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稲妻の契り~生贄に出された娘は雷神様から一途な溺愛を受ける~  作者: cheeery


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母の命日



神殿の朝は、いつもより静かだった。


天上の空にうっすらと霞がかかり、鳥たちの声もどこか遠く聞こえる。


私は縁側に座り、胸元に手をあてる。


今日はお母様の命日。


この世界に来てから、いくつもの季節が過ぎた。


それでも、村の様子は毎日この天上から確認をしている。


忘れることが出来ないのは、私の生まれた場所であるからか、それともお母様がそこにいるからか……。


私は決心して立ち上がると、雷神様のもとへ向かった。


神殿の奥。


静かに文を綴っていたライエン様は、私の気配に気づくと顔を上げた。


「……どうした」


雷神様は優しい顔でこちらを見る。


私は、そっと膝をついた。


「ライエン様。お願いがあります」


「……なんだ」


「今日だけ、村に戻らせていただけませんか。今日は……母の命日なんです。お墓参りを、したくて」


少しの沈黙。


けれどライエン様は、すぐに筆を置き、立ち上がった。


「分かった。ならば、すぐ支度をしよう」


「ありがとうございます!母のお墓参りを終えたらすぐに戻ります……」


そうして私たちは、再び村へと向かった。


雷神の力で雲を渡り、山を越えて、人の地へと降り立つ。


出来るだけ村の人に会わないように、隠れながら私はお墓に向かった。


「俺はこれからやらなきゃいけないことがある。何かあったら耳についているその宝石で呼んでほしい」


「はい、分かりました」


ライエン様は時々、村に行くとなにかをしているみたいだ。


何をしているのかまでは分からない。


正直気になるけれど、そこまで干渉すると嫌がられそうだから聞いてみたことはない。


それから私たちは別れ、それぞれの道を歩くことにした。


母の眠る墓は、村のはずれの小さな杉の木のそばにあった。


私は、さっき村で摘んできた花を手に歩を進める。


今日は静かに手を合わせて、ライエン様のことを伝えるんだ。


そう思っていたのに。


「……え?」


その場所に、人影があった。


麗蘭──。


彼女は釜のようなものを手に、土を荒々しく掘り返している。


盛り上がった土の奥には、墓石がのぞいていた。


それは、私のお母様の墓だった。


血の気が引くのを感じながら、思わず声をあげる。


「……麗蘭?何をしているの?」


ゆっくりと振り返った麗蘭は、口の端を持ち上げて笑った。


「今日はあの女の命日の日。絶対にアンタが下りてくると思ったのよ」


「どうしてこんなことを……」


「決まってるでしょ?あんたの全てを壊すためよ。この間はあの雷神とか言う男に散々な目に遭ったわ」


足元がぐらぐらと揺れた気がした。


息がうまくできない。手足が震える。


私の大切な人の、眠る場所をこんな……掘り起こすなんて……。


「やめてっ……!」


私は麗羅の手を取り叫んだ。


私のお母様のお墓。


いつも静かに、見守ってくれていた私にとって大事な場所だ。


それをぐちゃぐちゃにするなんて許されるわけがない。


花びらには泥がこびりつき、母の名を刻んだ墓標が斜めに傾いていた。


「もうやめて……こんなことしないで……っ」


釡を取り返そうとしたその瞬間。


麗麗は私の髪を、ぐいっとわしづかみにした。


「いっ……!」


「ねぇ、やめてほしい?だったらあの雷神とかいうやつ連れてきてよ。神様なんかに取り入って同情でもかったわけ!?お前は死んだ人間のクセにずぶといんだよ!」


引っ張られた頭皮が焼けるように痛む。


でも、それ以上に胸が痛かった。


「連れてこい……そしたらやめてやるよ」


「い、た……い」


「神様がチョロいなら取り入ればいいのよ。それにね、最近天候は大荒れで困っていたのよ。でも雷神と手を組めば私は最強になれる……私は全てに選ばれた人間になれるのよ!」


目を見開く麗羅。


麗蘭はずっと権力のことしか考えていない。


私は麗羅の手を振りほどこうともがく。


けれど、力では敵わなかった。


麗羅の爪が、私の頭皮に食い込んでいく。


「う“……う」


助けて……。


くるしい……。


その時だった。


──ゴロゴロ……!


空が低く唸り、雷鳴が響きわたる。


次の瞬間、目の前に稲妻が走り、大地を揺らすような轟音が落ちた。


「な、なに!?」


白い光の中から、姿を現したのはライエン様だった。


全身を電気が走り、地面に触れていた麗蘭の手へと火花が飛び散った。


「きゃああっ!」


甲高い悲鳴が、墓地に響き渡る。


しかし、それを無視するようにライエン様は低い声で尋ねた。


「何をしている」


その眼差しが、真っ直ぐに麗羅を射抜いていた。


「その手を離せ」


麗羅の肩がびくりと跳ね、震えながら手を引いた。


「ほ、本当に来たわね……ねぇ雷神。取引よ」


麗羅……?


「こんな、陰気で地味で、神の器にふさわしくもないただの生贄より、私を選んで。私側につきなさいよ」


ライエン様の表情は動かない。


それでも麗羅は、言葉を続けた。


「そうすれば、あなたの求めているものをあたえてあげられる。力も、名声も、あなたが神として崇められるにふさわしい世界を、私が築いてあげる」


麗羅は何を言っているの……?


すると、ライエン様が静かに一歩前に出た。


「……お前は、勘違いをしている」


その声は、氷よりも冷たく、雷よりも重く響いた。


「俺がたずねたのだ、何をしていると」


雷神様の低く、深く、腹の底から響くような声が、空気を切り裂いた。


「……っ、な、なによ」


「美鈴に、何をした?」


雷神様は麗蘭の顔を掴みかかった。


「きゃあっ!!」


ライエン様の大きな手に顔を押さえつけられ、麗蘭は必死にもがく。


「離してっ!」


悲鳴をあげながら、掴まれた手を引き剥がそうと足をばたつかせた。


「俺が今カミナリを放てば、お前は即死だ」


「ヒッ……」


「お前はどれだけ俺を怒らせれば気が済む?」


次の瞬間。


バッ、と風が吹き荒れた。


ライエン、さま……?


それはただの風ではなかった。


神の怒りが形を成した、咆哮のような暴風だった。


「ひっ……!」


麗羅が後ずさると、空が一気にかき曇り、雷雲が唸りを上げて広がっていく。


「お前みたいな人間は、生きている資格もない」


風が木々を引き裂き、地面の砂を巻き上げる。


私の髪が舞い上がり、視界がぼやけるほどの風圧が襲ってきた。


「ま……待って……!」


私の声は、風にかき消される。


雷神様の双眸が、灼けつくような金に染まっていた。


「ちょっ、ちょっと怒らないで話を聞いてよ。この子よりも私の方が優れてるって話をしているだけで……」


その時、近くに雷が落ちた。


ドォン!!と大地を割るような轟音が響き、麗羅のすぐ横に閃光が走る。


麗蘭はその場にへたり込み、腰を抜かした。


「いやぁ!やめて……わ、私が悪かったから!!」


けれど風は止まらない。


雷の轟きは鳴り止まない。


「俺はこの村なんか正直どうでもいい。美鈴を悲しませるなら、消えてなくなればいい」


「や、やめ……っ」


稲光が渦を巻き、空が真昼のように明るくなる。


ぽつり、ぽつりと雨が落ちて来たかと思ったら、いつのまにかその雨は滝のように勢いを増していた。


ザーッと降ってくる雨。


「ら、ライエン様……」


それは立っているのも難しいくらいの雨だった。


風にあおられ、木々が折れ、土がめくれあがる。


麗羅は泥にまみれになりながら泣き叫んでいた。


突風に背を押され、私は思わず足を取られた。地面に倒れ込む──そう思った時、硬く温かな腕に支えられる。


「帰るぞ」


「……あ、あの……でも」


稲光が私たちを包み込む。


村はどうなるの……?


そう尋ねる暇もなく、ライエン様の身体が浮き上がる。


耳を裂くような風音が渦を巻き、髪が乱暴に舞い上がる。


下を見れば、村の灯りが小さく震えていた。


この強い嵐は危険かもしれない。




天上にやってくると、さっきまでの嵐が嘘だったかのように穏やかだった。


でもこのまま放置するわけにはいかない。


「……ライエン様、あの……村はどうなるのですか?」


小さな声で尋ねると、雷神様は答える。


「……知らぬ」


ライエン様は怒っているようだった。


「ライエン様……あのままでは村が滅びてしまいます」


「いいではないか。キミを捨てた人間たちが住む場所だ。無くなったって構わないだろ?」


胸の奥が、ぎゅっとなった。


ダメだ……このままじゃ……!


「いけません!ライエン様……どうか、村の嵐を、止めてください」


ライエン様の表情が動かないまま、低い声が返ってくる。


「あの雨と風では、家も田畑も、命さえ……」


すると雷神様は一歩、私に近づいた。


「構わぬ。あの村の者たちは、お前の尊厳を踏みにじることしかしてこなかった。お前が再びその地に足を踏み入れる限り……また、傷つくことになる。ならばいっそ、滅びてしまった方がいい」


「いけません!」


私は叫ぶように言った。


その声に、空気が張り詰める。


「たしかに……わたしはあの村で傷つきました。けれど、あの村には苦しみながらも、必死に生きている人たちがいます。誰もが悪いわけじゃない。傷つけられたからって、わたしが同じように誰かを傷つける理由にはなりません!」


言葉が震えても、声は揺らがなかった。


「過ちを犯したからといって、全部を滅ぼしていいわけじゃない。誰かが、赦さなければ……一生連鎖が続いていきます」


私は信じたい。


あの村は、変われると。


環境がすべて整った時、笑顔で溢れる村に出来ると信じたいんだ。


そしてゆっくりとライエン様に手を伸ばす。


「それに……あなたが権力を振るってしまったら、あなたは恨まれる神様になってしまう」


「元々人間からの評価なんて、興味がない」


「ダメなんです。あなたは心優しき人……禍津神になってはいけません」


そっとライエン様に手を伸ばす。


しかし彼はその場でうつむいた。


「お前の気持ちはよく分からん」


「ライエン、さま……」


その瞳はなぜか寂しげに揺れている。


私の横を通りすぎ、ライエン様がゆっくりと天上の縁に立つと、静かに右手を掲げた。


そこには長く黒金に輝く、雷を帯びた杖が握られていた。


稲妻の筋を刻んだような神器。


ライエン様はその杖を、ひと振り、空を裂くように大きく横に振り払った。


ビュウッ――!


すると、雷鳴山の空がわずかに震え、村の方角……厚く覆われていた黒雲が、少しずつ引いていった。


稲妻が消え、風が止む。


あの荒れ狂っていた嵐が、ゆっくりと静まっていく。


私は思わず両手を握りしめた。


……止めてくださった。


けれど、雷神様は私の方を振り返らなかった。


ただ背を向けたまま、一言もなく、そのまま神殿の奥へと歩き出してしまった。


怒らせてしまった……のかな。


その背中を呼び止めることもできずに、私はただ、その場に立ち尽くす。


ライエン様だけがここを居場所にしていいと優しさを見せてくれたんだ。


それなのに私は……いつまでも村に固執している人間だと思われてしまっただろうか。


それでも大事にしたかったの。


村も……それからあなたも。





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