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生贄の先にあるもの


崖の上にある石段のひんやりとした感触が、私の裸足を包み込む。


私は、家族に連れられ薄い白布に身を包み、石段の上へと立っていた。


崖の周囲には、村人たちが集まって見世物になっている。


「雷神様……どうかこの犠牲で俺たちを救ってください」


「どうか、恵の雨を……雨を降らせてくれ」


村人たちの口から漏れる祈りの言葉が、空気に溶けていく。


ああ、本当にこれで私は役割を終えるんだ。

雷神様の生贄になり、雨を降らせてもらう。


そうすれば村は助かる。

私が生まれてきた意味は、村に雨を降らせること──。


石段の上に立つと、麗羅が私の前までやってきた。


「お姉様、生まれてきてくれてありがとう。お姉様みたいな愚図がいてくれたお陰で私はここまで上り詰めることが出来たわ。後は村のためにお姉様が犠牲になれば、みーんなが幸せになれるわ」


星羅は私の手をぎゅっと包み込みながらも、薄ら笑いを浮かべている。

そしてお母様も私に声をかけた。


「今の衣装それから役割。全部あなたにピッタリよ。入ってきなさい美鈴。あちらのお母様にもよろしくお伝えしてね?」


心がぽっかりと空いたところに、棘を刺されているみたいな気持ちになる。


「さようなら、お姉様」


私の瞳からはぽたりと涙が零れた。


もう何も返すことは出来ない。

みんなが望んでいるんだもの……。


私が、生贄になることを──。

そしてお父様が天に向かって伝える。


「雷神様、彼女が雷神様に献上する生贄になります。どうか、この生贄と引き換えに雨を……雨を降らせてください」


これが最後……。

私は石段の上に横になると、そっと目を閉じた。


周囲の音が徐々に遠のき、静けさが私を包む。

そして強い風が吹き荒れた。


お母様……私、もうすぐお母様に会えるみたいです。


その瞬間。


──ゴロゴロゴロ!


天の彼方から強い稲妻が轟く音が響き渡り、空が裂けるような光が夜の闇を切り裂いた。


「ああ、これで私は……」


覚悟を決め、ぎゅっと目をつぶった。


ーーー。


「ここは、どこ……?」


空気は澄みきり、ひんやりとした感触が肌を撫でる。


光がどこからともなく降り注ぎ、そこはまるで別の世界にいるかのように透き通っていた。


さっきまで村の人がいたのに誰もいない……。


ここは、天国!?


「起きたか?」


誰かにたずねられ声をする方を向くと、私は思わず息をのんだ。


透き通った金髪の髪に深い蒼色の瞳。

胸元には鋼鉄の鎧がはめ込まれていて、腰に巻かれた黄金の帯には、鋭い雷を模した剣が差し込まれている。


なんてキレイな人……。


その光景に目を奪われる私を彼は無言のまま、青い瞳で見下ろしていた。


この人が……雷神様……?


「あなたが雷神様ですか?」


震える声で尋ねると、彼は短く返した。


「いかにも」


天上の神。雷神様……。


私たちがしゃべることも敵わない天の上の存在の人。

今、私が死んでいないということは、私は今からこの人に殺されるのだ。


自分の使命をまっとうしなければならない。

そのためにここにやってきたのだから。


「生贄として、わたしの命を献上いたします。なので、村に雨を降らせてください」


膝をつき、頭を地面につけながら丁寧にお辞儀をして頼み込む。


雷神様はどのように私を殺すだろうか。


雷なのか、それとも人を食べると村人の人たちが言っていたのを聞いたことがある。


どちらでもいい。

もう私は生きていても仕方ないのだから。


きゅっと唇を噛み締めて、地面を見つめていると声が聞こえた。


「なんのために?」


「えっ」


私は思わず顔をあげた。


「なんのために人間の命などもらうのだ?」


なんのためにって……それは雷神様が望んでいるんじゃないの?


よく意味が分からなかった。


こうやって命を献上することで、雷神様の機嫌が守られると言っていたはずだ。


「私はこの村を守るために生まれてきました。そのためならどうなっても構いません。なので、どうか……村に雨を降らせてください」


もう一度頼みこむと、雷神様はさらにたずねた。


「それはお前にどんな利点がある?」


「利点……?」


しかも雷神様の利点でなくて、私に……?


そんなものない。

だけど、私は村のためになれたのなら死ぬ価値はある。


「仮にお前の命を俺がもらったとしたら、お前はここで命を奪われ死んでゆくだけだ。国に雨が降るか降らないかなんてどうでもいいだろう?」


「いえ……村のみんなが助かるのであれば私はそれで……私の生まれてきた意味があります」


必死で伝えると雷神様は言う。


「ちっぽけな人生だな」


ちっぽけな、人生……。


涙が頬を伝い、静かに落ちていく。


自分だって分かっていた。

私が生まれてきたことに、意味などないと。


母から任された神話守にもなれなくて、周りに厄介がられ、煙たがられ、でもそれだけのために生きてきたって思いたくなくて、何か意味を見出そうとした。


村に雨を降らすことが出来たら、私にだって生まれてきた意味があると思えるかもしれない。


でもそんなこと、意味のないことだって分かってたの。


村人はみな私を捨てた。


神様に拒否された人間として、災いを呼ぶ人間として村から排除されただけだ。


私、生まれて来る意味がないのに生まれてきてしまった。


「ぅ、う……」


ぽたりと涙が流れる。

なんて惨めな人生なんだろう。


誰のために、何かを出来るわけでもなくて、出来損ないのまま死んでゆく。


わたしは、なんのためにここにいるの……。


すると、雷神様は厳格な口調で言った。


「そんなに誰かのために生きたいというのなら、お前……俺のために生きて見ろ」


私はばっと顔をあげる。


俺の、ために……?


「誰かのためにじゃないと生きられないのだろう?」


彼はゆっくりと腰につけていた刀を天に掲げた。


刀の刃先が空に向かって伸びると、周囲の風が渦を巻きはじめ、たちまち空は暗くなっていく。


「雷神、さま……?」


そして剣を持った右手を勢いよく振り下ろした。


その瞬間、大きな稲妻が空を裂き、落ちた。


「人のために生きるというのがどういうことか教えてやる」


一瞬の光とともに、雷神様は私に向かって手を伸ばす。


ああ、食べられる──。

今度こそ死んでしまう。


そこで私の記憶は途切れた。




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