閉じ込められた生活
従者に連れられ外に出てみると、村人たちが私たちの家を取り囲んでいた。
「出て来たぞ!呪いの子だ!」
「神に拒否された女!コイツは災いを呼ぶぞ!」
「村から出ていけ!!」
石や木の枝をみんなが投げつける。
「きゃっ、痛……やめてください」
「だったら村から出ていけ」
石が額にあたり、血が流れる。
「う、う」
頭を守るようにうずくまっていると、後ろで見ていたお父様が言った。
「これで分かっただろう?今のお前の評価が。お前みたいな人間はあの奥屋にこもっている方が幸せだ」
そう言って、家の裏にある薄暗く狭い家畜小屋に私を押し入れた。
「お父様……お願いです!お許しください……。もう一度、もう一度やらせていただけたら必ず成功させますから」
「もう一度はない」
バタンっとドアを閉められる。
「……っ、う。う……」
薄暗く狭い家畜小屋は光も入らない。
肌寒く真っ暗な空間だけが存在している。
近くにあるものと言えば家畜場だけで、人が来ることはめったにない。
「どう、して……」
お母様に任された役割を全うするため、今まで自分が出来ることはなんでもしてきた。
神話守になって村を守りたいと心から思ってきたのに……。
「う、う……っ」
私の生きる使命が無くなってしまった。
『美鈴。あなたならきっと村を守れるわ』
「お母、さま……っ。ごめんなさい……私には村は守れないみたいです」
薄暗い小屋の中で、私はただ、静かに涙を流し続けた──。
『美鈴、いい?覚えておいて。私たち神話守は神様とお話をしているわけじゃないのよ』
『えっ、どういうこと?お母様?』
『自ら望んで神様とお話が出来る人間なんていないの。だからこそ、自然や森、植物を大切にし……そうやって自然と共存していくことで、村の平和は守られるのよ』
なんだ。
神様とお話しできるわけじゃないんだ。
私が六つの時、母は本当の神話守について教えてくれた。
『そうやって村やその周りにいる動物、植物、自然のことを一番に考える。それが神話守というものなのよ』
『みんなを大事にしたらいいの?』
『そうよ、そしたらね……みんなが幸せになれるの』
そしてお母様は私がすべきことを教えてくれた。
民を慈しみ、自然を愛し、それから村の平和を守る。
その強い意志がある人こそが神話守としての役割をまっとう出来るのだと。
てっきり神様とお話しをしてるんだと思っていたから、そうじゃないと知った時は驚いたけれど、母の村への愛が平和をもたらしたんだと私は信じていた。
母のように、立派な神話守になって村を守りたい。
『私にもできる?』
『ええ、きっと美鈴なら出来るわ』
母は強い思いを持って、私に神話守という役割をさずけてくれた。
それなのに……っ。
「こんなところに隠れてないで出ていけ!」
「呪われ子め、村を荒らしおって……!!」
──ガンッ。
「きゃっ!お願いです……やめてください」
家畜小屋に石が投げこまれる。
私は今、村人に憎悪の目を向けられている。
薄暗い飼育小屋に私がいることが知られてしまったのか、毎日村人が私の住む飼育小屋に石を投げこんだり泥をかけたりする。
私はそれをぎゅうっと目をつぶり耐えることしかできない。
「う、う……っ」
村の人はこんなに冷たい人じゃなかったのに……。
私が木々に水をあげていると、優しく声をかけてくれた。
でも今はそんな姿はない。
「おい、食事だ」
従者が時々持ってきてくれる食事は、明らかに残飯のようなもので、ゴミが混じっていた。量も少なくぐちゃぐちゃで、まるで家畜のえさのようだった。
でもそれを食べるしか生きていく手段がない。
苦しい……辛い。
「お願いです……ここから出して」
私のつぶやきを拾ってくれるものは誰一人としていなかった。
私が飼育小屋に入れられてからいくつ日が経っただろう。
「暑い……」
もう何日も雨が降っていない。
湿り気を失った土の匂い。
小さな窓から漏れる光は、熱を帯びていて、干上がった大地のように肌を刺していた。
小鳥が仕切りを超えて、私のいる小屋にやってくる。
「パンが食べたいの?」
私が昨日残した食事。
「これで良かったら食べて」
私は小さくつまんでパンを小鳥にあげる。
小鳥はちゅんちゅんと鳴き声をあげながらご飯を食べていた。
「あなたが来てくれて嬉しいわ。ここは小さい子しか入れない、から……たまに話し相手になってね」
天恵継承の式典はやり直しがされたらしい。
もちろん後継者として選ばれたのは、私の妹……麗羅だ。
麗羅は式を無事成功させ、私の代わりに神話守となった。
神話守となった人間には大きな権力が発生する。
米や作物、水など生活に必要なものを優先的にもらえる権利があるだけでなく、彼女の言う言葉に強い影響力を持つ。
つまり、麗羅が決めたことは何があっても従わなければならないということ。
それほど、神話守とは村にとって大事な存在なんだ。
「にしてもこのままじゃマズいって」
家畜を世話する村人たちの声が、微かに聞こえてくる。
この小屋にいると、外の情報を得られるのは、彼らの会話だけだ。
「ずっと雨が降っていないんだ。作物も枯れ、一部では水も出なくなってる。このままじゃ俺たち死んじまうよ」
「本当、1回目の式典であんなことがあったから……雷神様が怒ってるんだろうよ」
私のせい……。
雷神様の怒りをかって雨が降らなくなってしまった。
最近全くと言って雨が降っていない。
どうにかしたい。
何か出来ることを……。
でも今の私には祈ることしか出来ない。
「無力ね……」
私は地面に視線をおとした。
そして手を合わせる。
雷神様……。
どうかお願いです。雨を降らせてください。
それからまたいくつも時間が経った。
相変わらず雨が降ることはない。
従者から送られてくる食事や水も1日3回から1回へと減ってしまった。
村は干ばつの影響で、作物が枯れ飲み水もなくなり、動物たちが死んでゆく。
村へいって様子を見に行きたい。村の人の力になりたい。
そう思っていてもここから出られない。
私は自分の無力さに胸が痛くなった。
これから村はどうなっていくのだろう……。
不安でいっぱいだった。
そしてそれから2日が経った頃、飼育小屋の扉がゆっくりと開いた。
ギ、ギ、ギと音を立て扉が開き、眩しいくらいの光が差し込む。
驚きとともに顔を上げると、そこには麗羅が立っていた。
「麗、羅……」
「どう?家畜と一緒に暮らす気分は?」
彼女の黒髪は艶やかに光り、肌も健康的できめ細やかなものだった。
派手な紅の着物を身に纏い、その刺繍は遠くからでも目を引くほど華麗なものだ。
まるで、干ばつとは無縁の見た目をしている。
「い、今……村はどうなってるの?このところ、雨が全然降ってないみたいで……っ、干ばつが進んでるって聞いたわ」
「ああ、なんだ。少しくらいは村の状況を知ってるみたいね。それなら早いわ。お父様からここから出るお許しが出たわよ」
「えっ、本当に?」
ぱっと顔をあげる私。
「お姉様にしか出来ないことがあるの。この村の人を救うためにね」
麗羅は笑った。
お父様は分かってくれたんだ。
村を守るため、私に何かできることがあるかもしれないと。
「私、どんなことでもするわ」
神話守になれなくてもいい。
お母様に言われた通り、村の人を守れる人間でいたい。
「じゃあついてきなさい」
麗羅に言われ、私は久しぶりに外の世界へと出た。
太陽の光がまぶしくて、一瞬、目がくらんだ。
外の空気は濃く、肌に張り付くような湿り気を感じる。
麗羅についていき、家の敷居をまたいだ。
するとすぐにお父様が出迎えてくれた。
「こんなに汚れてまるで本当の家畜のようだな、美鈴」
「お父様……」
私はうつむく。
でもそんなことでうつむいてはいけない。
お父様は私にチャンスをくれたんだから。
「あの、私に出来ることならなんでもやります!やらせてください」
「いい心意気だ」
お父様は私を褒めると、話し始めた。
「お前がいなかった時に麗羅や真澄と相談して決めたんだ。お前に役割を与える」
「はい……」
私は手を前で組むと深くお辞儀をした。
「なんでもいたします」
「生贄だ」
「えっ」
「お前は雷神様の生贄になるのだ」
麗羅と真澄お母様の顔には、薄笑いが浮かんでいた。
「何を言ってるのですか……」
声が震える。
「村のために雷神様の生贄となり、その身を捧げろ。それがお前の生まれてきた使命だ」
「……っ」
生贄制度は母が神話守になってから、ずっと使われなかった制度だ。
村で弱いものを生贄として差し出し、雷神様の機嫌をとるというもの。
その命をないがしろにする制度を母は好まず、ずっと自分の力で村を守ってきた。
「そんなの……いけません!お母様が悲しみます」
「今起きている干ばつは、お前が天恵継承の式典に失敗したことで起きたことだ。村人もみなそう言ってる。責任をとってお前が生贄になればいいとな」
「そん、な……」
「良かったじゃないか。生贄となればお前の生きてきた使命が果たせる。俺たちも汚点を晴らすことが出来る」
「汚点……」
「お前がこの家のものであること。それが天王寺家の汚点だ」
お父様はそう言い放った瞬間、麗羅は着物の袖で顔を隠しながらくすくすと笑っていた。
そんな……信じられない。
生贄になって村を救う――。
そんな残酷な運命が、私の使命だと言うのか。
私は犠牲になるために、生まれてきたというのか。
涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。
「さっさと準備をしろ。村が崩壊する前に雷神様にお前を献上する」
その瞬間、私は膝から崩れ落ちた。
「ぅ、ぁ、ああああっ……」
齢20年。
天王寺美鈴の生涯はここで終わることとなる──。