広間に案内してきた。


机にはじゃがいもの煮物に味噌汁、それにご飯と色とりどりの野菜やフルーツ。


見たことの無いキラキラした食べ物がずらりと並べられていた。


透きとおる薄桃色の果実にまるで夜空の星をそのまま閉じ込めたようなゼリー。


食べるとしゃらんと音が鳴りそうな、透きとおった氷のようなお菓子も並んでいる。


「こ、これは……」


「僕たちは人間界のご飯を食べたりはしないのだけど、雷神様が口に合うものを作ってあげろって言うから作ってみたんだゾ~」


「僕たちは空想から何かを作り出すことが得意なんだジョ~」


空想から作り出す……!?


「さぁ、はやく食べてほしいんだゾ」


「い、いえ……こんな豪華なものいただけません」


神様に捧げる供物のような高価なものを、私なんかが食べていいものではない。


「美鈴のために作ったんだゾ。たべなきゃ捨てることになるんだゾ」


「それは悲しいんだジョ」


「す、捨てるのは……」


もっと罰当たりな気がする……。


「あ、あの……モルンさん、マルンさん。ひとつお伺いしたいことがあるんです」


「なんだジョ?」


「私がやってきた村には雨が降りましたか?」


するとふたりは答えた。


「た~くさん、振ったんだジョ!雷神様が雨を降らせてくれたお陰だジョ」


「普段はあんなことしないんだゾ。でも美鈴の頼みだから雷神様が聞いてくれたんだゾ」


そっか……。

やっぱり雷神様は私の願いを叶えてくれたんだ。


そしたら、後私に残されたことは決まっている。


この命を雷神様に献上することだけ。


そんなことを考えていると、ふすまが静かに開き誰かが中に入ってきた。


「目が覚めたか?」


「あっ」


雷神様だった。

雷神様は鋭い青い瞳で私を見下ろしていた。


彼の存在感に圧倒されながらも、どこかその姿が恐ろしいほど美しいとも感じる。


「はい……」


「だったらまず飯を食え。こんなにやせ細って、今にも倒れそうだ」


さっき意識を失ったのも、ろくに食事をしていなかったからだろう。


でも、どうしてお食事を……?


もしかして、雷神様はわたしを太らせてから食べようと思ってるってこと?


村にいた頃、村の人がウワサをしていた。


『雷神様は人をも食らうらしい』


『雷神様を怒らせてしまったら敵わん』


雷神様は人を食べるのだと──。


食べられることを想像したら、少し怖くなってきた。


でも雷神様は私の願いを聞いてくれたんだ。


だったら、私も雷神様の言うことを聞かなくては……。


「い、い……いただきます」


「人間、なんか震えているゾ」


「雷神様の顔が怖いからだジョ」


「なんだと?」


「い、いえ……とんでもありません」


私はぶんぶんと首を振り、最後の食事を味わうことになった。


お腹いっぱい食べて太ったら、私は雷神様に食べられる。


そんなことを考えると、お腹が空くはずも……。


──グー。


や、やだ……。

なんでこんな時にお腹の音が……。


私の考えとは裏腹に小さな音を立てる。


顔を赤らめながら恥ずかしさで体が縮こまった。


「遠慮しないでいい、食え」


「は、はい……」


ご飯の湯気が立ち上り、味噌汁の香りが鼻をくすぐる。


もう、我慢できない……。

私は恥を忍んで手を合わせた。


「いただき、ます……」


どうせ死ぬんだもの。

箸を手に取り、料理に口を運ぶ。


その時、温かいご飯の香ばしさが口の中で広がった。


美味しい……。

こんなに美味しいご飯を食べるのはいつぶりだろう。


温かくて優しい味。

気づけば目から涙が零れていた。


「美鈴が泣いちゃったジョ~」


「料理がおいしくなかったんだゾ?」


「いえ、すごく美味しいです!」


焦って涙をぬぐうと、雷神様は静かにたずねる。


「お前はすぐに泣くのだな」


「す、すみません……」


じっと見つめられるのが恥ずかしくて、雷神様にたずねる。


「雷神様は召し上がらないのですか?」


「俺は食事をとる必要がない」


そ、そうなんだ……。


「ここにいる妖たちはみんな人間みたいにご飯を食べたりしないんだジョ」


「そうなんですね……」


食事をしないで生きていけるなんてやっぱり別世界の人だなあ……。


圧倒的力を持つ神様。なんだって出来る強さを持っている人。

でも、ってことは……これだけの料理を私のためだけに作ってくれたということ……?


「村には雨を降らせた。それがお前の願いだと言うからな」


「ありがとうございます」


私はほっと安堵した。


これで村は干ばつから逃れることが出来るだろう。


村の人も久しぶりの雨に喜んでいるはずだ。


「お前はまだ村人の心配をしているのだな」


「雨が降らないと……私たちは生きていけないんです。だから……」


「くだらん」


ぴしゃりと言われ私は口をつぐんだ。


神様にとって私たちが必死に生きていくことはくだらないことなのかもしれない。


頭をうつむかせていると、雷神様は言う。


「お前のことを何も考えてない村人を助けることになんの意味がある?」


「えっ」


「生贄だなんてくだらない」


「雷神様は生贄を望んでいたのではないのですか?生贄を捧げることを条件に雨を降らせてくれるのだと、村の人はそう思って私を生贄に差し出したのです」


「人間の生贄を差し出されたところで何になる?俺たちにはなんのメリットもない。お前の風習は全くをもってよく分からん」


そんな……。

雷神様はそんなこと望んでいなかったなんて……。


「では……どうして雷神様は私をここに連れてきたのですか?」


小さくたずねると、雷神様はぱっと目を逸らした。


「……気まぐれだ」


気まぐれ……。

それはやっぱり食べてみようとしたってこと?


「なんかまた怯えだしたゾ」


「雷神様、人間イジメたらいけないんだゾ」


「イジメたつもりはない」


それから食事を終えると、身を清めるように言われた。


温かいお湯で体を洗い、たっぷりのお湯の中に浸かる。


タオルと新しい着物まで用意されていて、ここまでしてもらっていいんだろうかと不安なった。


お風呂から出ると、あやかしたちがふかふかの布団を整えてくれていた。


「まだ身体が弱ってるからしっかり休むようにって雷神様からの伝言だゾ」


モルンがそう伝える。


てっきり今日、食べられるのだと思っていたから、お布団があるなんて思いもしなかった。

ということは、寝ている時に雷神様がやってくるのだろうか。


「あ、あの……っ!」


だったらせめて覚悟だけでもしておきたい。


「わたしは、いつ雷神様に食べられるのでしょうか?せめて準備だけはしておきたくて……」


わたしが恐る恐るたずねると、目の前のあやかしは困惑した表情を浮かべながらお互いに顔を見合わせた。


「何を言ってるんだゾ?」


「人間は変だジョ」


「雷神様は人なんて食べないんだゾ?」


「えっ……」


人を食べない!?


「でも雷神様は人を食べるって村の人が言っていて……」


「そう思ってるのは人間だけなんだゾ。僕たちあやかしも、雷神様も人間なんか食べたくないんだゾ」


「そ、そうなんですか……」


気を張っていたから拍子抜けした気分だった。

でもだったら尚更分からなくなった。


雷神様はどうしてこんなによくしてくれるんだろう。





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