表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/52

第7話「王手と放課後」

謎解き系を自分で考える難しさ半端なかったです

中間テストを目前に控えた昼休み。教室は、珍しく静まり返っていた。


 英語のプリントに目を通していた俺の耳に、教室のドアが開く音が届く。


 「……あの、鎌倉さん、いますか?」


 声変わりしきっていない、やや甲高い男子の声だった。

 目を向けると、見慣れない男子が立っていた。

 髪は寝癖まじりで、メガネの奥の目は泳いでいる。制服も着崩れていて、どこか頼りない印象を与える。


 「あっ……これ、図書室の廊下で落ちてたんです。参考書……鎌倉さんのだと思って」


 「あ、ありがとう……それ、私の」


 鎌倉が前に出て、参考書を受け取る。彼は小さく頭を下げると、逃げるように教室を出て行った。


 「誰……?」


 「将棋部の子じゃない? たしか……小田原とかいう名前だったような……」


 俺は席に座ったまま、扉の向こうに消えた彼の背中を思い返していた。

 表情に、どこか怯えたようなものが混じっていた気がする。



 放課後、俺はいつもどおり残って自習をしていた。

 鎌倉は今日は用事で早退。厚木と二人でプリントを解き進めていた。


 「中間テスト、範囲広すぎ。誰だよ、進度こんなにしたの」


 「先生」


 「真顔で返さないでよ……」


 そう言って笑った厚木の顔に、少しだけ余裕が戻っていた。

 だがその和やかな空気を破ったのは、廊下から響いた騒ぎだった。


 「将棋部、やばいって! 部室荒らされたらしい!」


 「またかよ、誰かの仕返し?」


 足音と叫び声が遠ざかっていく。


 「行こう」

 厚木の声にうなずき、俺も立ち上がった。



 将棋部の部室は、理科準備室だった部屋の奥にある小さな空間だった。


 そこにはすでに数人の生徒が集まっていた。


 中でも、昼に教室に来た“あの男子”が、部室の前でうずくまっていた。


 「……大丈夫?」


 俺が声をかけると、彼は顔を上げた。やはり、怯えたような表情。


 「逗子くん……ですよね。ぼ、僕、小田原って言います……。副部長で……でも……こんな……」


 彼の声は震えていた。


 俺と厚木は部室の扉を押し開けた。



 ひどい有様だった。


 将棋盤は机ごと倒され、駒が床一面に散乱している。

 棚から引き出されたファイルは、乱雑に破かれ、部誌の何冊かはビリビリに裂かれていた。


 明らかに、誰かが故意に荒らした。


 厚木が思わず息をのむ。


 「……これは、ちょっと悪質すぎる」


 「うん」

 俺も同意した。


 「小田原くん、何時ごろ来たの?」


 「さっき……15分くらい前に部室に来たら、この状態で……誰もいなくて……」


 「部長は?」


 「今日は風邪で休んでて……他の一年も、まだ来てないはずです……」


 「鍵は?」


 「かけてなかったんです。昼休みに一人で使ってた子がいたみたいで、そのあと閉めなかったのかも……」


 ふと、俺の目に部誌の一冊が止まった。

 見開きのページには、将棋部の大会出場記録と、参加者の顔写真が印刷されていた。


 破られていたのは、まさにそのページ。


 ──これは、個人ではなく、「将棋部」全体を標的にした行為か?



 「犯人、心当たりある?」

 俺が小田原に聞くと、彼は小さく首を振った。


 「誰かとトラブルがあったとか、そういう話は……部としても、僕個人としても……」


 だが、ここまで荒らされた痕跡がある以上、“偶然”や“いたずら”では済まされない。


 「部誌のページが破れてる。大会記録のところ」


 厚木が指摘する。


 「これ、個人名とか顔写真とか載ってるよね? 恨み持ってた誰か……って可能性もあるんじゃ?」


 「それって……外部の人間ってこと?」

 小田原が不安げな声を出す。


 厚木と俺は顔を見合わせた。


 ──この“丁寧に、ピンポイントで”荒らされた痕跡は、逆に犯人の狙いを読みづらくしている。



 数分後、生活指導の先生が現れ、俺たちは事情を説明した。


 「とりあえず、これは校内掲示板にも載せる。何か知ってる人がいれば申し出るように」


 先生はそう言って、部誌の破片を袋に詰めた。


 俺はその場を離れようとしたが、ふと小田原に聞いた。


 「そういえば……なんで昼に、鎌倉さんの参考書が落とし物だって分かったの?」


 「……あ、あれは……以前に図書室で見かけて、似たの持ってたから……」


 「たまたま?」


 「……たぶん」


 小田原はそれ以上、言葉を続けなかった。


 俺はそれ以上追及しなかった。


 ──彼は犯人じゃない。


 ただ、関係者として“巻き込まれた側”だ。



 その夜、自室で将棋アプリを立ち上げながら、俺はふと思った。


 将棋には、“先を読む力”が問われる。


 でもそれ以上に、“相手の手に惑わされないこと”が重要だ。


 この事件、あまりに“分かりやすく荒らしすぎている”。


 ──つまり、それ自体が“目くらまし”では?


お読み下さりありがとうございました。ご感想頂けたら励みになりますよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ