第7話「王手と放課後」
謎解き系を自分で考える難しさ半端なかったです
中間テストを目前に控えた昼休み。教室は、珍しく静まり返っていた。
英語のプリントに目を通していた俺の耳に、教室のドアが開く音が届く。
「……あの、鎌倉さん、いますか?」
声変わりしきっていない、やや甲高い男子の声だった。
目を向けると、見慣れない男子が立っていた。
髪は寝癖まじりで、メガネの奥の目は泳いでいる。制服も着崩れていて、どこか頼りない印象を与える。
「あっ……これ、図書室の廊下で落ちてたんです。参考書……鎌倉さんのだと思って」
「あ、ありがとう……それ、私の」
鎌倉が前に出て、参考書を受け取る。彼は小さく頭を下げると、逃げるように教室を出て行った。
「誰……?」
「将棋部の子じゃない? たしか……小田原とかいう名前だったような……」
俺は席に座ったまま、扉の向こうに消えた彼の背中を思い返していた。
表情に、どこか怯えたようなものが混じっていた気がする。
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放課後、俺はいつもどおり残って自習をしていた。
鎌倉は今日は用事で早退。厚木と二人でプリントを解き進めていた。
「中間テスト、範囲広すぎ。誰だよ、進度こんなにしたの」
「先生」
「真顔で返さないでよ……」
そう言って笑った厚木の顔に、少しだけ余裕が戻っていた。
だがその和やかな空気を破ったのは、廊下から響いた騒ぎだった。
「将棋部、やばいって! 部室荒らされたらしい!」
「またかよ、誰かの仕返し?」
足音と叫び声が遠ざかっていく。
「行こう」
厚木の声にうなずき、俺も立ち上がった。
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将棋部の部室は、理科準備室だった部屋の奥にある小さな空間だった。
そこにはすでに数人の生徒が集まっていた。
中でも、昼に教室に来た“あの男子”が、部室の前でうずくまっていた。
「……大丈夫?」
俺が声をかけると、彼は顔を上げた。やはり、怯えたような表情。
「逗子くん……ですよね。ぼ、僕、小田原って言います……。副部長で……でも……こんな……」
彼の声は震えていた。
俺と厚木は部室の扉を押し開けた。
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ひどい有様だった。
将棋盤は机ごと倒され、駒が床一面に散乱している。
棚から引き出されたファイルは、乱雑に破かれ、部誌の何冊かはビリビリに裂かれていた。
明らかに、誰かが故意に荒らした。
厚木が思わず息をのむ。
「……これは、ちょっと悪質すぎる」
「うん」
俺も同意した。
「小田原くん、何時ごろ来たの?」
「さっき……15分くらい前に部室に来たら、この状態で……誰もいなくて……」
「部長は?」
「今日は風邪で休んでて……他の一年も、まだ来てないはずです……」
「鍵は?」
「かけてなかったんです。昼休みに一人で使ってた子がいたみたいで、そのあと閉めなかったのかも……」
ふと、俺の目に部誌の一冊が止まった。
見開きのページには、将棋部の大会出場記録と、参加者の顔写真が印刷されていた。
破られていたのは、まさにそのページ。
──これは、個人ではなく、「将棋部」全体を標的にした行為か?
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「犯人、心当たりある?」
俺が小田原に聞くと、彼は小さく首を振った。
「誰かとトラブルがあったとか、そういう話は……部としても、僕個人としても……」
だが、ここまで荒らされた痕跡がある以上、“偶然”や“いたずら”では済まされない。
「部誌のページが破れてる。大会記録のところ」
厚木が指摘する。
「これ、個人名とか顔写真とか載ってるよね? 恨み持ってた誰か……って可能性もあるんじゃ?」
「それって……外部の人間ってこと?」
小田原が不安げな声を出す。
厚木と俺は顔を見合わせた。
──この“丁寧に、ピンポイントで”荒らされた痕跡は、逆に犯人の狙いを読みづらくしている。
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数分後、生活指導の先生が現れ、俺たちは事情を説明した。
「とりあえず、これは校内掲示板にも載せる。何か知ってる人がいれば申し出るように」
先生はそう言って、部誌の破片を袋に詰めた。
俺はその場を離れようとしたが、ふと小田原に聞いた。
「そういえば……なんで昼に、鎌倉さんの参考書が落とし物だって分かったの?」
「……あ、あれは……以前に図書室で見かけて、似たの持ってたから……」
「たまたま?」
「……たぶん」
小田原はそれ以上、言葉を続けなかった。
俺はそれ以上追及しなかった。
──彼は犯人じゃない。
ただ、関係者として“巻き込まれた側”だ。
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その夜、自室で将棋アプリを立ち上げながら、俺はふと思った。
将棋には、“先を読む力”が問われる。
でもそれ以上に、“相手の手に惑わされないこと”が重要だ。
この事件、あまりに“分かりやすく荒らしすぎている”。
──つまり、それ自体が“目くらまし”では?
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