終焉
あの裁きの日、天上からの光が射し、村に長く続いていたしがらみが、ようやく終わりを迎えた。
式典が失敗した疑いが解けることとなり、広場の中央に、天王寺家の者たちは静かに跪いていた。
お父様、お義母様、そして麗羅。
この3人は村を支配し、人々を意のままに操ってきた。
けれど、今の彼らに、かつての威厳はなかった。
両手を縛られ、膝をつきうつむいたまま、なにも語ろうとしない。
3人はムチ打ちの刑により、身体はボロボロであった。
村人たちは静かに集まり、それを見つめていた。
もう怒号も、罵声もなかった。
ただ、長い時を超えて積み重なった痛みを実感していた。
「天王寺家を村から、追放することが決まった」
長老が静かに告げる。
「二度とこの地に足を踏み入れることは叶わぬ。それが、あなたたちが選んだ道の果てだ」
麗羅が唇を噛み、お父様は肩を震わせていた。
このまま天王寺家は船に乗せられ遠くまで運ばれることになる。
本来なら、島流しという手足を拘束し、そのまま川に流す措置が取られるはずだった。
でも……人の命を奪うことで争いが生まれると知っていた私はそれだけはどうにか出来ないかと掛け合いこの措置が取られた。
お父様たちはこれから遠くの地で暮らしていくことになるだろう。
もうこの村に戻ってくることは叶わない。
村を思い役目を果たすことが出来たら、こんなことにはならなかっただろう。
自分たちの権力を優先させたつけは、必ず帰ってくる。
私は、ただそれを静かに見届けていた。
お父様たちの追放は村人が見ている中、行われた。
船に乗せられ、だんだんと遠のいていく。
こんなことを母は望んでいたんじゃない……。
切ない気持ちになりながらも、私はそれを見ていることしか出来なかった。
そして見えなくなると、村人のみんなにも笑顔がともった。
「やったぞ……」
「これで支配される生活は終わりだ。もうあいつらに取られることはないんだ!」
これで、すべてが終わった……。
そう思っていた時、村人たちが私を囲んだ。
そしてみんな一斉に私の前でひざまずいてきた。
「な、なにを……」
「美鈴様……今までのご無礼……申し訳ありませんでした」
深々と謝る村人たち。
「あ、頭をあげてください」
「我々はあなたの言葉を信じることが出来なかった……あなたこそが村のことを一番に考えていてくれたはずなのに……」
前までは信じてもらうのに必死だった。
まっすぐに生きて行けば、最後は誰かが信じてくれると思い、私は認めてもらうのに必死だった。
でも今は、そんなことを望んではない。
大事なのは神話守になることではないと知ったから……。
「美鈴様……我々からお願いがあります。これからは、あなたがこの村の神話守としてどうか、我々を導いてください」
「美鈴様……お願いします」
村人たちは、そう口々に頭を下げた。
たしかに、私は雷神様と出会い、村を変えるきっかけとなったのかもしれない。
でも私ひとりではなにも出来なかった。
そしてこれからもライエン様に頼って生きていくことはしたくない。
私は一歩、前に出て、静かに声を上げた。
「わたしは、神話守にはなりません」
ざわめく村人たちを前に、私はゆっくりと続けた。
「この村に必要なのは、誰かの命令や権力ではありません。神も恐れるものではない。大事なのは、自然と、互いと、心を大切にする……その気持ちです」
空に風が吹いた。
遠くで雲がほどけて、陽が差し込む。
「私はみなさんと同じ、ただの村のひとりです。それ以上でも、それ以下でもありません。だからみんなで力を合わせながら、分け合う気持ちでこの村を過ごしていって欲しい。私の願いはそれだけです」
少しだけ笑みを浮かべて、私は言葉を結んだ。
「きっとそうやって生きれば、争いのない平和な世界が生まれるはずです」
「ありがとう、ございます……」
村の人はみんな涙を流しながら頭を下げた。
温かい空気が、村をそっと包んでいく。
爪を立てるような争いではなく、そっと触れ合うような繋がりが、ここに生まれていた。
きっとこれが、新しい始まりなんだろう。
もう、この村は大丈夫だ。
私はその場を静かにあとにした。
離れた場所でライエン様は待ってくれていたようだ。
「美鈴……」
「……決めたのか?」
「はい」
私は頷いた。
ライエン様は言った。
本来住むべき場所に戻ってもいいと。
美鈴が望むなら、暮らしやすいところで暮らしたらいいと……。
「ライエン様……」
私が名前を呼ぶと、雷神様の瞳がほんのわずか、やさしく揺れた。
私の答えはもう、決まってる。
「これからも私と一緒に暮らしてくれませんか?あなたの側で生きていきたい」
すると次の瞬間。
雷神様の目が、ふっとやわらかく揺れた。
「良かった」
その口元に、滅多に見られない微笑が浮かぶ。
「……美鈴の考えを尊重しようと思っていた。でも美鈴がいなくなるのは悲しい」
そう言った彼は、ゆっくりと腕を伸ばしてきた。
「おいで」
「きゃっ!」
そして、私の肩をそっと引き寄せ、大きく、あたたかくその胸に抱きしめてくれた。
「これからは、キミが幸せだと思えるような生活を送ろう」
「ライエン様と一緒にいたら、もう十分幸せです」
「美鈴の居場所はここだ。毎日ここに帰ってくるんだ」
「はい……」
彼の胸に耳をあてると、静かに脈打つ鼓動が聞こえた。
彼の腕の中に包まれながら、私はようやく知った。
雷神様という名の孤独を抱えたひとりの存在が、今、たしかに私を必要としてくれているということを。
そして私もまた、この人と生きていくことを――心から望んでいるということを。
天上への光がまた、ふたりの頭上に降り注いでいた。
これからは……誰のものでもない人生を、ふたりで歩いていくのだと、静かに、そう思えた。
雷鳴山の神殿へと戻ると、どこからか飛び出してくるように、ふたつの小さな影が私たちの前に現れた。
「美鈴ぅ~~~~っ!!」
「帰ってきたジョ~~~~ッ!!」
勢いよく抱きついてきたのは、白くてふわふわのマルンとモルン。
ふたり揃って私の足元に飛びつき、ころんと転がるようにしがみついてくる。
「心配したんだゾ!もう帰ってこないかと思ったジョ……」
「美鈴は村に帰るかもしれないって思ったゾ……!」
ライエン様が見ている世界をふたりも見ることが出来るようになっている。
だから、一連の流れをマルンとモルンは見ていたんだろう。
「ふふ、ふたりとも……ただいま。大丈夫よ。これからここでまた一緒に暮らそう」
「美鈴……!」
私はそっと膝を折り、ふわふわの毛並みを撫でてやる。
すると、後ろで微かに喉を鳴らすような低い声が聞こえた。
「……全く、おおげさだな」
ふいに振り返ると、雷神様がほんの少しだけ顔をそらしていた。
マルンとモルンは同時に顔を上げる。
「なにを言うジョ! 雷神様だって、ずっとそわそわしてたくせに~僕たちは天上から眺めていたから知ってるんだジョ」
「……美鈴が村で暮らす可能性も考えて落ち込んでたんだゾ!」
「えっ」
私は思わず、雷神様の方を見てしまう。
すると彼は、明らかに視線をそらしながら言った。
「……言っていない」
けれど、その頬がほんのわずかに赤く染まっていたのを、私は見逃さなかった。
「ふふ……」
笑みがこぼれる。
マルンとモルンは、ぴょこぴょこと私の膝に登りながら言う。
「でも、よかったジョ~! 美鈴がいないと、天上も静かで寂しいんだゾ!」
「これで、また一緒にいられるジョ!」
私は小さく頷いた。
「ただいま。マルン、モルン」
帰る場所があること。
出迎えてくれる人がいること……。
それはすごく幸せなことなんだと実感した。
これからはここで暮らしていく。
だから……。
お母様……一緒に見守っていてくださいね。




