第34話「消えたメッセージ」
冬休みに入って三日目の午後、逗子は近所の図書館の学習室で一冊の参考書をめくっていた。勉強というより、ただの時間つぶしだ。年明けの課題テストのことは頭の片隅にあるが、それよりも退屈な時間が嫌だった。
その静寂を破るように、スマホが震えた。
《厚木:緊急事態》
彼女にしては珍しく、文面が短い。
すぐに返信すると、数分後にはメッセージが届いた。
《来られる? 戸塚の喫茶店“クローバー”で。お願い。今すぐ》
この緊迫感。ただ事ではない。
逗子は参考書をそっと閉じ、鞄に放り込むと図書館をあとにした。
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戸塚駅から歩いて五分ほどの喫茶店“クローバー”は、4人がよく集まる馴染みの場所だ。
平日昼間の店内は空いていて、奥の席に厚木の姿があった。
その隣には鎌倉と茅ヶ崎、小田原も座っていた。全員、表情が硬い。
「何があったの?」
逗子が着席すると、厚木が手帳を開いて一枚のページを見せた。
「……昨日、綾瀬さんから手紙を預かったの。でも、それが——今朝、消えてたの」
「消えたって……どこかに落としたとかじゃなく?」
逗子は眉を寄せて訊く。
「それが、家の机に入れてあったのに……引き出しごと消えてたの。母が掃除したわけでもない。鍵もかけてた。でも、なくなってるの」
「……その手紙には何が書かれてたの?」
逗子が問うと、厚木はしばらく沈黙し、それから言った。
「“冬休みのあいだに、私、いなくなるかもしれません”って」
「は……?」
「ただ、それだけ。日付も、理由も、行き先も何もなかった。でも、その文字……震えてた。迷ってた。でも、決めてるような字だったの」
店内が妙に静かに思えるほど、重い空気が流れた。
「つまり、綾瀬さんが冬休みに“失踪”するかもしれないってこと?」
鎌倉が慎重に言葉を選ぶように言った。
「それって、自分の意志でってこと? 家出とか?」
「わからない。でも、放っておけない。だから……逗子。お願い、力を貸して」
その目は、強い決意に満ちていた。
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逗子は腕を組み、記憶を遡るように言った。
「最近の綾瀬さん、何か変わったことしてた?」
厚木は少し考え、ゆっくりと話し始めた。
「最後に会ったのは終業式の日。帰り際、私の後ろを追いかけてきて、店の前まで来て“預かってほしい”って封筒を渡されたの。そのときの顔……笑ってた。でも、どこか壊れたような」
「何か家庭の問題?」
鎌倉が少し顔を曇らせながら言う。自身の問題も落ち着いたばかりだったから、敏感なのだろう。
「綾瀬さん、過干渉な親って言ってたよね?」
逗子の問いに厚木はうなずいた。
「うん。本人からははっきり聞いたことないけど、“ひとりで決められることが何もない”って言ってた」
「じゃあ……その“いなくなる”ってのは、家出って可能性が高いよね」
茅ヶ崎がぽつりとつぶやいた。
「でもさ、なんで厚木ちゃんに預けたんだろ? 他にも友達いたんじゃない?」
「それが……たぶん、いないと思う。クラスでも、ずっと一人だったから。私が前に話しかけて以来、ぽつぽつ言葉を交わすようになったけど……」
「信頼されてたんだね」
逗子の言葉に、厚木は口を結んだまま、目を伏せた。
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その後、逗子たちは綾瀬の行動履歴を整理した。
冬休みに入ってからのSNSの投稿はなく、メッセージの既読もつかない。
「家に電話するのは、まだ早い気がする。でも、何かが起きてるのは間違いない」
逗子は手帳に時系列を書き出しながら言った。
「メモの文面の簡素さと、手紙を渡した相手が厚木だったこと。どっちも、ただの偶然とは思えない」
「何か、意図がある?」
「うん。もしかして、綾瀬さんは——“消えたかった”んじゃなくて、“気づいてほしかった”のかも」
「気づいて?」
「たとえば、“助けて”とは言えないけど、でも誰かに止めてほしかった。だから厚木に預けた。……でも、どうして手紙が消えた?」
逗子の言葉に、厚木が小さく震えた声で言う。
「誰かが……持ち去った。って考えるしか、ない」
「じゃあ、誰が?」
全員の顔に緊張が走る。
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その帰り道、逗子の中でひとつの可能性が浮かんでいた。
(綾瀬さん……本当に“自分の意志”でいなくなるつもりだった?)
どこか、引っかかる。あまりにも不自然な文面。
そして——消えたはずの手紙が、誰かの意志で消されたのだとしたら。
それはつまり、「失踪」という選択肢が、綾瀬本人だけのものではなかった可能性を示している。
次の日、逗子は誰にも言わず、綾瀬の家の前まで足を運んでみた。
インターホンを押す勇気はなかった。
だが——家の前に、見覚えのある人物がいた。
女性。スーツ姿。髪は綾瀬によく似ていた。
(……姉?)
そのとき、逗子の中でひとつの仮説が形になり始めていた。
(もしかして、綾瀬さんは“誰かに仕組まれて”、いなくなるよう仕向けられている……?)
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謎はまだ、始まったばかり。
この違和感が、やがて“真実”を暴く鍵になると——逗子は確信していた。




