愛おしい人
雷神様が倒れてから、どれくらいの時間が経ったのか、もうよく分からなくなっていた。
焔雷殿の空は、日が昇るたびに金色から群青へ、そして深い闇へと色を変えていく。
その移ろいの中で、私はただライエン様のそばにいた。
目を閉じたまま、微かに呼吸を繰り返すライエン様。
「……失礼します」
声をかけて、濡らした布で額をそっと拭う。
キレイな金の髪は汗にしっとりと濡れ、頬は少しだけ色を失っていた。
「あなたがいないと、この場所は……本当に静かですね」
ライエン様は、なにも答えない。
ただ、眠るように静かな呼吸を続けている。
私は毎朝、ライエン様の枕元で祈りを捧げていた。
神様が隣にいるというのに祈るのはおかしいのかもしれないけれど、出来ることはなんでもしたかった。
「ライエン、さま……」
髪が乱れてしまわないように、時々梳いて整える。
外套を洗い、傷に新しい布を巻き直した。
書物で呼んだ回復の薬はすべて作って試した。
でもライエン様は目覚めない。
「……起きてください。話したい話がたくさんあるんです」
声をかけても返事はない。
もっとたくさんあなたと一緒に毎日を過ごしたいと思っていた。
何気ないことを話して、笑う生活。
それだけでいいというのに、神様は意地悪なのかもしれない。
たったそれさえもくれないのだから……。
「もう一度だけでいいから……」
目を開けてください。
「……私を、一人にしないでください……」
やっと幸せとはなにか分かったところなんです。
涙が頬を伝って落ちる。
もういくつ流したか分からない涙は、いつまでたっても止まることはない。
「私の命を捧げてもいい。彼だけは助けて欲しいんです……」
村のためにしか生きれなかった私が、今こんなにも強く1人の方を想ってる。
あなたのためなら自分の命だって惜しくない。
彼の唇をそっとなぞる。
冷たい唇。
「目を覚まして……また笑ってください」
目からまた涙が零れた。
「ライエン、さま……」
そっと名前を呼ぶ。
あなたを失うことが恐ろしい。
優しくて、愛おしい人──。
私はそのままライエン様の唇にキスをした。
「あなたのことが……好き……なんです」
ぽたりと涙がライエン様の顔に落ちる。
するとその時、彼の眉間のシワがぴくりと動いた。
「……っ!」
今、動いて……。
「み、すず……」
彼の顔を覗き込むと、ライエン様はぼんやりと私を見つめていた。
「ライエン様……!」
その瞳は確かに私の姿を捉えている。
「起きて、くださったんですか……」
安堵と喜びで、私の目からは再び涙が溢れてくる。
何度手で拭っても、拭いきれなくて、私は彼の胸に顔を埋めた。
すると、ふと、雷神様の指が私の頭に触れた。
よしよしとゆっくり撫でてくれる。
顔をあげると、ライエン様は優しい顔をしてこちらを見ていた。
「また泣いているのか?」
ひやりとした指先が、目元に残る涙の跡を辿る。
彼の声はまだかすれていて、本当に小さかったけれど、その響きは確かに私の心に届いた。
「やはり、キミは泣き虫だな」
ライエン様は優しく微笑んだ。
「う、う……っ」
こんなの泣いてしまうに決まってる。
やはり神様は優しい。
ねぇ、ライエン様……これらもずっと私の側にいてください──。




