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稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~  作者: cheeery


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16/24

崩壊



村外れの倉庫。

厚い板の扉は、固く錠で閉ざされていた。


中からは、米俵や麻袋を引きずる音がかすかに響く。


私は息を潜め、柱の影から覗き込む。


「……やっぱり」


積み上げられているのは、村人たちが一年かけて育てた米や野菜、干した魚、染め上げた布まで。


おそらく天王寺家に雇われた男たちが動いているのだろう。


それらを馬車に積み込んでいる。


「お前たち、急げ!夜明けまでに運び出すぞ!」


怒鳴る声が響き、私は胸がざわめく。


あの布も、あの米も……すべて、みんなの生活を支えるものなのに。


足元の土を強く踏みしめる。


怖い。

でも、ここで黙って見ていたら、また村は飢える。


「やめてください!」


声を張り上げ、影から飛び出した。


男たちの動きが一瞬止まる。


「……なんだ、小娘が」


「返してください。それは、村のみんなのものです!」


睨みつける私に、笑いが返ってきた。


「なにかと思ったら生贄に出された娘じゃないか。お前になにができる?捨てられた娘ごときが」


「それがないと村のみんなが飢えて死んでしまいます」


「それがどうした。俺は与えられた役割をまっとうするまでだ。金ももらえるしな」


俵を抱えた男の腕にしがみつく。

必死に引き止めようとした瞬間――。


「邪魔だ!」


ごつい手が私の肩を乱暴に押し払った。


身体が弾かれるように地面へ倒れ込み、背中に鈍い痛みが走る。


「痛……っ」


見上げた視界の先で、俵は次々と馬車に積み込まれていく。


「お願いします、返してください!」


男たちは私を一瞥するだけで、荷物を入れ終えるとその場を去っていった。


馬車の車輪が軋む音が、容赦なく遠ざかっていく。


握った拳が小さく震える。


ダメだ……私一人ではなにも出来ない。


やっぱり村の人に信用してもらって、みんなで訴えかけないと変わらないかもしれない。


山道を下り、久しぶりに村の入り口が見えてきた。


夏草の匂いが風に混じり、土の道を踏みしめる足音がやけに大きく響く。


広場では、男たちが大きな桶を担ぎ、女たちが畑で摘んだ作物を仕分けていた。


けれど、みんなの目に生気はない。


そして私の姿が視界に入った瞬間、空気が変わった。


手を止めた村人たちが、ゆっくりとこちらを振り向く。


汗で濡れた額、土で汚れた手。

その表情は驚きではなく、冷ややかな拒絶だった。


「……お前」


誰かの低い声が広場に落ちる。

次の瞬間、年配の男が言い放った。


「まだここにいたのか!出ていけ!呪いの子が!!」


静かなはずの言葉が、胸に重く突き刺さる。


ざわめきが広がり、作業をしていた者たちが次々と私から距離を取った。


私は胸の奥から声を絞り出す。


「村の今の状況を聞きました……このままではみな、冬を越すことが出来ません。だから……天王寺家の元にみんなで行きませんか?みんなで訴えかければ、きっと……!」


そこまで告げた瞬間、それを遮るような高い声が聞こえてきた。


「……なにを言ってるんだ今更!こうなったのは、お前のせいだろ」


「そうだ!あんたが呪われているせいで俺たちの暮らしが奪われたんだ!」


胸が締めつけられる。

すると、誰かが地面の小石を拾い上げた。


──カツン。


乾いた音とともに、小石が私の足元を転がる。

続けざまに、肩に冷たい衝撃が走った。


「痛……っ」


「出ていけ!」


「お前なんか信じられるか!」


避けきれず、頬にかすった痛みと熱が広がる。


それでも、諦めちゃダメだ。

お母様はそうやって村の人と向き合ってきたのだから。


「呪いなんてこの世には存在しないのです……私は本当にただ村を……村のみんなを助けたいだけなんです!」


お母様が神話守をしていた時代。

こんな風に村人がボロボロになるまで使われることはなかった。


みんながいがみ合い、汚い言葉をぶつけ合うことなんかなかったんだ。


「出て行け!」


村人がもう一度小石を振りかぶった時。

小さな声が群衆の中から響いた。


「……やめろよ」


皆がそちらを振り向くと、まだ十にも満たない少年太一が、一歩前に出ていた。


太一は村の様子を見に来ていた頃、よく懐いていてくれた子だ。


か細い腕を震わせながら、それでも私をまっすぐ見ている。


「美鈴は……ずっと村のことを気にしてくれてた。毎日、村の様子を見にきては……俺たちの話を聞いてくれて、村を守ってくれてたじゃないか」


太一……。

その声は次第に強くなっていく。


「ずっと……村のことを考えてくれたのは美鈴だけだ」


太一は声を張り上げる。


「式典に失敗しただけで、こんな……こんな扱いを受けなくちゃいけないのか?今までしてくれていたことが、全部なかったことになっちゃうのか?」


私の胸の奥が熱くなり、喉がきゅっと締めつけられた。


太一の声は、今にも途切れそうなほど震えていた。


「そんなのおかしいよ!」


潤んだ瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちる。


「神話守が麗羅様に受け継がれてから……村の様子を一度でも見に来たことがあったか?村の植物に水をあげたり……食料を分け与えたり……してくれたことがあったか?」


小さな拳をぎゅっと握りしめ、頬を濡らしながらも太一は必死に言葉を紡ぐ。


「美鈴は、俺たちのために……ずっと動いてくれてたのに。なのに、どうして……悪者扱いするんだよ!」


その声に押されるように、周囲の村人たちは互いの顔を見合わせた。


腕を組んでいた男が、ふっと視線を逸らし、別の女が小さくつぶやく。


「……そういえば、美鈴様は嵐の日も……畑の様子を見に来てくれてたな」


「病気のときも、薬草を持ってきてくれた」


ぽつり、ぽつりと声が広がっていく。


さっきまで握っていた石が、ひとつ、またひとつと地面に落ちた。


「俺たちは間違っていたのかもしれない」


「……すまなかった」


その声は、決して大きくはない。


けれど、その一言が合図になったかのように、他の村人たちも次々と石を置き、うつむいた。


「俺たち……あんたに助けられたこと、たくさんあったのに」


「式典が全てだと思って……大事なものが見えてなかったのかもしれない」


握られていた拳が開かれ、硬く閉ざされていた表情がゆるんでいく。


私は、太一の元に向かって柔らかく微笑んだ。


「……太一、ありがとう」


太一は照れくさそうに首を振る。


村の人は私のしていることを見てくれていた。


お母様……やっぱりお母様の言っていたことは正しかったです。


してきたことは必ず自分に帰ってくる。


優しく出来る人だけが温かい村を作ることが出来るのね。


冷たかった村の空気が、ようやく雪解けを迎えたかのように柔らかく変わっていった。


するとその時、焼け焦げたような空気を裂いて、村の広場にどよめきが走る。


それは、ひとりの若者の叫びから始まった。


「……みんな!この名簿を見てくれ!天王寺の倉にあったんだ!」


「……村の作物、みんな献上じゃなく、売り飛ばされてる!しかも金は村に落ちちゃいない!」


たちまち、人々の顔が怒りに染まる。


「なんだと……!」


「もう許さねぇ、アイツら……俺らが苦しい思いをしてる中、好き勝手しやがって……」


「おかしいと思ってたんだ!俺たちは貧しい暮らしをしているのに、天王寺家は豪華のものを食い、服をいくつも変えて……」


「天王寺家を潰しに行こう!!もうそれしか俺たちが生き延びる手段はない」


「そうだ!!これ以上、黙ってられるか!!」


怒号が響き渡った。


村人たちはそれぞれの手に、鍬や鎌、棒を握りしめ、天王寺家の屋敷に向かって走り出す。


土煙を上げながら、怒りに燃えるその背中はまるで火がついたようだった。


「待って、みんな落ち着いて!」


怒りのまま天王寺家に突撃するなんて、ダメだ。


私は必死に叫びながら追いかけた。


「待ってください、ダメです……」


こんなこと、誰も幸せにはならない。


いがみ合い、戦い合いの果てに待っているのは幸せなんかじゃないんだ。


けれど、誰の耳にもその声は届かない。


彼らの目は、怒りと絶望で真っ赤に染まり、もはや復讐以外の感情を失っていた。


握りしめた農具や松明が、夜気の中で揺れるたび、橙色の火が荒々しく人々の顔を照らす。


村の中央を抜け、天王寺家へと続く坂道を進む。


行列を作り、村人たちは天王寺家を目指して進み続けた。




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