第41話「誰と誰」
佐藤美咲のブレスレット盗難事件は、静かに、しかし確実にクラスのざわめきを生んでいた。教師にはまだ報告されていないが、生徒たちの間では「佐藤さんの大切なものがなくなったらしい」という噂が、あっという間に広まっていた。
「悠人、これって本当に盗難なのかね?」
小田原が心配そうな顔で俺に訊いてきた。放課後、俺たちはいつものように教室の隅に集まり、情報を整理していた。
「佐藤さんの話を聞く限り、紛失というよりは意図的な持ち去りの可能性が高い。ロッカーの中にしまってあったものだからな」
厚木が冷静に分析する。
「でも、誰がそんなことするっていうのよ? 盗んで何になるの? お金になるようなものじゃないんでしょ?」
リオが不満げに腕を組んだ。彼女の言う通りだ。高価なものではない。だからこそ、目的が金銭とは考えにくい。嫌がらせ、あるいは個人的な恨みか。
「佐藤さんが言ってた、『相沢くんとの気まずいこと』ってのが気になるわね」
鎌倉が口を開いた。
「それが何か、詳しく聞けた?」
俺が尋ねると、鎌倉は首を横に振った。
「ううん。話そうとはしてくれたんだけど、やっぱり言いづらいみたいで。でも、体育の授業の前日、相沢くんと佐藤さんが図書室で話してるのを見たって、同じクラスの清水さんが言ってたわ」
図書室。そして、体育の授業の前日。
「どんな様子だった?」
厚木が訊いた。
「えっと、清水さんの話だと、二人が少し険悪な雰囲気だったって。相沢くんが、何かを佐藤さんに詰め寄ってるような感じだったって言ってたわ」
これは新しい情報だ。相沢ユウキが、佐藤美咲を詰め寄る。それが、何を意味するのか。やはり、佐藤がかすかに疑ったように、相沢が犯人なのか? だが、相沢の性格を考えると、直接的な嫌がらせ、しかも盗難という形を取るだろうか。疑問が残る。
俺は、念のため相沢ユウキを観察してみた。彼はいつも通り、真面目に授業を受け、ノートを取り、教師の質問に淀みなく答えている。顔色も、特に変わった様子はない。むしろ、普段通りの優等生ぶりだ。
そんな中、俺の視界の端で、高円寺隼人が友人数人と談笑しているのが見えた。
「よお、逗子。なんか暗い顔してんじゃん。やっぱり地味な奴は陰キャオーラが強いな」
高円寺がニヤリと笑った。彼の悪気のない(と本人は思っている)挑発は、俺の神経を逆撫でする。小田原が「おい!」と口を開きかけたが、俺は目で制した。今は、奴の挑発に乗っている場合じゃない。
「佐藤さんのブレスレットの件、知ってるか?」
俺はあえて、高円寺に話を振った。彼がクラスの中心にいるなら、情報は早めに耳に入っているはずだ。
「ああ、なんか物騒な話になってんな。ま、誰かのイタズラか、落とし物だろ。そんな大げさにすることじゃねーだろ」
高円寺は、事もなげに言った。やはり、彼にとってはどうでもいいことなのだろう。彼の反応に、俺は苛立ちを覚えた。彼には、佐藤さんの心の痛みが、全く見えていない。
「イタズラにしては、悪質だ。佐藤さんは大切なものだと言っていた」
俺が言うと、高円寺は肩をすくめた。
「ふーん。ま、警察沙汰になるようなことじゃなけりゃ、別に俺には関係ないしな」
その言葉に、リオが「なによそれ!」と、今にも掴みかかりそうな勢いで立ち上がった。小田原が慌ててリオをなだめる。
厚木が冷静に口を挟んだ。
「高円寺くんは、関心がないのね。結構よ。私たちで解決するから」
高円寺はフンと鼻を鳴らし、再び友人たちとの会話に戻っていった。彼の「俺には関係ない」という態度が、俺の闘志に火をつけた。この事件は、俺が「神」としての存在意義を示す絶好の機会だ。
翌日、新たな情報が入った。
「ねえ、逗子くん。私、昨日、体育の授業が終わった後、ちょっと変なものを見ちゃったの」
そう声をかけてきたのは、田中エリという女子生徒だった。彼女は高円寺グループに属する、いわゆる「イケてる女子」の一人だ。まさか、彼女が情報を提供してくれるとは意外だった。
「体育の後、佐藤さんが着替える時にブレスレットをロッカーに入れたのを見たわ。その時はまだあった。それで、私が着替え終わって教室に戻ろうとしたら、廊下で相沢くんと、クラスの美術部の高橋さんが、何やらヒソヒソ話してたのを見たの」
高橋さん。クラスの美術部の女子生徒で、普段はあまり目立たない存在だ。相沢と高橋が、二人でヒソヒソ話?
「どんな話をしてたか、聞こえた?」
俺は問い詰めた。
「ううん、そこまでは聞こえなかった。でも、高橋さんが、何かを相沢くんに渡してるような、受け取ってるような仕草をしてた気がするの。気のせいかもしれないけど……」
田中の証言は、さらに相沢ユウキへの疑惑を深めるものだった。相沢と佐藤の間の「気まずいこと」。そして、体育後、ロッカーからブレスレットがなくなった直後の、相沢と高橋の密会。高橋が相沢に何かを渡す、あるいは受け取る仕草。
「高橋さんと相沢くんって、今まで特に接点があったの?」
厚木が尋ねる。
「うーん、あんまり見ない組み合わせだよね。相沢くんは成績トップだし、高橋さんは美術部で、あんまりクラスのグループには入ってない感じだったし」
小田原が首を傾げた。
これは、明らかに不自然だ。相沢と高橋の関係。そして、もし相沢が犯人なら、高橋は共犯者か、あるいは協力者ということになる。だが、なぜ? 優等生の相沢が、わざわざ美術部の地味な生徒を巻き込んでまで、佐藤のブレスレットを盗む理由があるのか?
俺は頭の中で、情報のピースを並べ替えた。
佐藤美咲のブレスレットがロッカーから盗まれた。
佐藤は相沢ユウキと「気まずいこと」があったと示唆。
鎌倉の友人・清水の証言:体育の前日、図書室で相沢が佐藤を詰め寄っていた。
田中エリの証言:体育後、相沢と美術部の高橋が密会、何かをやり取りしていた。
これは、相沢に焦点を絞らせるための、巧妙なミスリードだ。だが、高橋が関わっているとなると、美術部というキーワードが浮上する。何か、美術部に関連する隠された意図があるのだろうか。
俺は、一連の情報から、ある可能性にたどり着き始めていた。ブレスレットを盗む目的が、金銭ではない。嫌がらせにしては、あまりにもリスクが高い。だとすれば、目的は他に……。
俺は、厚木に指示を出した。
「厚木、美術部の活動状況について、何か情報がないか調べてみてくれ。特に最近の作品とか、部員の動向とか」
厚木は、俺の意図を察したのか、静かに頷いた。事件の真相は、意外なところにあるのかもしれない。




