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仕組まれた罠



「美鈴、天恵継承の式典の準備は出来ているか?」

「もちろんです、お父様」


「ぐれぐれも、体調は万全に整えておくように」

「はい……」


私、天王寺美鈴。20歳。

天王寺家に生まれた私は神話守を継ぐ人間として、幼い頃から教養を学び、この村を守ることだけを考えて生きてきた。


神話守というのは、村に天災が起きないよう天の上に住む雷神様と話を出来るもののことで、雷神様と心を通わせることにより、災いや、災害を防ぐ役割をしている。


その役割は女性だけに与えられた大切な役割と言われている。


「お母様、私が必ず村を守って見せます。見ていてくださいね」


2年前まで神話守の役割を務めていたお母様は、流行り病いにかかり亡くなってしまった。


その後を継ぐものとして、私は母──天王寺乙葉から守りの石を託されたのだ。


石を託されたものが、次の神話守になる。

村はではそういう決まりであった。


神話守になったものは神に近い存在として崇められ、称えられる。

いわば村を守る女王のようなものだ。


だからこそ私がしっかりと村の平和を守らなければいけない。


私は守りの石をぎゅうっと握った。


「お母様、村も人も2年間平和に暮らしております。お母様のご加護、ありがとうございます」


この石の効果はあと1年と言われている。

守りの石の効果が切れる前に、次の神話守を決める大事な式典を行うのだ。


未だかつて二十歳にならない者が神話守になった例がないことから、私が20歳になるのを待ってから式典は行われることになった。


その式典が明日に控えている。


わたし……頑張ります。

村に住む人が平和で幸せな生活を送れるように。


すると、私の部屋の扉がガチャっとあいた。


「ま~た石に何か話しかけてる。本当気持ち悪いったらありゃしないわ」


「麗羅……」


彼女の名前は麗羅。

白い肌に吊り上がったネコのような目、装飾品をいくつも付けた派手なドレスを着ている。


彼女は私にとって義理の妹にあたる存在だ。


お母様を無くした後、お父様は再婚し私に新しいお母様と妹がやってきた。


新しいお母様の名前は真澄。


「お姉様ったら……また外の植木に水をやったわね。あんたのせいで足が濡れたってお母様が怒っていたわ」


「お花が枯れておりましたので……」


「ふんっ、花や草なんか放っておけば成長するのよ。それを村にまで行って花に水をやったり田んぼの様子を見て来たり……村人に媚売って……本当、この子は偽善者なんだから」


「そんなつもりは……」


私がうつむいていると、真澄お母様まで私の部屋へ入ってきた。


「本当、あの女とそっくりで媚びることは上手い女だわ。きっと神話守だってお父様に媚を売ってもらった権利に違いないわ」


「そんな言い方やめてください……!お母様は立派な人です!」


真澄お母様と麗羅はわたしのことをあまりよく思っていないらしい。


私ともお父様がいる前でしか食事をしてくれないし、私の履物を隠したり、私の服に泥をかけたりと、二人がくるようになってから、毎日のように嫌がらせをされている。


どうして真澄お母様と麗羅はそんなに私が嫌いなんだろう……。


私は仲良くしたい、のに……。


「まぁいいわ。あとに見てないさい、お姉様」


麗羅と真澄お母様は私を睨みつけると、部屋から立ち去っていった。


“みんな仲良く平和な村を作りたい”


私の理想はこれだ。

お母様や麗羅に認めてもらえるように努力しないといけない。


もし神話守になって、立派に村を守ることが出来たら私は麗羅や真澄お母様にも認められるかしら……。


地面を見つめながら、私は窓の外を見た。


明日は大事な式典がある。

今日はあまり無理をせずに体調を万全に整えて、明日をむかえないと。


いよいよ私が……神話守になるのだ。

お母様、私ちゃんと頑張りますから……。


翌朝。

まだ朝露が葉を潤す薄明の中、私は目を覚ました。


ぼんやりとした意識の中、指先で髪をすくい上げ、クシを手に取る。


鏡に映る自分の姿を静かに見つめながら、自分の黒髪を慎重に梳かして心を落ち着かせる。


いよいよ今日が大事な式典の日。

からっと晴れたお日様の日差しを浴びながら、息を吸い込む。


体調もいい。

今日は特別な日になるだろう。


部屋を出て食堂に足を運ぶと、いつもとは違う空気が漂っていることに気がついた。


従者たちが忙しなく動き回り、普段よりも賑やかな朝の風景がそこには広がっていた。


「おはようございます」


「おはようございます。美鈴様」


食堂にいる者たちが一斉にこちらを向き、丁寧に頭を下げる。


「よく眠れたか、美鈴」


「お父様……もちろんです」


「体調はどうだ?気になるところはないか?」


「はい。万全です」


食堂にはすでにお父様が座っており、机には豪勢な食事が並べられていた。


白いご飯、香り立つ味噌汁、贅沢な肉や魚料理、そして色とりどりのフルーツ。


「まぁ……こんなに」


朝からこんなに豪勢な食事が並べられることはめったにない。


「当然だ、今日は大事な式典なのだからな」


私は父に促され、イスへと座った。

すると奥の部屋から麗羅とお母様がやってきた。


「おはようございます」


挨拶をしても無視される。


「おはよう、パパ」

「おはよう」


しかし、お母様と麗羅はイスへと座った。


いつも私と一緒の食事を嫌がるお義母様と麗羅。

今日は何も言わずわたしの隣の席へと腰をおろした。


「お姉様、いよいよ今日ですわね。麗羅応援しておりますのよ」


「えっ」


麗羅が言葉をかけてくれる。

その微笑みは、普段の彼女からは想像もつかない。


「ありがとう麗羅……」


麗羅も今日は優しい言葉をかけてくれるのね。


なんだか応援してくれているようで嬉しかった。


「今日は大事な娘の継承祭ですものね。美鈴、しっかり食べるのよ」


「真澄お母様……ありがとうございます」


「はい、お茶もどうぞ」


お母様も麗羅も優しい……。


私がしっかりと神話守の役割をまっとうできれば、家族の仲は改善されるかもしれない。


「はい……!」


私は元気に返事をした。


食事を終えると、少し時間を置いてからいよいよ式典は始まった。


薄暮の中、村の中央に設けられた広場には、既に多くの村人が集まっていた。

赤々と燃え上がる松明の炎が、広場の中央に立つ私の影を揺らしている。


私は白い式服に身を包み、髪を丁寧に結い上げまっすぐに前を見つめた。


「おお、お美しい……」


「ここまで若い神話守は初めてだが大丈夫だろうか?」


「乙葉様の娘なんだ。きっとよくやってくれるに違いない」


祈りの眼差しが私に注がれている。


彼らは信じている——。

神話守が村を守り、災厄を遠ざけ、そして恵みをもたらすのだと。


だから村をしっかりと守らなければならない。


「神話守、天王寺美鈴」


お父様から名前を呼ばれると、和太鼓が鳴り出した。


音が地面を伝って低く響き渡る。

私は目の前に敷かれた神聖な赤い布の上に足を踏み出した。


一歩、また一歩とゆっくりと足を踏み出す。


周囲の村人たちが静かに息を潜め、私を見守っている。


やがて炎が揺らめいている大きな石のある前までやってきた。


その中央には、大きく、神秘的な力を感じさせる石の台座が厳かな光に包まれていた。


「それではこの守りの石をここへお納めください」


ここに守りの石をあずけ、そして名前を呼ばれることで神話守となることが確定する。


あとは、この石を置くだけ……。


置くだけなのに、なんだろう。

緊張感からか、なんだか身体が重い……。


「はぁ……っ、はぁ」


胸が締め付けられ、息がうまく吸えない。

手に持っている石は異常に冷たく感じた。


私が神話守になって村を守るの。


ちゃんと、やらなきゃ。

深く息を吸い込み立て直そうとするが、手足が震えて足元がふらつく。


あれ、どうして……。

額に浮かんだ汗が、しずくとなって頬を伝い、あごから地面へと落ちる。


台座に守りの石を置こうとしたその瞬間。


「……っ、」


「ウソだろ、倒れたぞ!?」

「美鈴様が倒れたぞ!」


目の前が歪み、私は意識を失った──。


「ん……」


目を覚ますと、私は硬い布団の上に横たわっていた。


「……はっ」


薄暗い部屋には湿気が漂い、窓の外からわずかに射し込む朝の光が、埃の舞う空間を淡く照らしている。


私は勢いよく起きあがり、辺りを見渡した。


式典は、どうなった……!?

頭が混乱する中、飛び起きたためかズキンと頭が脈を打った。


そして部屋の襖が静かに開く。

そこに入ってきたのはお父様だった。


「お父様、私は……」


お父様は私を蔑んだ目で見る。

心臓が嫌な音を立てていた。


そして言い放った。


「お前には失望した」

「……っ!」


「式典中に気を失うなんて前代未聞だ。雷神様がお前を神守者として認めていないと民たちが騒いで暴動が起きてる」


「違うんです!式典の前は万全だったのに、急に体調が悪くなって……」


何が起きたのか、自分でも分からない。

式典の前は身体に異常はなかったのに、突然身体が言うことを聞かなくなった。


「お前の慢心の結果だ。お前だって分かっているだろう?天恵継承の式典が成功しなければ、神が認めていない証だと」


「待ってください……っ、本当に体調が悪くなっただけなんです!」


「天恵継承の式典は失敗。お前は後継者の座から降りてもらう」


「そんな……っ。お願いします。もう一度やらせてください」


私は膝をついて頼み込む。

しかし、お父様は私に目をくれず吐き捨てた。


「今後の処遇は真澄と相談して決める」


そしてそのまま立ち去ってしまった。


そんな……。

お母様から譲り受けた大切な役割なのに……。


呆然としたまま床に崩れ落ちる。


あの時倒れなければ、苦しくならなければこんなことが起きなかったのに……。


どうしてこんなことが起きてしまったの。

すると、麗羅が代わりにやってきて笑い声をあげた。


「あはははは。無様なお姉様。天恵継承の失敗なんて今まで例にないのに、よほど雷神様に嫌われてるみたいね?」


唇を噛みしめる私。

何も言うことはできない。


どうして……どうしてこんなことが起きてしまったの。


「突然、胸が苦しくなったの。頭が痛くて立っていられなくなったの。何かがおかしいわ……」


「そうね。普通ならおかしいかも。でも普通じゃなかったとしたら?」


私がばっと顔をあけると、麗羅はポケットからあるものを取りだした。


それは、ピンク色の小さな花が房状に咲いている植物で、名前はアケビ。毒がある植物だ。


「麗羅それを、どうしたの……」


「これね、お姉様が飲むお茶に紛れさせたの。効き目があるか心配だったけど、ちゃーんと聞いてくれて助かった」


それを聞いた瞬間、体が凍りついた。

このアケビは最悪人の命を奪う可能性だってある。


「どうして、そんなこと……」


「決まってるでしょ?私が神話守になるためよ」


そんな……。何を言ってるの……?


「神話守は私がお母様から継ぐはずの大事な役割よ!」


「そう、あの女が次の神話守をあなたに決めた。だからそれを覆すこととは出来なかった。あの女……死んでも尚権力を持つんだもの……」


麗羅はギリギリと小瓶を握りしめた。


「だからね、私たちは考えたのよ。あんたから神話守を奪い取るために出来ることを」


「神話守が欲しいからって私をその毒で殺そうとしたんですか!?」


「まぁ……最悪死ぬかもしれないけど、別に私たちは構わないわ。あんたが死んだらお父様の前では泣いたフリをしてあげる」


「あり、えない……」


地位が欲しいからって、人の命を奪おうとするなんて……。

唇が冷えていって、小さく震える。


どうしてそんなことができるの。


「お陰でお父様が言ってくれてたわ。神話守は私に受け継ぐことにするって」


「ダメよ!神話守は私がお母様から任された大事な役割よ!それを奪わないで……っ!今からでもいい、毒を盛ってしまったんだとみんなに伝えて。私はあなたを責めるようなことはしないわ!」


私が必死に頼み込むと麗羅はクスっと笑った。


「なんのために?」


「そ、それは……」


麗羅にメリットはない。


「こんなこと……人として、してはいけないことです」


強く伝えると、麗羅が怒った顔をして私の髪を掴みあげた。


「うるさいんだよ、お前は大人しく私に従ってればいい。私に命令するな」


低い声で言い放ち、睨みつける。

ゾクっと背後から恐怖が沸き上がる。


でもここで諦めてしまったら、死んだお母様が浮かばれない。


「お願いよ……!お願い、麗羅」


私は麗羅の手を掴んだ。

するとその時。


「きゃあっ!」


麗羅は大きな声をあげ、大げさにドンっと後ろに尻餅をついた。


麗、羅……?

驚いていると、涙をためながら嘆きはじめた。


「痛い……っ。やめて!!お願いよ。お姉様」


麗羅が急に騒ぎ始める。


な、なに……。


「叩かないで……っ、ごめんなさい、ごめんなさい」


麗蘭は急に頭を手で隠すようにうずくまった。


「麗羅、何して……」


するとお母様までやってきて声を荒げる。


「まぁ!何をしてるの!?」

「違うんです……私は何も」


「お姉様が私のことを突き飛ばして何度も何度も叩いてきたの」


騒ぎを聞きつけたお父様も後から部屋にやってきた。


「何があったんだ!」


怒った表情のお父様がやってくると、麗羅はお父様に抱きついた。


「神話守は私に決まったって伝えたら、お姉様がお前にはふさわしくない。辞退しろって……叩き続けたの」


涙を見せながらお父様の同情を誘う。


「美鈴」


お父様の厳格な声が響き、私はびくりと身体を揺らした。


「違います。叩くなんてそんなこと……していません」


「図々しいやつめ。お前が継承の式典を失敗させたから、代理を立てるしかなくなったんだろうが!今お前が村の人からなんと言われてるのか知っているのか?出来底ない、愚図……。お前のふるまいのせいで俺らの品格まで問われる始末だ。そんな中、麗羅が神話守を引き受けると言ってくれたんだ。少しは感謝したらどうだ?」


「そん、な……」


毒をもられなきゃ、しっかりと儀式は成功した。

毒を持ったのは目の前にいる麗羅なのに……。


全てお父様に伝えたかった。


しかし、お父様の蔑むような眼差しが、もうどんなことを言おうとも信じてくれないことを物語っていた。


「お前はもう村人の前に出ないように奥屋で暮らしてもらう」


「そんな……っ、あそこは家畜の飼育部屋ではありませんか……っ」


「当然だろう。それほど神聖な儀式を汚したのだ。安心しろ。食事は運ぶよう命令する」


父はそう伝えると、従者に伝え私を連行した。


「お父様……考え直してくださいませ……っ」


必死に頼み込む私を見て、真澄お母様と麗羅はニヤリと笑っていた。


「お父様……!」



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