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第40話「3軍の認識」

高円寺隼人の登場は、2年A組の空気を一変させた。彼の席の周りには常に人垣ができ、彼の一挙手一投足に笑い声や感嘆の声が上がる。まるで彼が太陽で、他の生徒たちはその引力に引き寄せられる惑星のようだった。


俺たち5人は、相変わらず教室の隅の方で固まっていた。高円寺の一言で「3軍」と再認識された俺は、どうにも浮かない顔をしていたらしい。


「あーもう! あの高円寺とかいうやつ、なんなのよ! 悠人がどれだけすごいか知らないくせに!」


茅ヶ崎リオが頬を膨らませていた。リオはストレートに感情を表現するタイプだ。


「まあまあ、リオ。高円寺くんも、悪気があるわけじゃないんだろうし…」


鎌倉ほのかが、いつものように控えめに諫める。その隣で、小田原朝陽は複雑な顔をしている。彼は高円寺の陽キャぶりに内心羨望の眼差しを向けているようにも見えたが、同時に俺を心配していることも伝わってきた。


「問題は、高円寺の言葉が、逗子くんの本質を見抜いたか否か、ね」


厚木凛が冷静に言った。彼女の言葉はいつも俺の核心を突いてくる。


「本質って……俺はただの逗子悠人だけどな」


俺が言うと、厚木はフッと鼻で笑った。


「そうよ。あなたは『神』であると同時に、そういう存在でしかない。高円寺は、そこを正確に捉えた。認めたくなくても、彼の観察眼は侮れないわ」


俺は思わず唇を噛んだ。厚木にそう言われると、反論の余地がない。


そんな、高円寺の「陽」のオーラと、俺の「地味」が拮抗する奇妙なクラスの空気が続いたある日の放課後だった。


「ねえ、聞いてくれる?」


クラスメイトの女子生徒、佐藤美咲が、俺たちの方へ恐る恐る近づいてきた。彼女はクラスでは目立たない方だが、真面目で優しい性格で、男女問わず信頼されているタイプだ。その佐藤の顔が、今は青ざめていた。


「どうしたの、佐藤さん?」


鎌倉が優しく尋ねる。


「私……大切なもの、なくしちゃったの」


佐藤は震える声で言った。彼女の手には、使い古された小さなノートが握られていた。


「え? なにを?」


小田原が眉をひそめる。


「えっと……すごく大事にしてた、親友からの手作りのブレスレットが、なくなったの。今日、体育の時までは確かにつけてたのに、教室に戻ったら、なくなってた……」


佐藤の目に涙が溜まっていく。手作りのブレスレット。それは、中学時代からの親友と、高校に入って離れてしまったけれど、友情の証としてお揃いで作ったものだという。しかも、その親友は、春休み中に遠くへ引っ越してしまったらしい。失くした場所も、時間も、はっきりしない。体育の授業中か、着替えの時か、あるいは教室に戻ってからか。


「まさか……盗まれた?」


リオが眉をひそめて呟いた。佐藤は俯いたまま、小さく頷いた。


「誰かに、意図的に持ち去られたとしか思えないの。だって、ロッカーに入れてたバッグのポケットから、なくなってたんだもん」


ロッカーに鍵はかけていたが、そのポケットは常に開けっ放しにしていたという。これは、紛失ではなく、盗難の可能性が高い。


クラス内に盗難事件。それは、新学期早々、クラスの雰囲気を重くする出来事だった。


「誰かに相談した?」


厚木が冷静に尋ねた。佐藤は首を振る。


「まだ……先生にも、誰にも。ただ、ショックで……でも、どうしても見つけたくて」


クラスの秩序を乱すようなことはしたくない、という佐藤の優しさが伝わってきた。そして、彼女が真っ先に相談に来たのが、俺たち、というよりも、俺の元だった。1年生の間に積み重ねた「神」としての評価が、こんな形で発揮されるのは、正直複雑な気分だ。


「ブレスレットって、どんな特徴があったの?」


俺は状況を整理するために、まずは情報収集を始めた。ブレスレットは、淡い水色のビーズと、小さな貝殻が編み込まれたもの。手作りなので、既製品とは違い、多少いびつな部分もあるという。


「他には? 誰かに見せたとか、自慢したとかは?」


「ううん、特に。体育の時はいつも外してロッカーにしまってたし……」


佐藤は肩を落とした。彼女の様子から、嘘をついているようには見えない。


俺はクラス全体をざっと見渡した。新しいクラスメイトの中には、まだ顔と名前が一致しない生徒もいる。この中に、犯人がいるのだろうか。


「何か、心当たりのある人とかは?」


小田原が訊くと、佐藤は一瞬、戸惑ったように視線を泳がせた。そして、かすかに、ある方向へと目を向けた。その先には――クラス委員長の相沢ユウキがいた。


相沢ユウキは、学年トップクラスの成績で、真面目で責任感の強い優等生だ。教師からの信頼も厚く、クラスメイトからの人望もそこそこある。そんな彼が、なぜ?


「……相沢くん?」


俺が小声で呟くと、佐藤は慌てて首を振った。


「ち、違うの! なんでもないの! ただ、最近、ちょっとだけ……相沢くんと、少しだけ気まずいことがあって。だから、もしかしたらって、一瞬思っただけで……」


佐藤は言葉を濁した。気まずいこと。それが一体何なのかはわからないが、彼女が相沢を疑う素振りを見せたことに、俺は引っかかりを覚えた。確かに、人間関係のもつれから、悪質な嫌がらせに発展することは珍しくない。だが、相沢のような優等生が、わざわざ友情の証であるブレスレットを盗むだろうか? それも、ロッカーから。


「もし、相沢くんが犯人だったら、どうするの?」


厚木が鋭い質問を投げかける。


「そんな……まさか! 相沢くんがそんなことするはずないよ! でも、もし本当に……」


佐藤は混乱しているようだった。


俺は思考を巡らせた。ロッカーから盗まれた。体育の授業後。そして、佐藤がかすかに疑念を抱いた相沢ユウキ。だが、これは早計だ。犯人は、佐藤が疑う人物とは別の可能性が高い。そう、ミスリードだ。彼女の感情的な反応が、冷静な判断を鈍らせている。


「まずは、もう少し情報を集めよう。誰かがブレスレットについて何か言っていたとか、体育の時に変わったことがなかったかとか、些細なことでもいい。覚えてることがあれば、教えてほしい」


俺は佐藤にそう告げ、彼女は頷いた。


放課後、俺たちは教室に残った。小田原と鎌倉、リオは、それぞれ「もし何か見かけたら教えてね」と他のクラスメイトに声をかけ始めた。厚木は、冷静に体育の授業のスケジュールや、佐藤の席の周りの状況をノートに書き留めている。


俺は、佐藤の言葉を反芻した。「気まずいこと」。それが何なのか。そして、本当に相沢が犯人ではないとしたら、誰が、何のために? 新しいクラスでの、最初の事件。しかも、高円寺隼人が見ている前で、俺はこれを解決しなければならない。


俺は、高円寺の席の方に目をやった。彼は、友人たちと楽しそうに談笑している。こちらの視線に気づくこともなく、まるで俺たちなど最初から存在しないかのように。


「……見てろよ、高円寺」


俺は心の中で小さく呟いた。俺は「地味」かもしれない。だが、「神」としての頭脳は、誰にも負けない。

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